138 王女の話と王子の悩み




 蒼玉宮へ招かれたシウは、スタン爺さんへ遅くなることを通信で連絡した後、ジークヴァルドとの晩餐に臨んだ。

 レオンハルトもやってきて、少し後にカルロッテも来た。

「ハンス兄上はやはり遅れるようだ。先にいただこう」

 と言うので、席についた。

 赤子には、ジークヴァルドが小さい頃に使っていた揺り籠を持ってきてくれたので有難く使わせてもらった。

 食事も作ってくれるというのでお願いする。

 侍女たちは貴族出身者も多いというのに、庶民の赤子を面倒見てくれるなんて偉いなあと思っていたら、蒼玉宮ではジークヴァルドの乳母がまだ現役で働いており、彼女の指示が行き届いているらしい。乳母は元々は商家の出らしくて、貴族家に嫁いで苦労したからか、そうした差別は許さないそうだ。

 ジークヴァルドが庶民的なところもあるのは彼女の影響かもしれない。

 赤子は彼女たちに任せて、シウは純粋に食事を楽しんだ。


 食後、レオンハルトが気を遣ってくれてカルロッテと話せるようにしてくれた。

 本来ならシガールームなりに移動するのだが、まだ未成年のシウと女性であるカルロッテのために客間へ移動してくれたのだ。

 ジークヴァルドの乳母も顔を出して挨拶してくれ、香茶とお菓子を出してから席を外していた。新しい友人となるシウの姿を確認したかったらしい。レオンハルトがそっと教えてくれた。

「この間はあまり話せていなかったようだから、今日は存分に話すといいよ」

 レオンハルトがにんまり笑うので、ジークヴァルドが肘で突いていた。

 シウとカルロッテは顔を見合わせて苦笑いだ。

「今日は忘れずにお借りしていた本を持って参りましたの。長い間ありがとうございました」

「いえ。もし良ければ次の本をお貸ししましょうか?」

 シウの提案に、彼女はパッと顔を赤らめた。

「よろしいのですか?」

「はい。それと、先日とても素晴らしい経験をしたのでお話させてください。あ、その前に、ラトリシア国で知り合った王族女性についても」

「まあ! ラトリシア国でも王族の方とお知り合いに?」

 そこから話が弾んで、学友となったオリヴェルのことや、聖獣ポエニクスとの出会いについて語った。彼等と付き合ううちにカロラ王女とも顔を合わせたこと、彼女が魔法学院に興味が有ることなども話して聞かせた。

「では、その方も内緒で勉強を?」

「はい。本もよく読まれているようですよ」

「まあ」

「身分的には下の方らしくて、とても謙虚で控え目にされているから、魔法学院へ入りたいとは言えないようでした」

「……まあ、そうなのですね」

 胸に手を当てて、心配そうな顔をする。

「カロラ王女に、シュタイバーン国にも勉強熱心で頑張っている王女がいますよとお教えしましたら、とてもやる気になってました」

「それ、わたくし、のこと?」

「はい。本好きで、たったひとりででも勉強しているご立派な女性ですと伝えました」

 カルロッテは恥ずかしそうに顔を赤らめ、頬に手をやった。

 レオンハルトは目を細めて微笑みながら見ており、ジークヴァルドも妹に優しい目を向けていた。


 その後、シウが尊敬している筆耕屋アロイス=ローゼンベルガーとの出会いについて語っているとハンスがやってきた。

 疲れた顔をして、客間へ案内されてくるとドサッと音を立ててソファに座り込んでいた。

「悪いね、行儀が悪くて」

「いえ。むしろそうしてくださる方が僕も助かります」

「そうかい?」

 ハンスは取り繕うこともせず、力の抜けた笑いで背もたれに寄りかかっている。

 カルロッテが心配しておろおろしていると、レオンハルトの命でやってきた侍女がお茶を出していた。

 彼女らが立ち去ると、シウは疲れの取れるマッサージをしようか提案した。

「え、マッサージかい?」

「はい。あと、ハーブの飲み物もお勧めですけど、それはもう出してくれてますね」

 チラッと鑑定したが、侍女はちゃんと薬草茶を持ってきているようだ。レオンハルトは卒がない。

 ハンスもそれに気付いて、弟に視線をやってごくごく軽く頷いていた。

「じゃあ、マッサージとやらをやってもらおうかな」

 と言うので、長椅子の方に寝てもらった。

 カルロッテが、いいのかしらと不安そうなので、マナー的にはよろしくないのかもしれない。王族の方というのは常にシャキッとしていないとダメなのかな。そう思うと、シウはやっぱりここでの暮らしには絶対耐えられそうにない。もちろん冒険者のシウが王城で暮らすなんてことは有り得ないのだが。


 レオンハルトには使うものが問題ないことを説明しながら示して、念のため自分の手にも触れさせてから、ハンスの目元などをマッサージした。

 オイルを使っての頭部マッサージだ。

 部屋に入ってきた時にしきりと目頭を揉んでいたので、目の使いすぎや、脳の使いすぎだろうと思ったのだ。

 ゆっくりと顔をマッサージし、頭部にもオイルを塗り込んで揉んでいく。後頭部は少し強めに指圧し、ついでに襟元を寛がせてもらってから肩も揉んだ。

 最初は痛そうにしていたものの、段々と力が抜けて気持ちよさそうな顔をするのでレオンハルトが羨ましそうな顔をして見ていた。

 ジークヴァルドはケラケラ笑っている。

「今日のシウはマッサージばっかりだな」

「どういうことですの、兄上」

「うん? シウは今日は聖獣と遊びに来たんだ。なのに何故かマッサージやブラッシングといった世話ばかりしていてな。でもそれが楽しいらしい。聖獣たちもそりゃあ幸せそうだったよ。締まらない顔して、そうそう、今のハンス兄上みたいに」

「ジーク、それは、しかた、ない、よ……」

「兄上、本当に気持ちいいんですね。いいなあ。僕もやってもらいたい」

「レオン兄上まで、何言ってんだ。シウは子供なんだから早く帰してやらないと」

 ジークヴァルドはシウのために断ってくれた。際限なくやってもしようがないので、シウも彼の言葉に乗っかった。

「ハンス殿下で終わりです。とてもお疲れのようだったから、特別ですよ」

「そうか、特別、なのか……。いや、でも、気持ち良かった」

「もう少し待ってくださいね。最後の仕上げをしますから」

「ああ……」

 声が眠たそうになっているので、シウは盥と綿布を取り出した。盥には温めのお湯を入れ、そこに精油オイルを一滴垂らす。花の良い香りがあたりを漂い、カルロッテのみならず部屋にいた者は気持ち良さげな顔になった。

 綿布を濡らして絞ると、それでベタベタになった場所を拭き取り、最後に少し温度を上げてから綿布を目元に置いた。

「ああっ、これは気持ちいいな」

「目を酷使すると疲れやすくなります。目元を温めるだけでも違ってきますよ。ポーションに頼りすぎても良くないので、普段はこうした自然の力を借りるのが良いんです。精油は女性なら誰でも知っていますし、肌に合う合わないや好みもあるので、奥様や王女様方と相談しあってはどうでしょうか」

「うーん、そうだねえ……」

 声が完全に寝にかかっている。シウは笑って、魔法で頭の部分だけは水属性のみの軽い洗髪浄化をした。これだとオイル成分が残ってしっとりするのだ。その後、複合魔法でドライヤーをかけて乾かしてあげる。するとツヤツヤの金髪の出来上がりだ。

 長髪なので、綺麗なものである。

 櫛っていると、カルロッテがチラチラと見てきた。

「どうしました?」

「いえ、とても素敵な感じになったので」

「オイルでしっとりした上に、櫛を通しましたからね」

「櫛でもつやつやしてますのね」

「はい。やっぱり櫛で梳かすのが良いみたいですね。騎獣たちには鬼竜馬などのブラシを使いますが、人間にはちょっと硬いので」

「聖獣も騎獣も、シウの持ってるブラシにメロメロだったよな」

「人間もだよ……」

 ハンスが軽い眠りから覚めたようだ。綿布を退けて起き上がり、うーんと伸びをする。

「ああ、気持ち良い……」

 顔色も少し戻っていた。カルロッテもホッとした顔で兄を見ており、レオンハルトやジークヴァルドもにこやかに顔を見合わせている。

 ハンスの忙しさにきょうだいたちはよほど心配していたようだ。


 落ち着いたところで、そろそろ帰ろうということになったのだが、ハンスがぜひ今度お礼をしたいと言い出した。

 それに自分の秘書にマッサージについても教えてほしいと頼まれたので、そういうことならと引き受けることにした。

 ジークヴァルドが仕事として指名依頼を出さないとと口を出したら、それもそうだと言い始めたので、聖獣とまた遊ばせてくれたらそれでいいと断った。

 もう一度ぐらいは会いに来る予定だったし、日程を調整してほしいとジークヴァルドには頼んだ。

 レオンハルトなどは、欲のないことだと笑っていたが、ハンスはそれではすまないと真面目に考えているようだった。

 そんな人だから、疲れも溜まるのかもしれない。


 門まで送ってもらう間、ジークヴァルドがハンスの忙しさの理由について教えてくれた。

「兄上にはまだお子がいないだろ? そのことで正妃が責められているんだ。慰めているんだけど離縁してほしいと言われて、それだけは嫌だと突っぱねてるところ。でも貴族連中はそんなこと知ったこっちゃない。自分たちの娘を送り込もうと躍起になって、正妃や妾たちの悪口ばかりさ。妾もそう増やすわけにもいかないし、誰かを切らなきゃいけない。でも優しい兄上はそんなことしたくないんだ」

「大変なんだね」

「最近は、自分の体に問題があるのだと言い出し始めてる。そうしたら、今度は跡継ぎとしては良くないんじゃないかって話も出てきてね。ハンス兄上は跡継ぎには固執してないんだけど、ただ自分が退いたら次はアレクサンドラ姉上だろ? 王という立場は大変だから、それだけはさせたくないと、必要以上に頑張ってるんだ」

 そのせいで疲れも溜まっているのだそうだ。

 レオンハルトを担ぎ出そうとする貴族もいて、きょうだい仲が良い彼等はやきもきしている。

「僕の姉代わりの人も結婚して子供が生まれたけど、できるまでには数年かかったみたいだよ」

「そうか」

「自然妊娠でもそれぐらいかかるんだから、忙しくて大変な仕事の殿下なんてそう簡単にはできないよね」

「毎日やれって言われても、疲れすぎて無理みたいだしな」

「悪循環なんだね」

「ああ。……っていうか、子供のシウに話すことじゃなかったかな。ついつい、大人みたいに思うんだよ」

「あの、一応僕も、秋には成人するんだけど」

「えっ、そうなのか? そうか、もうそんな歳になるのかあ。へえ、そうなんだ」

 しげしげ眺められて、シウは半眼になってしまった。

 どうせまだ小さいですよ、と拗ねてしまいそうになる。

 でも大丈夫。

 最近は早寝しているので、睡眠時間はたっぷりだ。もりもり食べているし、そのうち大きくなる予定である。

「とにかく、そんなわけだから、兄上があんなに楽にしているのは久しぶりに見たんだ。ありがとう、シウ」

「ううん。お役に立てたなら良かったよ」

「あと、子供ができやすい薬の情報とかあったら教えて。兄上も試しているみたいだけど、なにしろ疲れすぎてて薬を飲むところまで行ってないみたいだし」

「うん、分かった。調べてみる」

 門まで送ってくれて、そこから彼は別の馬車にて戻っていった。シウはそのままベリウス家まで送ってもらう。

 赤子はすっかり眠っており、幸せそうに寝ている。

 この子たちのように複雑なことなど考えずに幸せに寝ていられたら良いのに。

 大人の世界にはいろいろあって大変だ。

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