137 秘密のお話




 シロツメクサの上に全員が座りだした。

「がうがうがう」

「くぃくぃー」

「ひひん、ひんひんひひん」

「ぐあっぐあっ、くぇーっくあっ」

 シウも座ると同時に彼等は話し始める。

 人型になってくれたら人語で伝わるが、この場所では獣姿でいることが彼等にとってのルールなのだろう。

 シウに話が通じるということも分かっているからか、獣の鳴き声で話を続ける。

「がうがうっ、がうがう?」

「うん、みんなよく分かったね。そうだよ。聖獣の友達がいる」

「がうがう、がうがうがう」

「あ、なるほど。ガリファロとカティフェスかあ。そこは盲点だった。小さい子には頻繁に浄化を掛けないんだよね」

 クロとブランカもそうだったが、赤子三人にも必要以上に浄化はかけていない。本来必要な菌まで殺してしまいやしないか心配だったのだ。だからハンカチなどで汚れを拭くだけに留めていた。

 クロとブランカの場合は、汚しても平気だと思われたら困るので、マナーを覚えるまでは自動で浄化する魔法は付与していなかった。よほどひどい時だけ浄化をかけるぐらいだ。

「匂いねえ。そう言えば直前まで面倒を見てくれていたなあ」

 今ここにはいないロトスを思い浮かべて、笑う。

「でもじゃあ、やっぱり匂いで種族なんかが分かるんだね?」

「がうっ」

「そっかあ。一応、偽装もしてるんだけど」

「ひひんひんひんひん?」

「そう、内緒なんだ。命を狙われる可能性があって、守っているんだけど」

「がうっ!!」

「ぐあっぐあっ」

「くぃっ」

「大丈夫だよ。それより、嘘の付けない聖獣のみんなには難しいだろうけど、黙っていてもらえないかな? ばれたら、連れて行かれて酷い目に合わされるかもしれないんだ」

「がるぅぅぅぅっ」

 どういうことだ、何故だと熱り立つ彼等に、シウはここだけの話ねと小声になって説明した。

 赤子たちにまとわりついていた聖獣の匂いの元ロトスは、戦争国家の土地で拾った幼獣であること、捨てられ殺されそうになったところをシウが助けた、ということもだ。

「聖獣の王ポエニクスとも密会して、なんとか後ろ盾になってもらえることが決まったから、誘拐されなければ大丈夫なんだ。でもこれって聖獣の中での話なんだよ」

「がぅ……」

「くぃぃぃ」

「賢い君たちなら分かるよね? 人間に、それは通用しない。だから、せめておとなになるまではばれたくないんだ。だから黙っていてほしい。お願いします」

「がう!」

 それはもちろんだ、と快い返事をくれた。

 元より、彼等は聖獣の匂いを嗅ぎつけて、心配しただけのこと。シウが悪い人間ではないことは丁寧な扱いで分かっていたと言う。

 だから、この秘密の場所まで連れてきて、どういうことか知りたかったのだ。

 ただの子供から聖獣の匂いがすることの意味を。


 話を終えると、グリュプスが自らの羽を抜いて渡してきた。

「ぐあっぐあっ」

「え、くれるの?」

「がうがうがう」

「匂いを偽装するのに使えってことか。その匂いが問題なんだよね。僕たち人間には、分からないんだ。一応、消してはいるんだけど」

「くぃくぃくぃ、くぃーくぃっ」

「うん。完全に消すと、逆に疑わしいんだ。特に獣人族なんかは匂いがなさすぎる相手をものすごく警戒するらしいし」

 アントレーネがそうだ。ロトスの偽装が上手くいっているか付き合ってもらった時にも、言っていた。彼女は戦士だし、気配探知では匂いも使うため、シウのように全く匂いのしない相手をとても警戒するという。

「がうがうがう」

「何重にも渡る偽装か。そうだよね。考えてみる」

 もらった羽は大事に仕舞った。


 彼等は生まれたときから王族の傍に暮らし、これが普通だと思っている。

 大事に守られることが当然なのだ。

 だから、可哀想な聖獣の子が心配でたまらないようだが、シウは苦笑して教える。

「ものすごく自由を愛する子だから、ここでの暮らしは合わないと思うよ。窮屈に感じるみたい。成獣になれば自由に旅して、世界を満喫したいんだって。その気持ち、分かる?」

「がうー?」

「くぃ……」

 みんな首を傾げている。

「あのねえ、人間だったら冒険者になりたかったらしいよ。でも聖獣だから、誰か良い人を見付けて主従契約するんだって。そして可愛い女の子たちと一緒に冒険の旅に出るとかなんとか言ってた」

「がうがうがうがう」

「ぐあっぐあっ」

 人間臭いだとか、変なやつという返事が来て、シウは笑った。

「そういう子だから、ここでの暮らしは無理だと思う。それに人間の、国家間の問題もあって、連れてきたらこの国に迷惑がかかってしまうんだ」

「くぃー」

「戦争になったら、本人も嫌だと思うし。このままひっそり暮らして、おとなになったら主従契約したい人を見付けて自由気ままに生きると思う。でも、みんな心配してくれてありがとう」

「がうがうっ」

「ひんひん。ひひんひひんひん」

 聖獣はやはり良い子ばかりだ。飼い主というのか、主が難のある性格でも、基本的な性質は良い。

 ラトリシアやデルフで出会った聖獣たちも、素直な子ばかりだった。

 こうした相手に無理を強いるのは、シウは嫌いだ。

 聖獣に限らず、希少獣たちは魔獣を相手に戦うことへ躊躇いはないが、対人戦は厭う。せめて人間相手の戦争には連れ出さないでほしいと思うのは、シウが甘いからだろうか。

 でもだからこそ、戦争は起こしてはいけないのだ。

 よって、火種になりそうなロトスの存在は、今のまま冒険者のシウがひっそりと育てるのが一番なのだった。



 長く語らってしまったようで、門の近くへ戻っていくと赤子二人はすっかり寝入っていた。

「ごめんね」

 ジークヴァルドに謝ると、彼は笑顔で首を横に振った。

「いや、いいよ。俺も騎獣に乗って遊んでたし。あ、ガリファロとカティフェスはちゃんと皆で見ていたからな」

 女性の研究員も見に来て、一緒に見てくれていたようだ。

「ありがとうございます」

「いえいえ。昼は面白い話を聞けましたし。それにまた来ていただきたいですし!」

「下心があったのか!」

 ジークヴァルドがからかうと、彼女は笑って誤魔化し、話題を変えた。

「それより、ジークヴァルド殿下。やっぱりその子、殿下に懐いてますよ!」

「そう言われてもなあ」

 二人と、周囲にいた調教師たちも一斉に赤子の近くにいた幼獣を見下ろす。

 白い羽をばっさばさと広げて、赤子に風を送ろうとしているらしい。

「俺のような立場の者が、アスプロアークイラを育てるのは許されないよ」

「でも相性もございますから」

 調教師の男が、まるで宥めるようにジークヴァルドへ申し出ている。

 どうやら以前から、ジークヴァルドに聖獣を勧めているようだ。しかもアスプロアークイラはジークヴァルドが気に入っているらしい。

 シウがいない間も、彼の周りでばっさばさと羽ばたこうとしながら付いて回っていたそうだ。

「気に入らぬ相手と主従契約を結ばせるのは、彼等にとっても不幸なだけでございます」

「そうですよ、殿下」

「……それは分かるが。でも、とにかく、もう少し考えるから」

「お早めにお願いしますね、殿下」

 そのやり取りを見ていたら、こっそりシウに耳打ちする調教師がいた。

「強引に割り込んでこられようとする傍系の王族方がいらっしゃるのです」

 別の男も、しきりに頷いている。

「殿下に一番懐いていらっしゃるのだから、殿下が受け入れてくださったらいいのだが」

「そんなに頑なに断ってるんだね」

「ご自身の立場をよくよくお考えなのですよ。それをいったら、前王の孫という存在などもっと遠慮なさるべき立場かと思うのですがね。あ、ここだけの話ですよ?」

 慌てて言うので、シウはもちろんと頷いた。


 名残惜しいが帰ることになり、聖獣や騎獣たちが見送る中、シウたちは門を出て塔に入った。

 そこでも研究員たちがいて、また来てくださいねーと手を振ってくる。

 よっぽど、フェーレースで優勝したことが彼等の度肝を抜いたようだ。

 今度来る時はフェレスを絶対連れてこないとダメな気がしてきた。



 そのまま帰ろうと思っていたのだが、馬車は王城へ向かった。

「あれ?」

「あ、悪い。晩餐に招待するよう言われていたんだ」

「ええっ。でも用意してないし!」

「また、そんな分かりやすく嫌がらなくても」

 ジークヴァルドは苦笑しながら、そんな堅苦しいものじゃないからいいよと手を振った。

「パーティーじゃないし、レオンハルト兄上と、都合が付けばハンス兄上も来るかもってぐらいだから」

「そうなんだ」

「最近ハンス兄上も疲れていてね。気分転換にいいんじゃないかとレオンハルト兄上が」

「アレクサンドラ殿下やカルロッテ様も?」

「姉上は予定がおありだ。カルロッテは呼べば来ると思う。呼ぼうか?」

「できれば。お話したいこともあるし」

「へー」

 ジークヴァルドがニヤニヤ笑うので、どうやら男女の何某かを想像しているようだ。彼女に失礼なので、シウは早々に解消することにした。

「ラトリシア国の王女と知り合いになったので、ぜひ紹介したいんです。あとは本のことも――」

「あーあ。やっぱりそっちかあ。あ、ていうか、本は分かっていたけど、ラトリシア王女と知り合い?」

 食い気味に乗り出してきたので、そちらこそ興味があるのではと言い掛けたが、ジークヴァルドはそもそも高位女性への婿入りは望んでいないのだった。

 なので普通に、学友を通じて知り合いましたと説明した。

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