116 本戦と褒められからのにゃんにゃん節




 次に速度レースへ出たが、こちらも聖獣の割合が増えていた。

 聖獣というだけでシード権を得ていた組もあるらしいが、今回のレースで実力のない組が振るい落とされる。

 明日の準決勝戦に本来のシード権を持つ、過去の上位入賞者たちが混ざってくるので、これが本番とも言えた。

 もちろん、予選を勝ち抜いてきた騎獣もたくさんいて、全員がやる気を漲らせている。

 反対に聖獣たちはどこかおっとりしていた。

 やはり主が王侯貴族だと、レース対策も本格的にはされず、のんびりしているのかもしれない。代理出走もあるのだが、そこはコミュニケーション不足が理由なのか、主従契約を結べている組と比べれば力のすべてを出し切れていないようだった。


 シウたちの出走組では、レーヴェとスレイプニルが多く、少数派に騎獣のティグリスとドラコエクウスが入っていた。

 当然ながらフェーレースの参加はない。というか、本戦にフェーレースは一頭も出ていなかった。

 そもそも、フェーレースがレースに参加していたのは調教や礼法などで、速度にも障害物でも見かけない。かろうじて、混戦チームのところで猫型騎獣の特性を生かした戦い方をしているところがあったが、それも予選敗退していたようだ。


 本戦ということもあって観戦する人が増え、応援する声の中には稀に「あれ、もしかしてフェーレースか?」という声が交じるようになってきた。

 マジかよ、とか、すごくねえか、という声も聞こえる一方で「騎乗者が軽いのだろう」と話す声もあった。

 実際、身軽なのも少しは関係あるので、そう言いたくなる気持ちは分かる。

 とはいえ、スレイプニルに騎乗していた代理走者は、

「気にするな。体重が差に繋がるのはもっとシビアな戦いの時だけだ。こんな大会のレベルでは関係ない」

 などと慰めてくれた。

「ありがとうございます」

 お礼を言うと、男は手を差し出してきた。

「予選を見ていた。共にレースへ出られることを誇りに思う。お互いに、力の限りを尽くそう」

「はい」

 感じの良い人で、背筋もピンと伸びたいかにも騎士然としていた。スレイプニルに乗っていることから、どこかの領主持ちに仕える騎士なのだろうと思う。


 他にも領出身の騎士と思われる男たちを見かけるので、オスカリウス家だけではないようだ。

 そのオスカリウス家の騎獣隊はメインを障害物や混戦に割り振っているらしく、速度では別の出走組に一組いるだけだった。残りは予選落ちしたらしい。

 速度に重きをおいていないあたりが実力主義っぽい。

 もっとも、飛竜レースの方では速度にもバンバン出ているが、あれはフェレスと同じでスピード狂のソールがいるからだろう。今回もソールが出る予定になっていた。


 この本戦でも、シウはトップ通過で抜けた。

 明日の準決勝戦に出場が決まったのだ。

 スレイプニルの代理出走者は、笑顔でまた近付いてきて、握手をして去った。

「やはり、繋がりが大事なのだと思い知ったよ。主にももう少し騎乗の練習をするよう、申し上げてみる」

 彼ではスレイプニルの力を出しきれなかったようだ。

「残念ですね。お上手だったのに」

「いや、お世辞は結構。……しかし、君たちは主従契約など関係なく、鍛えているようだ。魔力の使い方もとても素晴らしかった。後ろから見ているとそれがよく分かったよ。とても勉強になった。ありがとう」

 爽やかに言うと、彼は顔見知りらしい他の騎乗者たちと共に去っていった。

 おかげで、シウに対して負け惜しみ的な嫌味発言をする者はなかった。なにしろ、上級騎士と思われる男性が皆の前でシウを褒め称えたのだ。特に顔見知りの者などは、後でばれたら怖いのだろう。しっかりと口を噤んでいた。



 時間があったので観覧席に戻ろうとしたら、途中でまたダルシアと出会った。

「やあ」

「ああ、お疲れ様でした」

 よく会うなあと思っていたら、今度は探しに来ていたらしい。

「実は上司が君のことを知っていて」

「え?」

「俺、ブロスフェルト師団の騎獣隊所属なんだ。エラルド=ブロスフェルト伯爵のこと、覚えてらっしゃるかな?」

「ああ。うん、覚えてます。エラルドさんから、毎回、彼の息子さんの着なくなった洋服をもらっているから」

 未だにオスカリウス家へ届けられるらしく、そこまで大きくならない予定なのでとやんわり断ったこともある。

「へえ。お古をもらってるんだ。すごいね」

「そうなんですか?」

「親しくない相手に下げ渡したりはしないよ。君、よっぽど好かれてるんだね」

 そうなのか。シウは薄ぼんやりとしか覚えていないエラルドの顔を思い出して、首を傾げた。

「そうそう。で、良かったら食事でもって話なんだ」

「食事ですか」

「うん。俺の件でも、お礼を言いたいしって」

 シウの服の元でもある息子のファヴィオも来ているということで、シウは会うことにした。ただ。

「僕はオスカリウス家でお世話になっているから、先に連絡をしておきたいんだけど」

「ああ、そうだってね。今夜は目立った夜会はないはずだから、そうだなあ。そっちへお邪魔することも可能かな。上司に相談してくるよ。オスカリウス辺境伯も会いたいかもしれないしね!」

 それはどうかなー。

 せっかく夜会のない日ぐらい、キリクはゆっくりしたいのではないだろうか。

 まあ、そのへんは口を挟まない。

 彼等で判断してもらうだけだ。


 というわけで、シウは急いで観覧席へ戻った。

 みんな待っており、準決勝に進むことを喜んでくれた。

 キリクも珍しくレース最後まで残っており、シウを見るや、笑いながら近付いて肩をバンバンと叩く。

「よくやった。すごいじゃないか」

「痛いってば」

「フェレスもすごいなあ。お前は本当に偉いぞ!」

「……にゃ?」

 いつもは張り合うフェレスが、え? という顔をして、それから本当なのかどうかと伺うような仕草を見せた。

 キリクは気付いているのかいないのか、素直にフェレスを褒め称える。

「並み居る強敵を前にバッタバタとやっつけてたな! フェレスよ、お前はシウの誇りだぞ。分かるか?」

「にゃ……?」

「お前の頑張りが、シウを、そうだなあ人気者って言えば分かるか。とにかく、シウが偉いって言われるようなことを、お前がやってるんだ。すごいんだぞ。主のために働いて、それが周りに認められてるってことだ」

「にゃ。にゃ? にゃっ!」

 尻尾がピーンと伸びたあと、高速で振り回された。

 褒められたことも嬉しいのだろうが、フェレスが頑張ったことでシウが褒められている、それがものすごく嬉しかったらしい。

 足取りも軽く、にゃんにゃんにゃんと妙な節を付けて歌まで飛び出す始末だ。

「あ、あっち行っちゃった」

「ははは。ありゃあ、全然分かってなかったな。でもこれで、準決勝と決勝戦、力を抜かずに頑張るだろ」

「あ、力抜いていたの、分かった?」

 分からいでか、と頭を強く撫でられた。

 キリクの横にはアマリアがいて、頬を赤らめてシウを見ていた。

「素晴らしかったです。あんなに小さくて可愛いフェレスちゃんが、誰よりも早く飛び出るんですもの」

 興奮しているのかシウの手をとって握り、彼女はすごいわ! と褒めてくれる。

 が、キリクがチラッと視線を向けてきたので、シウはさりげなくアマリアの手から逃げた。

 素知らぬ顔で顔を上げたのだが、キリクと目が合うと何故かバツの悪そうな顔になっていて、思わず笑いそうになってしまった。

 キリクでも、こういう可愛いところがあるのだあと思うと、面白いものである。



 そのキリクに、デジレが駆け付けてきた。

 耳打ちしている内容は分かっていたが、シウはまた素知らぬ顔だ。

「……なるほど、エラルド少将がね。分かった。おいでをお待ちしていると、伝えてくれ。宿には――」

「レベッカに伝言を。普段からご用意はできておりますから、大丈夫です」

「分かった。あー、アマリアよ」

「はい、キリク様」

「今日はゆっくりできると思っていたが、客人が来る。この間も会ったが、覚えているかな。ブロスフェルト伯爵だ」

「ええ、覚えておりますわ。エラルド様ですわね。承知いたしました。お迎えする準備を致します」

 女性には身支度が必要なので、彼女の侍女たちも急いで帰る準備に入った。

 キリクも共に地竜車で戻るため、周囲の人間に次々指示を出す。

 最後に振り返って、シウにチクリとやった。

「あちこちでホイホイと引っ掛けてくるなあ。人寄せ魔道具か。まあ、エラルドが相手なら気軽なもんだが。お前もすぐ戻ってこいよ」

「はーい」

 ロトスっぽく子供らしい返事で答えると、キリクは何故か肩から力が抜けたような格好で去っていった。



 シウたちは急がず、ゆったりと地竜で帰った。

 多少混み合っても地竜車の中では話題も尽きない。

 レースに参加する者ならではの感想を求められ、ロトスたちに話して聞かせた。

 本戦になると飛竜レースも騎獣レースも途端に本格的な激しさとなるので、ロトスは興奮しきりだし、アントレーネもものすごく楽しかったようだ。

 普段キリッとしている戦士のアントレーネも、少女のようにきゃっきゃと楽しんでいる姿は可愛らしい。まあ、その対象が飛竜の迫力あるレースなのだけれど。

 ククールスも面白がっていたが二人ほどには興奮していない。

「飛行板レースがあったら面白いのになー」

 と、自分が出走できるものを言うあたり、これはこれでレースの楽しさに当てられているのだろう。


 飛行板のレースは難しいが、歩球板なら小さいものだがラトリシアのルシエラ王都内で幾つか開催されている。

 徐々に参加人数も増えているし、有志の貴族たちが誰でも参加OKの専用公園も作っているので練習場にも事欠かない。

 しかも貸し出しもあるので、庶民にとっても良い娯楽となっていた。

 一般人なら、あれでも十分に楽しいだろう。

 ただ、

「飛行板に慣れてるからなー。やっぱり空中を颯爽と飛ぶ楽しさには負けるわ」

 冒険者にとって、歩球板のレースは物足りないようだった。

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