115 屋台と出会いと本戦
明けて火の日、本戦が始まった。
シード権を持つ者たちが続々と参加するため、この日からが本格的なレースと言う者もいる。
飛竜レースも白熱した激しい戦いとなっており、会場は騒がしさが増していた。
カスパルは本日は図書館巡りがしたいということで来ておらず、ダンだけが参加だ。レースが見られないのは可哀想だということで許してもらったらしい。代わりに護衛騎士が付き合わされている。
オリヴィアは今日も観戦で、ロトスを膝に載せて見ていた。
たまにレベッカやデジレ、騎士たちが赤子の世話に来るので、その時はチラチラと気にしているようだった。
たぶん、可愛いから抱っこしたいのだろう。けれどロトスを抱いている手前、他の子もと言い出せずにいるのだ。優しい人なのである。
シウはロトスをちょいちょい呼んで、席を外させた。
後はレベッカが気付いてくれたら、良い。
ロトスは、どうしたの? と無邪気な顔で聞いてきて、全く気付いていないのが面白い。
「次、礼法だから、今のうちに屋台へ行ってみない?」
「あっ、行く行く!」
「俺も行きたい」
ククールスも礼法レースは興味がないようで、ついてきた。
「レーネはどうする?」
「あたしはここで待ってるよ。シウ様、でも、あの――」
言いづらそうなので、代わりに言ってあげた。
「串焼き? それともロースト?」
すぐに満面の笑みになって、それから恥ずかしそうに「両方」と答えていた。
可愛らしい人だ。
屋台にはハンバーガーも売っていた。
聞けば、ドランの店の弟子の弟子がやっているとのことで、驚いた。
「カサンドラ領に出店した師匠が、ここで屋台を出して武者修行してこいと言うもんですから、はい」
青年は張り切ってやってきたそうだ。準備から全てひとりでこなして、売り子は現地で雇ったアルバイトのようだった。
「じゃあ、僕は照り焼きバーガーにしようかな」
「はい」
「おれは、ベーコンチーズハンバーガー」
「んじゃ、おれもそれ。あと同じの五つぐらい頼むわ」
「ありがとござっす」
全部を魔法袋に仕舞って、次の店、次の店とはしごする。
「火鶏の丸焼きもあるって。レーネが喜びそう」
「レーネ、ああいうの好きだよね!」
「あいつ、野性的だもんなあ」
それぞれが失礼な発言をしつつ、アントレーネ用に肉類も買った。
他に、コロッケが売ってあったり、芋揚げなど、油物も多い。
端の方の屋台では野菜を煮込んだスープも売っており、ホッとした。
「僕、あれ買ってくるよ」
「おう。俺とロトスは、あっちの貝焼き買ってくるわ」
手を繋いでいるのを確認してから、シウはスープを買い込んだ。
その時、妙な気配がして振り向くと、スリらしき男がビクッと震えて立ち竦んでいた。
「憲兵に突き出すよ?」
「……っ、ああ?」
「その手元にある財布、持ち主に返すなら一回だけ見逃してあげる」
「……うぐっ」
「あっちの人のだよね?」
シウの後ろに立つ前に、彼が歩いてきた軌跡を辿って当てずっぽうで指差したのだが、当たっていたようだ。
男は観念して、ちっと舌打ちしてから財布をその場に投げ捨てた。
そしてそのまま走って逃げていくので、シウは溜息を吐いて、拾った。
「あんた、スリ相手にすごいね」
スープ売りの女性が、感心したように言うので、シウは苦笑した。
「お姉さん、証言してくれる?」
「もちろんだよ。持ち主に返すんだろ。任せておきな」
お姉さんと言われたからか女性は嬉しそうだった。
男性を追いかけ、後ろから声を掛けた。
「少しよろしいですか」
「え?」
振り返った男性はシウを見下ろして、首を傾げた。
子供のシウに呼ばれた理由が分からないと、その目が語っている。呼び込みをする地元の子供にしてはきちんとした格好をしているし、不思議なのだろう。
シウはさっさと用事を片付けることにした。
「これ、先ほど盗まれたようです。犯人を問い詰めたら、投げ捨てて逃げていきましたので捕まえられませんでした。中身を確認してください」
「え、あっ、わあ!」
慌てて受け取ると、青年は中身を確認した。ホッとしているようなので、中身はまだ取られていなかったようだ。
「僕は掏摸(すり)とは関係ありませんが、念のためやり取りをあのお店の前で行ったので彼女に確認してください。僕の名は、シウ=アクィラと申します。飛竜大会に観戦と参加で来ていますので、もし気になるようでしたらオスカリウス家の観戦席までいらしてもらえますか」
「あ、ああ、はい」
「大丈夫ですか? ちゃんと、ありました?」
「はい、ああ、うん。あった。あ、そうだ、ごめん。ありがとう!」
「いえ。じゃあ、僕は待ち合わせがあるのでこれで」
念のため、いつものキリクからのお小遣いが入っていた小袋の紋章を見せて、オスカリウス家預かりであることを示し、その場を後にした。
冒険者ギルドのカードを見せても良かったのだが、見習いだし、オスカリウス家の方が通りが良いので使わせてもらった。
青年はぼんやりしていたものの、屋台の店に向かっていたので話を聞こうと思ったのだろう。
シウは急いでロトスたちのところへ向かったからその後のことは知らなかった。
その男性と、本戦レースの直前に再会した。
「あ!」
「ああ、あの時の」
「良かった。君、参加するって言ってたけど子供だったし、半信半疑で」
騎獣へ乗るには幼すぎる見た目だから冗談のように思えたのだろう。シウは肩を竦めて苦笑した。
「あ、ごめん。また失礼なことを。俺、お礼も満足に言えなかったのに、またやっちゃったな」
頭をガリガリ掻いて、それから勢い良く下げた。
「さっきは本当にありがとう! スリに遭うなんて本当に恥ずかしいよ」
顔をあげるとにぱっと笑って、それから名乗ってくれた。
「ダルシア=ダレンだ。こっちはケル、よろしくな」
「はい」
シウもにこにこ笑って、フェンリルのケルにもよろしくねと挨拶していたら、周りにいた参加者たちから睨まれてしまった。舌打ちする者もいて、ピリピリムードがすごい。
ダルシアと顔を見合わせると、彼も目を丸くしていた。どうやら彼は大らかな性質のようだった。
シウが最初に出走したのは障害物だった。同じ障害物レースに参加するダルシアは隣の組で、頑張れよと手を振っていた。
ちなみにシウたちがこの後速度レースにも出ると聞いて、彼は目を丸くして驚いていた。
で、障害物レースだが、さすが本戦だ。聖獣や上位種の騎獣がわんさかと出ている。
しかしまあ、聖獣や上位種騎獣といっても重量級が多いため、特に障害物だと敵にはならない。
身軽で小柄なフェレスは、もたつきやすい岩場と木々の隙間などを縫うように突進して、まごついているライバルたちの間をすり抜けて先頭に飛び出る。直線部分もあるが、そこは体力温存で全力は出させず、障害物部分でのみ力を発揮させた。
そのためか、フェレスは直線は苦手なのだと思われたようだ。
次の速度レースにも登録しているらしい負けたライバルの主が、捨て台詞を吐いていた。
「ふん、所詮猫だ。隅っこをすり抜けるしか能のない下位種め。覚えておけよ」
とまあ、ひどい言い草である。
その従である聖獣はひどく困惑していたので、それだけが救いだ。
フェレスにも謝ってくれたため、彼が落ち込むことはなかった。
そして同じ障害物の別の組に出ていたダルシアも、シウたちと同様に次へ進むことが決まっていた。
控え室に戻る際には、応援もしてくれ、ついでに聞こえていたらしい先刻の嫌味にも同情してくれたのだった。
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