113 アロイスの遺産?と酔っ払い達




 ローゼンベルガー家は図書館から程近い場所にあり、庭のある小さめのお屋敷だった。

 手入れが行き届いており、お屋敷も石造りの堅牢なものながら窓に鉢植えが置いてあったり、レースのカーテンなどが見えて暖かみがある。

 良い家だなと思いつつお邪魔すると、館長が出迎えてくれた。


 アロイスは想像した通りの細身で神経質そうな老爺で、ぐっと噛み締める癖があるのか口の周りに皺が深く入っている。

 白髭は鼻の下のみで、立派に整えられていた。

 彼は安楽椅子に座ったまま食堂で待っており、シウが挨拶すると手を上下に振った。座れ座れという合図のようにも、挨拶は不要だと言っているようにも見えた。

「伯父は頑固で喋るのがあまり好きではないのだよ。ただ、悪く思っているわけではないから――」

「はい、気にしてませんから、大丈夫です」

 どこか、自分に似たものを感じて、シウは照れ臭いような妙な気分で微笑んだ。

 アロイスは、たぶん、照れているのだろうと思う。

 ファンだと名乗ってやって来た少年に、気恥ずかしさを感じているのだ。なんとなくそんな気がする。

 無理して口をむっと食い縛っているようにも見えた。

 シウは失礼にならない程度に笑顔で、勧められた椅子に座った。


 館長はアロイスの甥にあたり、年を取ったアロイスを引き取って暮らしているそうだ。

 両親を早くに亡くして、アロイスからの送金で生活が成り立っていたので感謝しているのだと教えてくれた。

 本当は一人静かに死ぬつもりだったらしいアロイスは、再三に渡る館長の懇願に根負けし、遠くフェデラルから故郷に戻ってきたそうだ。

「では、天空都市ガレルで暮らしていたんですか?」

「そうなんだよ。伯父はね、フェデラルの芸術に魅せられてあちらを転々と渡り歩いていたようなんだが、晩年はガレルに惚れ込んで暮らしていたんだ」

「素敵なところだと聞いているので、僕もいつか行ってみたいんです」

「ぜひ、そうすると良いよ。冒険は若い内だからこそできることだ」

「……わしは年老いてからもあちこち渡り歩いたもんじゃぞ」

「あ、そうだったね、伯父さん。ははは」

 伯父さんと言いながらも、父親へ接するような気安さがあって、彼がアロイスを親のように大事に思っていることが伝わってくる。

 本当に大事な存在なのだろう。

 彼の妻や息子夫婦たちも、楽しそうにしており、賑やかに食事は進んだ。

 そんな中でもアロイスは頑張って頑固そうなお爺さんを演じているようだった。


 食後に家族が過ごす応接室へと案内されたシウは、そこでアロイスと古代帝国について語り合った。

 最初は、若造には分からんだろうと突っぱねていたアロイスも、シウが館長と話をしていたら我慢できなかったようで会話に参戦してきたのだ。

「では、おぬしはオーガスタ帝国滅亡が、魔力の暴走だと思っておるのか?」

「正確には魔素の暴走かと。当時、魔人も活発に動いていたそうだし、使う魔法も大型化してましたから」

「ふうむ」

「魔獣も、今とは違って桁違いに大きかったようですね」

「うむ。それは古代遺跡からも明らかじゃな」

「シウ君は確か、シーカー魔法学院で学んでいるのだったね?」

 館長とは図書館で自己紹介した時に教えていたので、説明がてら口にしたようだ。シウが頷くと、館長の息子や孫が「おー」と声を上げた。

「優秀なんだね、シウ君は」

「じゃあ、ロワルの魔法学院に行ったの?」

 お孫さんに聞かれて頷いた。

「そうだよ」

 幼い下の子たちは「すごーい」とはしゃいで、母親から叱られていた。

「そろそろ寝かせなさい。子供はたくさん寝ないといかん」

「はい。アロイス大爺様。ほら、あなたたちもアロイス大爺様におやすみなさいをおっしゃい」

「はあい! おやすみなさい、おじいちゃま」

「おやすみなしゃい、おじーちゃま!」

 アロイスはまた歯を食い縛り、皺を深くしていた。

 それを見て、館長の妻が微笑んでいたが、アロイスからは見えない場所でのことだった。


 古代では大量の魔道具が氾濫し、そのどれもが起動に魔力を要したし、使用するのも大量の魔力を必要とした。魔核や魔石は大きなものが必要で、今みたいに小さな魔核などはぞんざいに扱われていたようだ。

「ハイエルフたちの国では娯楽にさえ大掛かりな魔法を使い、呆れるほどの魔力に満ち溢れていたそうじゃ」

「帝都でも消費が激しかったようですね」

「うむ。ニコライは戦争説を唱えておったし、ルボシュクもまた魔王との戦いがそうさせたのだと言っておったがな」

 ニコライとは『オーガスタ帝国が滅亡した謎』の作者で、ルボシュクが『帝国の貨幣価値と現代の貨幣』の作者だ。共に筆耕はアロイスが担当している。

 文字を書くにあたって、彼等と話をしたようだ。

「わしは、そうは思わんかった。それほどの魔力を一体誰が生み出す? 消費すればそれは無くなってしまう。食事と同じ。作る者がいなければ、やがては飢える」

 アロイスの言うことはもっとも基本的なことで、それだけに分かりやすい。

 シウも同意見だ。

「当時の人は大量の魔素に慣れていて、魔力のない生き方ができなかった。だから、一気に衰退してしまったのだと思います」

「うむ。便利な生活を支える魔道具を動かすことさえできなかったのだからな」

 アロイスは何度も頷いて、それからシウの手をしっかと握った。

「おぬしとは有意義な時間を過ごせた。これほど、わしと話が合う人間もおらん。よし、おぬしにはわしの遺産を受け取ってもらおう」

「は?」

 いや、遺産って。

 慌てて手を振ったら、館長と妻が笑った。

「その遺産じゃありませんから安心して。伯父さんは晩年は放蕩が過ぎて、ろくな財産もなかったからね」

 そこでアロイスを見て、館長は笑った。どうやらそれが決め手で、引き取って面倒見たいという館長の言葉に従ったらしかった。

「伯父が言う遺産とはね、その放蕩の結果でもあるんだよ」

「と言うと、まさか」

「そう。古代書や、資料、集めた諸々のものだね」

 一部は図書館に置いて、館長の老後の仕事として活用しているようだ。

 そこに置けない分を、同じ考えを持つシウにもらってほしいということらしい。

「でも、それこそ本物の財産じゃないですか。僕なんかが貰って良いんでしょうか」

「君だからこそだよ。一般的な蔵書は図書館で保管している。普通の人々に見てもらう分にはあれぐらいでちょうどいいんだ。でも、もっと偏執的なものは、ね?」

 マニアックな資料や本も多いようだ。

 それはシウの望むところでもあるし、尊敬するアロイスから譲ってもらうなら大変名誉なことだった。


 すでに整理して倉庫に保管しているようだが、後日、アロイス立ち会いの下、それらを譲り受けることになった。

 シウには魔法袋があるというと、簡単に済んで良いと、皆が喜んでいた。

 どうも相当の量があるようだ。館長の息子などは肩を竦めていたので、案外そこが空くことでラッキーと思っているのかもしれない。

 シウには有り難いことなので、何度もお礼を言ってローゼンベルガー家を辞した。



 宿に戻るとレベッカから、オリヴィアが先ほど到着したと教えられた。

 ただ疲れているようなので挨拶は明日に持ち越しだ。

 部屋に戻ると、ククールスとアントレーネがまた酒瓶を手に飲んでいる。他にも数名の騎士がいて、飲み友達になったようだ。

「ただいまー」

「おう」

「おかえり、シウ様」

 アントレーネがいそいそやってくるので、飲んでてと伝え、着替える。

 部屋着は気楽なのが良いから、スサたちには不人気の自作Tシャツだ。

 案の定、騎士たちには笑われた。

「なんだその格好」

「寝間着にしても、だらしないぞ」

 まあ、襟ぐりの処理が悪くて、伸びてしまって格好悪いが。

 それでも着古した綿の気持ちよさが、これにはあるのだ。

 シウが相手をしないと分かると、彼等はまた会話を始めた。

「でな、さっきの続きだけど、俺が子供を高い高いしてたら奥さんが怒るわけよ」

「子供は喜んでんだろ?」

「そうさ。なのに、危ないって怒るんだ。なんでだろうな。レーネは女だから分かるんじゃないか?」

 なんだかとても仲良くなっている。しかし問われたアントレーネは首を傾げ、さあて、と思案顔だ。

「他にもな、腕を掴んでこう、ぐるぐる回ってやったわけよ。そうしたら子供も喜んでさ。おとうたま、おとうたま、って可愛いもんだぜ。なのに――」

 段々と話の内容が分かってきて、シウは苦笑した。

 妻の小言がよく分からんと嘆く夫たちに、独身のククールスも、女性と言えども子育ては初心者のアントレーネも、良いアドバイスがないようだ。

 シウだって、前世でも独身、今生でも恋人さえいないのだが、口出ししてみた。

「それ、高い高いは部屋の中でやった?」

「あ? ああ、そうだけど」

「ぐるぐる回したのは、小さな子だよね?」

 おとうたま、と呼ぶくらいだから幼いのだろう。

 すると、愚痴を零していた騎士が、そうだと頷いた。

「……それ、高い高いの威力が強すぎたんじゃないの?」

「は?」

「騎士って力があるし、天井にぶつかる寸前だったんじゃないかなあ」

「……あっ」

 思い当たったようだ。もしかしたら天井にぶつけたことがあるのかもしれないが。

「それに、小さい子はまだ筋肉なんかが未発達だから、腕を持って振り回すと関節が外れることあるよ」

「えっ」

「癖になりやすいし、そうなると大人になっても歪みが生じて、不調の原因にもなるから気をつけた方がいいんだけど」

「そうなのか?」

「もちろん、適切な運動やストレッチで、徐々に鍛えていくのは良いんだけど。あんまり腕を持って振り回していると良くないと思う」

 自分たちが大丈夫だったからと言って、それが即、子供や他の子でも大丈夫という問題ではない。

 個人の差はあるし、一度関節が外れると癖になることも多いのだ。

 蝶よ花よと大事にしすぎるのも良くないが、乱暴なのは論外である。

「知らなかった……」

「やべえぞ。俺、妻に、騎士の息子ならこれぐらいできないとって説教しちまった」

「あーあ」

 ククールスが横から、ニヤニヤ笑って騎士たちに言った。

「女の恨みは怖いんだぞー。そういうの、根に持たれるからなー」

「うわ、やめろよ」

「あんた、結婚していないんだろ? なんで分かるんだよ」

「俺が結婚してないのは根無し草だからだもーん。あと、俺はこれでも百三十六歳だぜ。お前らよりずーっと大人なんだよ!」

 はっはー、と嬉しそうだ。

 何を言っているんだと呆れて見ていたら、アントレーネがこそっと教えてくれた。

「昼間、騎士たちと偶然出会って、それで赤子の面倒を見てやると付いてきてくれたんだけどね。その間中、美人の妻がいるって惚気られたもんだから、やり込めてるんだよ」

「大人げないなあ」

 でも、双方ともに言い合いながらも楽しそうなので、酔っ払いの戯言なのだろう。

 アントレーネも騎士たちの幸せ自慢を聞いても苦笑しているだけで、気にしている様子はなかったのでシウもホッとした。

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