112 ケントニス観光と図書館はしご




 翌日、風の日はシウの予選レースがないので一日空いている。

 この日はせっかくなのでケントニス街で観光しようということになった。

 知識という意味もあるケントニスには図書館が多い。石造りの立派な建物から、レンガ造りの可愛い小さなお屋敷程度のものまであって、見て回るだけでも楽しかった。

 ケントニスには個人の習い事教室も多く、魔法や剣に限らず、音楽を習うこともできるようだ。道を歩いていると個人の家にそうした看板を出しているところが多い。

 中には『官吏向け勉強法教えます』というのもあった。


 街の中央にある大公園では、ベンチの他にテーブルも多く置かれていて、食事をしながら本を広げている人もいた。

 シウたちもここで昼ご飯にしようと席取りをして、公園の中や外の通りにある屋台で買い揃えることにした。

 ロトスと手を繋ぎ、買いに行く。

 フェレスにはブランカを見ているよう指示した。ブランカは相変わらず赤子三人を乗せているので街中を歩く良い訓練になっている。以前よりグッとしずしず歩くようになったし、街歩きの際には探知を使ったりして決してぶつからないよう心がけていた。

 アントレーネは赤子たちと場所取りで残っていると言うので、ククールスと分かれて買いに行ったのだが、彼は肉ばかり買っているようだった。

「おれ、あのへんな色のジュース飲みたいなー」

「毒々しい色だね」

 紫色のジュースは、この辺りだけで育つベリー種を使ったものらしかった。見た目に反してあまり酸っぱくなく、さっぱりした甘さだ。

「魚揚げもあるね。あれはタルタルソースかな」

 甘辛いタレで煮たものもあり、美味しそうだ。湖の魚は白身で淡泊なものが多いので、味付けを濃くしているのだろう。

「くしやきもほしい!」

「それはククールスが買ってるみたいだよ」

「えー。ふぁんたじーと言えばくしやきなのに」

 よく分からないが、彼なりの「やってみたかった」ことらしい。

「じゃあ、あっちの買ってみる?」

 ククールスが買っていなさそうなものを指差すと納得して、ロトスは走り寄っていた。


 スープは自作のものを出し、パンは観光途中で見付けたパン屋で買ってきたものを出した。

 公園内ではみんなが思い思いに寛いでおり、平和だ。

「そう言えば、こんな感じの公園でルコと散歩したんだよね」

 思い出して懐かしく見回す。

 ロトスが自分で買った串焼きを頬張りながら、喋ろうとする。

「もがもが、んぐ」

「ちゃんと口の中のもの、食べ終わってから喋るように」

「んぐ」

 口いっぱいに頬張るものだからなかなか飲み込めないようだったが、ようやくゴクンとやって、口を開いた。その口の周りはタレで汚れている。

「ルコって、その、あの女の子のだったんだよね?」

 ロトスが未だに名前を口にすることのできない、それはソフィアのことだ。

 ソフィアはかつて、シウを目の敵にして、騎獣としては同じ低ランクであるフェレスとルコを交換しろと迫ってきた。

 悪魔憑きで、オリヴィアが聖別魔法によって処置した後、北方にあるアドリアナ国の神殿ヴィルゴーカルケルに送られることになった。が、彼女はそれを嫌って、脱走してしまった。

 家族の雇った裏社会の人間たちと共にシュタイバーン国を出奔し、やがては小国群のひとつ、ウルティムスへと辿り着いた。そこで聖獣の卵石を見付け、自分のものとしたわけだ。

「自分で大事にしていた卵石なのにね。……フェレスの方が自分に相応しいと、そればっかり言ってた」

「なんだよ、それ」

 串を手に、ぶんぶん振り回してロトスが怒る。本当に彼の言うとおり、なんだよそれ、だ。

「同じ低クラスの騎獣だけど、フェレスは見た目が美しかったからね」

「フェレスは長毛種だし見た目だけはほんと、良いもんなあ」

 ククールスが何やら失礼なことを言っているが、本獣は全く気にせず、シウの作った内臓入りジャーキーを食べている。彼は普通の食事の上にジャーキーを乗せる食べ方が大好きで、最後にジャーキーをかみかみするのが最近のブームなのだそうだ。

 以前は好きなものを最初に食べていたのに、なにやら心境の変化があったらしい。

「……でもだから、おれをみて、へんなかおしたのかな」

 今でもロトスは黒色の混じった斑模様をしている。聖獣のほとんどが真っ白いことを考えれば、大変めずらしい。

 人型になった姿でさえ、白くないのだ。おかげで阻害魔法を解除されたとしてもバレにくい。

 そのロトスが卵石から生まれた時、ソフィアは彼を見てがっかりしたというわけだ。

「ああいうの、すごくおちこむから、止めてほしいんだよね!」

「だよね」

「誰だって望まれて生まれてきたいよな」

 ククールスがロトスの頭をぐらぐらするほど撫で回し、慰めるように笑う。

「まあさ、お前にはシウがいるじゃん。な!」

「まー、終わりよければすべてよし、だけどさー。てゆーか、そこは、おれもいるだろとか言って、なぐさめるところじゃない?」

「はっはっは」

「照れ臭いんだよ、ロトス様。男はそういうことは黙ってるもんさ。ロトス様も覚えておくことだ」

「……レーネから、男についてかたられてしまった!」

 ロトスが机に突っ伏して泣き真似をするので、苦笑しつつ寸劇を止めておく。

「とりあえず、お口拭こうか」

「ううう……赤ちゃんあつかい……」

「大きいものをそのままかぶりつくからだよ」

「ブランカとおんなじだぜ、ロトス」

 ククールスに言われて、彼はテーブルの下にいるブランカを見た。シウも見たが、確かに舌の届かない口の周りがベトベトだ。相変わらず食べ方が汚い。気を抜くといつもこれだ。

 ついでに、赤子たちの手の届く範囲の毛が、涎に塗れていた。

 赤子三人はご飯を食べても眠くならないらしく、足をバタバタさせて元気よく蠢いている。その手がブランカの短毛を掴んだり叩いたりと、まあすごい。

 一定期間で浄化を掛けるようにしていたが、ちょっと見た目に良くないのでその場で綺麗にした。



 その後、シウ以外は図書館に用事がないと言うので、公園でひとり別れることになった。

 皆が行かないのならシウも行くつもりはなかったのだが、

「シウ様のやりたいようにやるべきだ」

 というアントレーネの強固な後押しもあって、それならと別行動にした。

 残った面々は、このまま観光を続けるそうだ。ちょうど昼以降にデジレが合流することになっていたから、なら大丈夫かと任せることにした。


 フェレスもブランカのお守役として残ってもらったため、シウはケントニスの図書館をゆっくりと楽しんだ。

 中央にある大図書館は蔵書数が多く、案内係の人も多数常駐していてなかなかの充実ぶりだった。

 また、可愛らしい小さな館の図書館では、少女向け小説が多く取り揃えられていた。

 特に『スミナ王女物語』で有名な作者イノマ=ウスラフのものが網羅されており、ごく初期のマイナーな小説まで存在していた。

 更に彼女は少女小説を書く前はマナーを教える仕事をしており、『礼儀作法の在り方~初歩編~』など、多数の関係書を出版していた。学校の資料にもなっているので版画となっており、版元も展示されている。

 また彼女の書いた『アンリエッタ王女の学院生活』の設定集などもあって、イノマ=ウスラフの大ファンでもあるエミナに話せば喜ぶようなものばかりだった。

 さっと読んでみて、記録庫にも保管できたのでエミナへの良い土産話になったと思う。


 その図書館の案内人に教えてもらい、面白くてお勧めだと言う図書館のはしごをした。

 たとえば、魔法使いに関する書物だけを置いている専門図書館。街の外れにひっそりと佇む三角屋根の小さな図書館は、いかにも魔法使いが住んでいるといった外観をしていた。窓から覗くと、一室が薬草の調合室のように誂えてあって、なかなか面白い。

 ここでは有名な大魔法使いの本、『バルブロ=カウペルスの一生』を中心に、ありとあらゆる魔法使いに関する本が置かれていた。

 古代本もあって、カスパルに教えてあげたら喜ぶだろう。

 シウの知らない本も多数あって、記録庫に保管されてしまった。


 最後に、滅多に人が行かないというマニア向けの図書館へ足を踏み入れた。

 紹介してくれた案内人が「本好きの中でも奇特な方向け」だと言うのでワクワクして最後にしたのだが、これが結果的に良かった。

 なんと、筆耕屋に関する書籍ばかりだったのだ。それもここにしかない、現物のみの「本」だ。贈呈されたものも多く、一点ものの存在にシウは緊張しっぱなしだ。

 手にとって読んでも良いと書いてあるが、手袋を取り出してそっと見ていたら、図書館長が来て微笑んでいた。

「あなたのような本好きに来てもらえてとても嬉しいよ」

「僕もとても嬉しいです。まさかこんなに文字に関する書籍が置いてあるなんて!」

「久しぶりのお客さんだが、いや、そこまで喜んでもらえるとはね」

 ゆっくり見ていくと良いと、また受付近くの席に戻っていった。

 この図書館は入るのにロカ銀貨一枚しか取らず、びっくりするほど庶民的なのだ。

 貴重な本も多いというのに手にとって良いことからも、シウはとても驚いた。

 更にはシウの大好きなアロイス=ローゼンベルガーの書籍が数多くあるのだ。

「ここは天国だ……」

 思わず呟いて、背表紙たちを撫でてしまった。

 今まで知っていた彼の書籍は『オーガスタ帝国が滅亡した謎』『古代語の韻と、その系譜』『帝国の貨幣価値と現代の貨幣』などだった。

 それが、ここには『古代帝国の生活様式』『ゾイマー=アルバトロスは実在したのか』『大賢者の歴史』『古代竜への郷愁』などの他に、手慰みで書いたと思われるメモまで存在している。

 記録庫に保管できたが、現物を前にすると感動は何十倍にも違う。

「アロイスは古代帝国時代のものを書くのが好きだったのかな。現代語訳も美しく書くけど、古代語はまた格別の美しさだ……」

 手袋越しに文字をなぞるように撫でていると、また館長がやってきた。

「もしや、あなたはアロイス=ローゼンベルガーがお好きなのかな?」

 シウは振り返って、たぶん最高の笑顔をしていただろうと思うが、笑って答えた。

「はい! 大好きなんです」

「おやおや。お若いのに珍しいことだ」

「でもとても美しい文字を描かれるんです。僕は芸術には疎いですが、アロイスの文字の美麗さだけは分かります。流れるような文字、インクをどこで足すか、留め方も、うっとりするほど素敵なんです。同じ字で同じ形を描いているのに、その全てに意味が込められているというか。ああ、表現力がないので上手く言えませんけど、とにかく整っているのに一文字ずつに味わいがあるんです」

「ふむう」

 館長は笑顔のまま、深く頷いた。

「この図書館は、美しいとされる文字書きのものを中心に集め、その筆耕に関する書籍も揃えてきたのだが……」

 目を細め、彼は続けた。

「芸術的だとされる筆耕屋の文字を、最近は避ける傾向にあったのだよ。それが惜しくてここを作ってみたのだが、君のような若者にこの文字の美しさを改めて力説されると、いや、わたしも館長冥利に尽きるよ。ありがとう」

「いえ。それに新たなアロイスの本を見付けることができました」

「ふむふむ。もしかして、それはこの本かな」

 机の上の本を指差し、それから彼はシウの横の椅子に座った。

「このあたりは、初期の本だね。ゾイマーに関する本は、作者の内容が気に入らず、別の本の、ああこれだ。『大賢者の歴史』だね、こちらの筆耕も手掛けたのだよ」

 似たような内容の本なので変だと思ったら、そうした事情があったのかとシウは驚いた。そして、館長の言葉に、ある事実へ行き当たる。

「もしかして、館長はアロイスをご存知なのですか?」

 おそるおそる質問すると、彼はにこやかに頷いた。

「もちろんだとも」

「え、まさか、じゃあ」

「生きておるよ。わたしの伯父なんだがね。ところで、どうだろう。君を夕食に招きたいのだが?」

 途轍もない幸運に、シウは何も考えずに大きく頷いていた。

 それから慌てて館長に自己紹介し、手を取ってぶんぶん振り回したのだった。


 その後、名残惜しいが一旦宿へ戻り、皆に事情を説明してからひとりローゼンベルガー家へと向かった。

 シウがあまりにウキウキしているので皆ポカンとしていたが、フェレスたちの面倒は見ておくとククールスが請け負ってくれたのでお願いした。

 途中、パーティーへ向かうカスパルにも図書館情報を教えてあげたが、シウの浮かれようにダンと二人で呆気にとられていたようだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます