076 ロトスの葛藤と岩竜の話




 ところで、温泉は二人とも気に入ったらしく、特にアウレアはちびっ子たちと一緒に大騒ぎできるのが楽しかったようだ。

 また、同じような年頃の――そう見える――ロトスと話をしたり遊んだりというのが新鮮で嬉しかったらしく、夜中まで興奮してなかなか眠れずにいた。

 ガルエラドが父親のような顔で、ずっと体を撫でていたのがシウにも分かった。

 この小屋は客を迎えるような作りにしていなかったこともあり、寝室で全員が並んで寝ていたから分かったのだが、なんとなく同士のような気持ちで微笑ましく思った。



 芽生えの月とはいえ、まだまだ朝晩は底冷えするし、ましてや山脈の中腹より上にあるコルディス湖だから、寒い。

 そんな中を、子供たちは駆け回っている。

「子供って元気だなー」

「……シウもまだ子供であったような気がするが」

「あ、僕、もうすぐ成人だからね。秋頃には十五歳だよ。今年は全員成人になる年だね」

「ああ、ロトスたちか」

 クロはもう成獣扱いでいいが、ブランカももうすぐ、秋の終わりにはロトスも成獣となる。

「成人か。何か、欲しいものはあるか?」

「成人祝い? うーん、特にないなあ」

「シウは狩りの腕も良いし、自ら作り出せるからな」

 どこか、アウレアを見るような視線で、ガルエラドはシウの頭を撫でた。

「だが、考えておくことだ。我も、何かしてやりたいと思う」

「……うん。ありがと」

 照れ臭くて困っていると、ロトスが走ってきた。幼稚園児ぐらいの姿なので、まだちょこまかといった可愛い様子なのが面白い。

「よー。あそぼーぜ」

 口の悪いのが少々気になるが。

 ロワイエ語を言語魔法でインプットしたはずなのだが、本人の年齢や知識レベルに合わせてでしか理解できないらしく、こんなことになってしまった。

 シウ自身の言語知識はもうちょっとマシだったかと思っていたのに、がっくりである。

 まるでククールスのようで、将来は彼と同じく、見た目とのギャップが大きくなりそうだ。

「今、何やってるの?」

「おにごっこ。ハンデ付けないと、やってらんないから、てつだって」

「あはは。フェレスのひとり勝ちになるよね」

「んにゃ。フェレスは、そのへん、かしこいっていうか、やさしい。ブランカがおとなげないの」

「あー」

「いつもはクロがそうじゅうするのに、クロもはりきっちゃってブランカとたっぐをくむから」

 そうなのか。

「チームせんにしようぜって、ていあんしてきたから、いっしょにやろー」

「分かった」

 ガルエラドは参戦しないだろうから、シウは彼を置いて子供たちのところへ向かった。


 その間、ガルエラドは森に入って狩りでもしてくると、どこかウキウキした足取りで駆けて行った。

 やっぱり、アウレアが一緒ではなかなか思うように行動できないのだろう。

 彼にとっての休みにもなって良かったと、心から思った。



 昼ご飯は帰ってこないガルエラドを待たずに、湖を眺めながらバーベキューだ。

 まだ冬の気配が残る山脈を眺めながらも、空気が春へ向かっていることが感じられる。

「おいしーね!」

「みんなで食べると、よけいにおいしくかんじるんだよ」

「そうなの。だからアウル、おいしいんだ!」

「……アウル、ここ、ついてる」

(くっ、男だと分かっていても可愛いぜ)

 ロトスは誰に向かって念話しているのか、独り言のような念話を放つ。

 シウが苦笑していたら、おままごとのような会話が続いていた。

「これも食べないと、大きくならないよ」

「ありがと。ロトス、やさしーね」

「ま、まあね」

「あのね~、アウル、シウのごはん好きなの。みんなといっしょに食べるのも好き。ロトスも好き~」

「そ、そうか」

「さっき、おにごっこのとき、たすけてくれたでしょ? ありがと、ロトス」

「お、おう」

「あとで、やくそうさがし、しようね?」

「うんうん」

 えへ、とにっこり、アウレアがロトスに笑いかける。笑顔を受けたロトスも笑いながら胸に手をあてていた。

(天使や。天使すぎる)

 足をぶらぶらさせて騒ぐので、シウはロトスの頭をポンと叩いて落ち着かせた。

「分かったから。ほら、ロトスもちゃんと野菜食べて。人参残ってるよ」

「うっ――」

「アウル、にんじん大好き」

「アウルは偉いね~」

「うん!」

「……ちっ、食えばいいんだろ。くそー」

(なんでこっちの世界にも人参あるんだよ。もっとファンタジー野菜あってもいいじゃん! りんごの味の人参とかさあ)

「それもう、人参じゃないよね?」

 シウの冷静な突っ込みに、

(……なかなかやりおるな。おぬしも成長したのう)

 シウがかつて時代劇をよく見ていたと教えて以来のジョークだが、口調とは逆に、ロトスは涙目で人参を食べていた。




 午後もたっぷり遊んで過ごし、薬草摘みをしたり、ブランカの毎日やっている飛行訓練に付き合ったりと、濃密な一日だった。

 ガルエラドは山中で解体してきた魔獣の肉を戦利品に、夕方頃、戻ってきた。

 目が輝いており、思う存分動いてきた! というスッキリした顔をしていたのが印象的だった。

 竜人の里、オリーゴロクスに滞在していた時も楽しそうだったが、やはり戦士として力を思う存分発揮できるのが嬉しいのだろう。


 食後、子供たちが温泉ではしゃぎすぎて早めに寝てから、ガルエラドの今後の動きを聞いた。

「フェデラルから、小国群へ行こうと思っている。砂漠竜の様子を見ておきたいし、あの地の蜥蜴族が、スケイル国の情報を知りたいと言っているのでな。小国群には岩竜が多いから気になってもいた。それに、あちらには仲間も多くいる」

「スケイルって、蜥蜴族や竜人族が多い国だったよね?」

 脳内の記録庫をめくりながら聞いてみると、そうだとの答えが返ってきた。

「オリーゴロクスから向かった者もいる。親戚と言えなくもない関係だ」

「そっかあ」

「武者修行で立ち寄る同族も多いので、懐かしい顔に出会えるかもしれん」

「それは楽しみだね」

「もっとも、竜の大繁殖期対策で、皆大変であろうがな」

 小国群の一つであるスケイル国に、竜人族がいたからこそ今までガルエラドもそちらへは足を運んでいなかったのだろう。

「岩竜って、一番小さくて弱い竜種だよね。それでもやっぱり大繁殖期になると大変?」

「数が多いというのも、ある。その名の通り、岩のようなゴツゴツとした肌を持っているから、ちょっとやそっとではびくともしないのだ。大きさは地竜の、リーノケロースとさほど変わらないのだが、頑丈すぎてな。頑固な性質だから使役にも向かん」

 地竜にはサイに似たリーノケロースと、恐竜タイプのマラクがいて、前者は比較的穏やかな気質で荷馬車を引くのに向いている。調教もしやすく商人がよく使っていた。後者は少しばかり調教に時間がかかり、成長すると大きくなってしまうことからも使うのは軍が多い。最大で十五メートルほどと、まさしく恐竜である。

 岩竜、ルペスドラコとも言われる竜種は、魔力量が一番少ないので「竜」の中では一番下だと言われているが、性格は難があるようだった。

 基本的には竜種は下位になればなるほどおとなしく穏やかで、調教しやすいと言われているが、何事も例外はある。

「もし、間引いたりするようなことがあったら、分けてもらえる?」

「もちろんだ。そんなもので良ければいくらでも」

「岩竜の素材って何かに使えるの?」

 こちらの地域では見かけないので、本にも詳細が載っていないのだ。

 ガルエラドは少し思案して、ひとつ頷き教えてくれた。

「剥ぎ取ってしまうと皮も扱いやすくなるとかで、戦士の革鎧を作るのに人気がある。頑丈なのだ。肝や心臓も薬になる。牙は岩をも砕く良い剣になるとか」

「へえ、良いこと尽くめだね」

「ただし、牙の加工は大変らしい。なにしろ、頑丈で強いからな」

「あ、なるほど」

「高温の炉と、ミスリル粉が必要だと聞いたことはあるが、詳細は分からぬな」

 専門外だと、ガルエラドは頭を掻いた。

「いいよ。手に入ったら、自分で現地の鍛冶職人のところへ行ってみて聞いても良いし、試行錯誤するのも楽しそうだから」

「そうか。シウは、作ることが好きだったな」

 生産も料理も、同じ作る作業だからか、確かに好きだ。

 ただそれを生涯の仕事にしようとは思っていない。

 神様に言われ続けたせいか、自分は「冒険者で魔法使い」なのだとずっと思い続けている。

 たぶん、ロトスいわく「チート」なスキルを手に入れたことで、なんでもできるからこそ、ふわふわとした安定感のない「冒険者で魔法使い」という仕事でもいいと思えるのだろう。

 前世でなら、考えたこともない仕事だ。

 前世のままなら、きっと生産職へ就いたことだろう。工場で働いていた時も、事務仕事より機械を使っている方が好きだった。体力があればと思ったことが何度もある。

 今は、体力どころか魔力だってあるのだ。

「やりたいことをやるのが、好きかな」

 呟いた言葉に、ガルエラドは笑みの含んだ目を細めて、シウの頭を撫でた。

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