074 青少年の日常と庶民の気楽さ




 風の日はもはや恒例となっている、リグドールとレオンとの臨時パーティーによる依頼仕事を受けた。いつもの王都外の森で薬草採取がメインだ。

 シウには騎獣が二頭もいるので、片一方にロトスを乗せてみた。本人はブランカに乗りたがったが、まだ危険なのでフェレスに乗せている。幼児なので、王都内で騎乗していても怒られるということはなかった。むしろ微笑ましそうに見られていた。

 待ち合わせ場所で軽く挨拶したが、シウが何かを連れてくるのはいつものことだと、二人とも大して気にしていなかった。

 ただ、幼児なのでそれだけを心配していた。

「それは大丈夫。フェレスも自分で判断して動いてくれるし」

「だったらいいけどな。あ、そうか、エミナさん子供が生まれたんだったな」

「うん。だからなるべく、スタン爺さんに子守を頼まないようにしようと思って」

「赤子は大変だからな」

「レオンのとこ、赤ちゃんが増えて今大変なんだってさ」

「俺のところ、じゃない。養護施設が、だ。バカヤロウ」

 その後、辺りを警戒しながら森の中央へと入り、近況報告をしたり、採取をして過ごした。


 リグドールもレオンも随分と大人っぽくなっていた。

 リグドールは十五歳、レオンは十七歳のはずだから、それもそのはずだ。

 シウも今年十五歳になるのだが、いよいよ少年では通用しない年齢なのに、やっぱり見た目は子供っぽい。

 ロトスからすれば、シウは日本人に近い成長具合だと言うので、体が前世の精神に引っ張られている案を採用したいところだ。

 ちょっぴり混じっているハイエルフの血のせいだとは思いたくない。


 さて、そんな彼等との話を、ロトスは面白そうに聞いていた。

 幼児だと思って、二人共気にせずに話しているが、いろいろぶちまけすぎだ。

「でさあ、アリスさんと二人で課題をしてたら、裏切り者のクリストフがダニエルさんに報告してやんの。それもずっと前のことなのに、送って行ったら覚えててチクチク嫌味を言われるし」

「お前がもっと上手くやらないからだ。クリストフに事前に話を通しておけば良かったんだ」

「コーラさんには言ったんだぜ?」

「あの双子を一人で計算するからダメなんだ。なあ、シウ。誰だって自分を一人前に扱って欲しいものだよな?」

「そうだねえ」

「ほら、見てみろ。あと、マルティナ嬢にも普段から声を掛けておけよ」

「なんで?」

「あの人の後ろ盾があった方が、お付き合いも進めやすいだろ? 一応あれでも、アリスさんの従者だぞ」

「……うーん、ティナはなあ。話のほとんどが社交界か、ドレスの話か、良い結婚相手がいないってのばかりだからなー」

「うちの女どもも似たようなものだぞ? どこそこの公園で出会いがあるとか、最近の流行りの服はどうだとか、早く結婚して養護施設を出るんだって、その前に仕事見付けろって話だよな」

「女って、怖い」

「アリスさんも女だからな?」

「アリスさんは違うの」

「意味わかんねえ。なあ、シウ?」

「うん、そうだね」

「……お前、聞いてる?」

「聞いてるよー。あ、セルフィーユだ。ハイドランジアもある。フラーグムも」

 二人はそのまま採取と会話に戻っていった。

「なあ、レオン。ヴィヴィとはどうなのよ」

「ヴィヴィは友達だぞ? 俺は女はしばらくいい」

「しばらくって、まるで付き合ったことがあるみたいな言い草だなー」

「うるさい」

「レオン、黙ってたらいい男なのにな」

「うるさい!」

「で、クロエさん以降、誰か好きな人いないのか?」

「なっ、な、な、なんで、それを」

 そこでバッとシウを振り返るので、シウは黙って首を横に振った。

「お、お、お前、何故それを」

「えー。エレオーラさんが、この間、教えてくれた。若い男の子がポーッとなって、可哀想だったって……」

「やめろ、おい」

「ストップストップ」

 レオンがリグドールに迫って首を絞めようとし始めたので、そこまで動揺しなくてもと、笑いながら止めた。

「ていうか、エレオーラさん、お喋りすぎだね」

「なんか、年下の男の子が好みなんだって。誰か紹介してって言われて、レオンのことを言ったら、あ、それはダメって」

「ひどい」

 と言いつつも笑ってしまう。レオンは、落ち込んで地面に手をついていた。

「魔法学院で将来有望な人を紹介してって言われてもなー。年齢は最低でも十八歳以上でー、って、それ最上級生あたりじゃん。なあ?」

「僕にはそういうの聞かれたことないなあ」

「見た目に、その手の話するのも躊躇ったんじゃないの? 俺もシウには、あんまり」

「ひどい」

「だってさあ。レオンはアリでも、シウはナシっての、あるじゃん」

「リグ、一応そこに幼児がいることをお忘れなく」

「おっと。そうだったっけ。ごめんなー? ロトス君。てか、静かだけど大丈夫? フェレスがいるから、平気か。って、ブランカより、よっぽど大人だな!」

 そのブランカはリードを付けているのに、それを忘れては紐を木々に引っ掛けて「ぐぇ」となっている。

 クロが、その度に、頭上から指示して戻って回って進んでと、からまった紐を戻してやっていた。

 とにかく、こうして青年に近付いている少年たちの一日は過ぎていったのだった。



 晩ご飯はヴルスト食堂へ行き皆で摂ったが、その時にも話の大半は女性のことだった。

 年頃の少年のする話としては普通のことらしい。

 さすがにアキエラが近くにいるとしないが、そうでなければ将来の話二割、残り八割が女性の話だ。

 ちなみに、マルティナに賄賂という名の、男性紹介の件は二人共諦めたようだった。彼女の求める人物像の理想が高すぎて、とてもではないが無理だと結論が出たからだ。

 ロトスは森では何も言わなかったが、ここでは何度も念話を送ってきてシウを笑わせたり感心させたりしていた。

(イケメンでも女がいないとか、俺メシウマだわ)

「レオンのこと?」

(そうそう。金髪くるくるパーマの美形って! マンガか! しかも養護施設出身、影のある男設定。女性向けゲームにありがちな、キャラだぞ。んで、当て馬になるのな、結局)

「そうなんだ」

(そう。大体、一番モテちゃうのはやっぱり王子様ですなー。次に、クールな俺様キャラの大貴族の息子。影のある孤児のイケメンも人気だけどさ。女はねー、結局最後は打算っつうか、出自を気にするんだなあ)

「なるほど。深いねえ」

(まあね)

 受け売りだけど、とヴルスト食堂自慢のウィンナーを食べる。

 そこにリグドールたちも参戦してきた。

「なーに、子供同士で話してるんだ?」

「いろいろ。人生って深いなあって話だよ」

「……人生の深さを幼児と語ってるのか」

「お前、大丈夫か?」

 レオンに心配されて、シウは苦笑した。

 そして、少しだけやり返すことにした。

「レオンこそ、大丈夫? クロエさんのこと、まだ引きずってると思ってなかったからびっくりしたよ」

「うっ……」

「初恋だった?」

「おお、シウがいじめっ子だぜ。ロトス坊、気をつけろよ? こわーいお兄ちゃんだからなー」

「うん」

「おっ、賢いお返事だな。いいなあ、俺、弟欲しかったんだー。お前うち来る?」

「いかないー」

「なーんだ」

「おいこら、人攫い。純粋無垢な子供を誘うんじゃない。子供はなあ、親と一緒が一番なんだ」

「レオンが言うと、含蓄ありすぎて怖いわ」

 二人共お酒を飲んだらしく、少々呂律が回っていない。近くの席の男性たちも、少年の様子に笑っている。

「まだ自分の酒量が分かってねえな。ガキだぜ」

「おいおい、気をつけろよ?」

 フェレスたちを構っていた店の客も、リグドールとレオンにあれこれアドバイスを始めた。こうなってくると、ヴルスト食堂ならではで、皆、誰と名乗らずとも昔からの知り合いのように仲良くなる。

 スタン爺さんは常連なので、入ってくる人それぞれに挨拶されていたが、エミナやドミトル、そしてアシュリーは入り乱れて皆と食べている。エミナが食べている間は、どこかの女性がアシュリーを抱っこで面倒を見てくれるし、良い雰囲気だ。

 ロトスも気に入ったらしくて、

(下町っぽい。こういうの、あるんだなー)

 と、楽しそうだ。

「庶民の方がよっぽど、楽しいよね」

「あ、それ、わかるー」

「貴族になってチートって言う案は、だからやめた方が良いよ?」

(この間、セキガンノエイユウ様んとこ行って思った。俺、あの暮らし無理。やっぱ庶民が一番だー)

 そう言うと、ロトスはとことこ自分の足で歩いて行って、厨房にウィンナーの追加を頼んでいた。

 ガルシアが大きな声で注文を受けると、アリエラがロトスを抱っこして連れ戻してくれた。

「ここから言ってくれたらいいのに。みんなに踏み潰されちゃうわよ。よしよし」

 最後にロトスを撫でていって、彼女は配膳の続きに戻った。

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