072 洗脳の残滓と主従契約の覚悟




 終わったことに気付いたのは他の面々もで、息を止めていたイェルドやシリルなどは、大きく息を吐いていた。

 サラはその場に座り込んでいる。

 キリクだけが、平然としていた。

「オリヴィア、もう入っていいな?」

「ええ、どうぞ」

 内側には聖水で魔法陣が描かれていたが、この中にも入ってきてキリクは中央の二人の横に立った。シウも、歩いていき、ロトスをそっと撫でる。

 ロトスは目を開けて、あれ? と首を傾げた。

「もう終わったよ」

(え、え?)

「さっき、オリヴィア様が詠唱したでしょう? あれで魔法が発動して、それで終わり」

(そ、そうなの? じゃ、じゃ、どうだったの?)

 前足でかりかりとしゃがんだシウの胸や足を引っ掻くので、それごと掴んで引き寄せ、抱っこして立ち上がった。

「大丈夫だったみたい」

「きゃん?」

 きょとんとして振り返り、そこにオリヴィアの満面の笑みを見付けて、ロトスはようやくそれが本当なのだと信じられたようだ。

 慌てて人化して、お礼を言おうとしたのだろうが、ふぇぇぇと泣き出してしまった。

「よしよし、もう大丈夫だからね」

 集まってきたイェルドやシリルがおろおろとして、サラはすでに涙を拭く準備に入っており、キリクはどこか面白そうな顔をして見ている。

 シウは抱っこしたロトスを、そのままオリヴィアに寄せた。彼女が咄嗟に手を出したので、押し付けるように渡す。

 すると、ロトスもそちらへ自分から手を伸ばして抱きついた。

「ありっ、あり、ありが、と!!」

「まあああ……」

 オリヴィアもとうとう同じように泣き出して、ぎゅうっとロトスを抱き締めていた。



 助けてくれたオリヴィアに、ロトスは全幅の信頼を寄せたようで、抱っこしてくれるままに引っ付いていた。

 彼女もそれが満更でもないらしく、幼児と言えども重みはあるのに、抱っこしたまま応接室へと戻っていった。

 そこで、詳細を教えてくれたのだが。

「確かに洗脳しようとした芽の残りはあったようですわね。それも、二度、あったかもしれません」

「えっ!?」

「ああ、安心してくださいませ。どちらも抵抗に成功しております。ただ、滓のようなものが残っていて、わたくしでも分かったのです。もちろん、これらの残滓も綺麗サッパリ消させていただきましたわ」

「そうか。それにしても、二度も洗脳しようとしたのか」

「種類が違いますから、一度目がソフィア=オベリオでしょうね。悪魔憑きが持つ、魅了の形式でしたわ」

「そこまで分かるのか?」

「何度も聖別魔法を使っておりますと、種類の違いに気付きますのよ」

 キリクが、ほう、と感心した声を上げた。シリルやイェルドも尊敬の眼差しで彼女を見ている。

 サラは廊下からワゴンを受け取って、飲み物の用意をしていた。

「二度目はどうなんだ?」

「そちらが、威圧の混ざった、契約魔法だったのではないかと思います。洗脳魔法と共に二人がかりで使用したのか歪でしたわ。ロトス様が抵抗できたのは偏に、神の奇跡としか申せませんね」

「運が良かったってことか」

 神の奇跡を運と称したキリクに、オリヴィアが若干目を細めたものの、やり返すことはなかった。

 彼女は隣でぴっとりくっついているロトスに、メロメロだ。

「二度目は、やはりウルティムス国王自身が使ったのか」

「ロトス様の見てきたことを判断すれば、そうとしか思えませんね」

「抵抗されて、洗脳もできないと分かったので、下げ渡したというわけですか」

「最低ですわね」

「本当に、信じられないことをしますわ」

 香茶や珈琲を配り、サラはロトスの前に果実ジュースとクッキーを置いた。

「さあ、疲れたでしょう? どうぞ」

「……ありがとう」

 その声と態度に、サラもメロメロだ。目が分かりやすくとろんと蕩けている。

「しかし、となると成獣になったとしても厄介だな。今の国王の情報をこれまで以上に集めているが、ろくなヤツじゃないぞ」

「最近は国境での小競り合いも減ったと聞いておりましたけれど?」

「代替わりで、暫くは国内に力を入れてるんだろうよ。まあ、北に黒の森を有しているから、その対応にも手を取られるしな」

 歴代の王の中にはそれが嫌で、他国へ領土を広げようと度々戦争を引き起こしている者もいた。

 が、戦好きが集まることでも有名なので、同じぐらい、黒の森への取り組み方も本気なのだ。

 そこに途轍もない宝が眠っているから挑戦し続けているのだ、というまことしやかな噂も存在している。思い出したように噴出してくる噂話だが、与太話というのがほとんどの意見だ。

 ちなみに、シウはそこに真実があることを、知っている。

 黒の森の中心は、歴史上最も栄えたとされるオーガスタ帝国の帝都があった場所で、その周辺地域には衛星都市も多く、独立したエルフの国家も存在していた。正に一極集中だったのだ。富と知識と栄耀栄華の全てがそこに集まっていた。

 だから、お宝目当てというのもあながち嘘ではないと、シウは思っている。

 そこを実効支配してしまえば、いずれウルティムス国のものになるだろう。だから、せっせと黒の森へ侵攻を広げているのだ。

 ただ、この話は混乱を招くだけなので、今はシウの胸に仕舞っている。

「聖獣自身が要求を突っぱねればよろしいのではないの?」

「そう、単純な問題じゃないんだ、サラ」

「でも、そもそも、聖獣が王族のものであるのは、保護する意味合いが強かったのですよね」

 イェルドも図書館などで調べ直したらしく、由来を説明している。

「その保護が、奴隷のようであってはいけないのに」

 本末転倒というやつである。

 皆が思案に耽っていると、ロトスにクッキーを食べさせていたオリヴィアが、ふと、思い付いたと手を挙げた。

「うん?」

「ようするに、引き渡し要求に応じることができないように、すればよろしいのですよね? しかも、強硬な手段を取らせないような、ということですわね?」

「……そうだが?」

「どこの王族でも引き取れば、それなりに恨まれますわね。戦争も辞さないと、ウルティムスならば言いそうですわ」

「ああ」

「でしたら王族でない者に、第一級の契約魔法を用いて、主従の関係を結んでしまえばよろしいのではないでしょうか。できれば、流民相手ならなおよろしいでしょうね」

 そう言った瞬間に、全員の目がシウに突き刺さった。

「えっ」

 皆がそれぞれ顔を見合わせる。

「確かに、なあ」

「物事の道理がまだ分からぬうちに、お互いがお互いを好きあって契約したとなれば」

「それならば、自然契約となりますが、あれは難しいですわ。精霊の気まぐれとも言われますもの」

「ただの契約魔法ではだめなのか?」

「それでは調教魔法の上位レベルや、洗脳魔法持ちが解除できてしまうのではないでしょうか」

「しかし、王族が聖獣と主従を結ぶ場合は契約魔法だぞ」

「王族だからです。決して解除されないことが、今は大事なのですから」

「ああ、そうか。くそ、面倒だな。俺はその手のことは苦手だ」

 どんどんと話が進むので、一応シウは手を挙げて、口を挟むことにした。

「本人の意志を尊重しようよ」

 皆がまたシウに視線を向けた。集まったところで、溜めていた言葉を続ける。

「僕もそれは考えないでもなかった。けど、それをしたら、ウルティムスの王と同じだって思ったんだ。無理矢理、相手の意に沿わないことをしては、ダメだ」

「む、そうか」

「……そう言われますと確かに」

「でも、シウ。ロトスちゃんはあなたのことが好きよね? フェレスやブランカやクロだってあなたを好きだわ。それとは違うの?」

「違います」

 はっきりと否定したので、サラは驚いたようだった。

 シウは、言うまいか悩みつつ、言葉を選んで続けた。

「フェレスたちは、ペットに近い我が子のような関係で、その行動に僕は一生責任を持つ代わりに、彼等の行動は僕が縛ることになる」

「……騎獣とはそんなものだわ。飼われる存在よ。人と共存して、人の役に立てることを喜ぶものだから」

「それは建前です。確かに野良希少獣の一頭から、主を持たない悲哀について聞いたことはあるけれど、主従を結ぶってことは自由を奪うってことなんです。幸いと言っていいのか分からないけれど、聖獣でない希少獣たちは、そこまで考えるわけじゃない。主と一緒にいて楽しい嬉しい、ってぐらいです。だからせめても、彼等を甘やかして大事にすることが、主の勤めだとも思う。でも聖獣は、人と同じ、むしろ人よりも高位の存在で考えも深く、悩みもし苦しんだりする生き物だ。そんな高位の存在に主従の関係を強いるのは、気が進みません」

 何よりも。

「それに、ロトスは僕にとって対等の友人で、今後も長く付き合っていくであろう親友なのだと思ってます。その彼に主従関係を結ぶのはちょっと違うんじゃないかと」

「それは、考えすぎじゃないか? 頭が固いと俺は思うが……」

「主従を結んだ相手の、気持ちが寄り添ってくると思ったことはない?」

 キリクが言葉に詰まった。

「どうしたって、従は、主に添ってしまうんです。僕は、対等だと思う相手の意志を縛りたくないんです。もちろん、にっちもさっちもいかなくなったら、それしか手がなければ、打つしかないと思ってますが」

 でもできれば、ロトスには自分で選んだ相手を見付けてもらい、その人と契約してもらいたい。

「それに、ロトスの意見も大事です。せめてロトスが成獣になって、きちんと判断できるようになってから決めるのが良いです」

「……だから、成獣までは守り通すと言ったのか。お前は心も守ろうとしてるのか」

「できれば、だけどね。それに、聖獣相手だともしかしたら対等な契約になるかもしれないしね」

 王族が使う契約魔法がどんなものかは分からないので、シウはそう言って笑った。

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