068 お米広めたい運動の成果と驚愕の事実
木の日は、フェレスたちをコルディス湖の隠れ家へ連れていき、彼等だけで遊ばせることにした。スタン爺さんも子守ばかりで大変だろうし、フェレスたちが気楽に過ごせるのも森の中だからだ。
念のため、感覚転移もして見ているつもりだが、通信魔道具も渡している。フェレスしか使えないが、子分たちの面倒は見ると張り切っているので目を離すことはないだろう。
冒険者として仕事に出ると、場合によっては騎獣だけで考えて行動することも出てくるから、良い訓練にもなる。
問題はブランカだが、スラヴェナの調教も上手くいっており、お目付け役のクロも常に傍にいるから、半分は安心している。
ただ、屋敷や家の中だとおとなしいブランカも、森の中では興奮してしまうので、そこだけが少し心配だった。
くれぐれも、羽目を外さないようにと言い聞かせて、シウはロトスだけを連れて、またスタン爺さんの家へ転移して戻った。
この日は朝から市場へ行ってみた。エミナにも頼まれているので普通に買い物だ。
顔見知りと挨拶したり、アナとも顔を合わせることができた。
「今年のお米、期待できるわよ。種籾を見せてもらった時に、詳しく教えてもらったけれど、農家の人ってあそこまで研究熱心ですごいことするのね? びっくりしたわ。あなたの希望通りの組み合わせも作っているけれど、更に先を目指して、掛けあわせているらしいわ。あなたが出資するって言うから、近辺の農家も今年から本格的に参加してくれるそうだし」
「そうなんだ? 去年のも美味しかったけどね、あれよりすごいのかあ」
「あなたが粘りがどうのとか、甘味、もっちりしたものがなんて注文をつけるからよ。引き受けてくれた農家さんは、元から研究体質だったらしいけれどあなたのおかげで火が付いたんですって。奥様にチクッと嫌味を言われちゃったわ」
「うわ、それはごめんね? 【お中元】送っておこうかな」
「おちゅうげん、って何のこと?」
「おねえちゃん、それ、そでのした、ってことだよ」
ロトスが会話に交ざって、アナは最初に挨拶した時からその存在を忘れていた幼児に気付いて、改めて見下ろした。
「……おねえちゃん。……なんて素敵な響きなの!」
アナは唐突にしゃがみ込むと、ロトスと目を合わせて彼の肩に手をやった。
「なんて良い子なのかしら。ぼく、将来は良い男になるわよ!」
「えへー」
「まああああ! シウが連れているとは思えないわね」
「え、それ、どういう意味……」
「女性に対してお世辞の『お』の一つも言わない朴念仁は、将来もそのままってことよ」
「ええと、ごめんね?」
「ほら、そういうところなの。いいのよ、別に。……ああ、子供に何言ってるのかしら。やだわ。疲れてるのかしら」
立ち上がって、大きく頭を振っている。確かに、いろいろと疲れているようだ。
シウは、女性向けとして調子に乗って作っていたポーションをそっと渡した。
「何これ」
「ええと、袖の下?」
「……やあねえ。でも、ま、もらっちゃおう。あなたのポーション、効き目が良いし。あら、可愛い瓶ね」
「割と効果がすごいらしいから、ここぞって時にどうぞ。あと、内緒ね。素材に限りが合って販売は不可能だから」
「……なんだか怖いわね。いいわ、分かった。これは、自分へのご褒美として使います」
ありがとうと素直に受け取ってくれて、彼女とはそこで分かれた。
市場からの帰りには、ロトスから食へのこだわりが強すぎると突っ込まれた。
自重していない主人公は多いが、シウも全然自重していないとも言われ、笑われた。
「もっと、おじいちゃんしてるかと思ってたら、聞けば聞くほどチートしてるね」
「う、うん。まあね」
「かみさまのむちゃぶりあったし、しようがないよ」
ぽんぽんと腕を叩かれた。幼児の小さな手ではシウの肩に手が届かなかったのだ。
どうやら慰めてくれているらしい。
「あと、チートハーレムやったら、いいんじゃない?」
「それはロトス担当じゃないかなあ。最近は言われなくなったよ」
「そうなんだ?」
「枯れてるってさ」
(いたいた、俺の周りにも。なんだっけ、絶食系男子!! マジ聖人!! ヤバイ!!)
また笑い出して、くるくる回るのを慌てて止める。公共の道路では危ない。
「絶食系って言うんだ? 僕がテレビで見たのは草食系だったなあ」
「けっきょくさあ、あれってどっかのざっしの人がかってに決めるんだよ。人それぞれ、だよなー」
「……良いこと言うね」
「へへー」
(ゆとりとかさ、勝手に決めた言葉を貼り付けるんだよな。ああいうの、変だって思ってた。いいじゃん、いろいろあったってさー)
シウは、そうだねえと相槌を打って、微笑んだ。
「レッテルを貼ることで、安心することもあるんだろうね。この人はこういう人だって決めつけておけば、対策するの簡単でしょ? 気持ちに余裕がある時や、心の器が広い人は、どんなことがあっても対処できるけれど、心が弱っていたりしたら突発的なことに付いて行けなかったりして」
いきなり、普通の人が魔獣に襲われたら、咄嗟に判断できる人がどれだけいるだろうか。いきなり、優しいと思っていた人が豹変したら。
(レッテル貼り、かあ。そういうこと、大学の先生も言ってた。決めつけちゃダメだって。若いんだからもっと心を自由にって。年をとったら凝り固まるから、今のうちだって)
「それはそうかも。僕も前世では凝り固まってたし、今もそれを引きずってるしね」
「じかくあるから、いーんじゃない?」
話しているうちにベリウス道具屋に帰り着いた。
荷物を片付けると、すぐにまた出かける。エミナは店番をしながらスタン爺さんと共に手を振って見送ってくれた。
お昼は定番のドランの店オリュザで食べることにした。
「おいしー! ハンバーグ!!」
子供用の背の高い椅子も用意されていた。聞けば家族連れも多いそうだ。増築して、席も増やしている。
「繁盛しているね」
「おかげさまでな。持ち帰り用に、パンに挟んだハンバーグや火鶏の唐揚げってのも作ってみたんだが、店が埋まっているとそっちを買っていってくれるから客を逃さずにすんで良かったよ」
冒険者からは、朝にお弁当を作ってくれたら助かるとも言われたそうだが、そこまでは体力が保たないと断っているらしい。
しかし、そのうち弟子の一人が独立してお弁当専門の店をやると言っているので、協力はするそうだ。
おにぎりは腹持ちも良いし、お弁当には合いそうだ。
独立したら、シウも行ってみようと思う。
午後は、冒険者ギルドへ立ち寄った。
仕事を受ける気はないので、あくまでもロトスに見せてあげる、という程度だ。
しかしそこで、顔見知りに呼ばれて、話を聞くことになった。
エレオーラという女性で、シウとも仲の良いクロエの後輩だ。今、クロエは子供を産んだばかりなので時短勤務らしく、この日もギルドにはいなかった。
「クロエ先輩がいないので、わたしが代わりに説明しますね」
「はい」
「以前の指名手配の件ですけど、これ」
「……ハントヴェルカー国から情報が入った、んですか」
「たまたま大きな護衛の仕事が入って、うちの所属の冒険者が向かったんですよ。そうしたら、彼女らしき女性の噂を聞いたようで。ついでだからって滞在している間に調べてくれて、ギルド経由で通信による報告が入ったというわけです」
「彼女、今どうしてるんですか?」
「ウルティムス国を経由して南下しながら、ハントヴェルカーへ入ったらしいです。密入国なので、手配されたとか」
「ハントヴェルカーは確か、入るのに厳しい審査が必要だったんだよね?」
この国は、ドワーフ族と人族が大半を占める技術者の小国で、情報流出にとても厳しく対応している。出入りにお金はほとんどかからないが、審査は厳しいとのことで有名だった。あくまでも、本由来の知識だが。
「今は出国しているのではないか、という話らしいです。ハントヴェルカー国から正式に抗議の文書がシュタイバーン国宛に届けられるとかどうとかって話ですね、今は」
「わあ、そうなんだ」
「手配書の絵が精密だったので、分かったそうです。ダメ元で各国のギルドに送っていて良かったですね」
その代わり、足取りは分かったが、抗議されたというわけだ。
確かに、囚人に近い人を取り逃がしたのだから、抗議されても仕方ないのか。彼女自身が人を殺したわけではないが、逃亡者であり、取り調べが必要な重要事件の関係者だ。ハントヴェルカーにとってみれば密入国されたことが大事なのだ。
「とりあえず、こちらへ戻ってきてないことは分かりましたけど、気を付けてくださいね。逆恨みされてるかもしれませんし。こちらでも精密画をもう少しあちこちへばらまくつもりですから」
当初の事件からすれば、かなり大事になっている。
ソフィアは一体どこへ向かうのだろうか。
「ねえ、その絵、見せて」
黙って話を聞いていたロトスが、身を乗り出してエレオーラに話しかけた。
「あら、手配書なんて見たい? まあ、これなら、女の子の顔だし怖くないか。いいわよ、はい、どうぞ」
スッと書類入れから取り出してロトスに渡す。
彼女はすぐにシウと話を再開し、世間話程度にロワル王都の最近のことを教えてくれた。
「じゃあ、わたしはこれで。飲み終わるまでゆっくりしていってね。あ、その手配書は持っていていいわよ」
手を振って部屋を出て行った。
シウもさあと立ち上がりかけ、ロトスがじっとしていることに気付いて見下ろした。
ロトスは固まったように動かない。
手配書の、ソフィアの絵を見入っていた。
「どうしたの、ロトス?」
「……シウ、これ、これ、わるいことしたっていみだよね? てはいしょって言ったから」
まだ難しいロワイエ語は読めないロトスなので、指差しながら不安そうに聞いてくる。
言語魔法も中途半端だなと思いながら、そうだよと頷いた。すると。
「ソフィア=オベリオって、ちゃいろのかみで、うすいあおのめ、女の子」
「……もしかして、知ってる?」
「うん」
だって、と振り返って見上げてきた目は、どこか怯えた、悲しい色をしていた。
(この子が、俺が卵石から孵った時に一緒にいた子だから)
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