054 依頼の白あん入手、落ち着いた妊婦




 木の日は、朝早くから転移をして各地の市場で仕入れをした。

 ロトスのためにと、白いんげん豆や白金時豆、白小豆を探す。案の定というのか、シャイターン国の市場で見付けることができた。小豆も大豆も質の良いものが揃っているのでもしやと思ったが、普通に売っていた。

 他にも豆類を多く取り扱っていたので、全部購入する。

 しかも黒豆を見付けて興奮した。前世で、黒枝豆を一度食べてとても美味しかったので、気になっていたのだ。残念ながら消化に悪いので、次に食べることはなかった。

 今年はこれで黒枝豆を楽しめるし、黒豆の料理もできる。

 交渉したら、在庫も放出してくれるというのでお願いして、かなりの量を引き取った。

 港市場でも、蟹類が豊富に揃っており、魔獣じゃなくても味が上品で美味しいので各種を手に入れた。牡蠣も小振りながらカルト港にあった。フラッハやヴァルムにはなかったので地域的な問題だろうか。どうせならと、シュタイバーンのハルプクライスブフト港でも牡蠣を買う。ここのものは大きくて味も濃厚なのだ。

 となると、この時期ならではのホタテを食べたくなる。ということで、ウンエントリヒ港だ。ついでなので、蕎麦を取り扱う店へ寄ってみたり、ホスエとターメリックの販路拡大について語り合ったりした。


 あちこち回ったせいで昼を大幅に過ぎてしまい、屋敷に戻った時にはフェレスが若干拗ねていた。小さい子たちの方が平気な顔だ。

「いつもと逆転だなあ」

 いや、フェレスはそうでもないのか。でも最近はお利口で、拗ねることもなかったのに。

「ごめんね?」

「にゃん!」

 尻尾でぽんと叩かれたものの、それほど怒ってはいないようだった。

 どうやらフリだったらしい。

「いつの間にそんな技を覚えたの? 性悪猫だなあ!」

 撫で繰り回していたら、ロトスに白い目で見られてしまった。



 昼ご飯の後、白あん作りに取り掛かる。

 するとアントレーネが厨房にやってきた。興味津々なので椅子に座って見てもらった。

「料理が上手なのだなあ。シウ様はなんでもやる」

「まあね。山奥育ちだったから」

「そうなのか。あたしも山岳地帯で暮らしていたが、料理はからきしだ」

「食に対する興味の違いじゃない? 僕は食い意地が張っているからね」

「ふふ。シウ様の謙遜はまともに聞いちゃいけないと、スサ殿から聞いているぞ」

「ええー」

 話しながらも、手を動かす。魔法も使っているので調理の進み具合は早い。

「うーん、もうちょっと練らないとダメか。甘みはこんなものかな」

「……昨日の夕方、スサ殿にリュカと会わせてもらった」

「あ、そうなんだ」

「ソロルという人族の青年と一緒にな。二人共、シウ様に感謝していたぞ」

「大袈裟だなあ」

「……とても良い子で、あたしは大好きになった。あたしのお腹に子供がいるんだって知ったら、育てるのを手伝ってくれるそうだ」

 手を止めてアントレーネを見ると、彼女は今までとは全く違う、柔らかい笑顔で調理台を見ていた。

「あんな子に、育ってほしいな」

「うん」

「ソロル殿も、良い青年だった。この屋敷の人はみんな、良い人ばかりだ」

「そうだね」

「やけになって、捨てなくてよかったよ」

 ありがとね、と小声で言われた。

 命を、大事にしようという決意に溢れていた。

 彼女の横顔がとても輝いて見えた。女性を美しいと思うのはこういう時だ。

 シウの母もこんな顔をして、森を越えようとしていたのだろうか。小さい体でも、心は大きかったのだ。そんな母を、シウはアントレーネを通して尊敬の気持ちで偲んだ。




 いちご大福は、ロトスの満足のいくものだったようで、やたらシウを褒めそやしていた。白あん派の彼に付き合ってシウも食べたが、意外や意外、美味しかった。

 食わず嫌いは良くないなあと、反省する。

「創作料理もいいかもね」

 テレビで見るような料理しか作ってこなかったので、今後はあれこれ試しても良いかなと思う。

「ロトスは魚は苦手だったよね?」

「にたのが、だめ」

「そっかあ。ヒラメの煮たの美味しいんだけどなあ。じゃあ、フリッターにしようか?」

「うん!」

「タラもソテーなら大丈夫?」

「わかんない。しろいのはだいたい、にがて」

 白身魚が苦手なのか。どちらも新鮮なので刺し身でもいけるぐらいなのだが。

 幸い、貝類は好きなようだ。牡蠣やホタテがあると言ったら、あれもこれもと食べたいメニューを口にしていた。

「でも今日は、蟹だよ?」

(マジかよ!! やったぁ!!)

 蟹はもっと好きらしい。

 ズワイガニや毛ガニにそっくりで、食べごたえもある。すでに厨房に渡しているから、今晩の夕食に出てくるはずだ。

 魔獣の超巨大な蟹、アトルムパグールスやペルグランデカンケルもまだまだたくさんあるのだが、魔獣の肉は、特に大物になればなるほど魔素が濃いので子供や老人、魔力量の少ない人間には毒になりかねない。

 まだロトスには早いかもしれないので、お預けにしているのだ。

 言えばショックだろうから、黙っている。でも薄々そういったものがあることを察しているようだ。なにしろシウの教育のためか食いしん坊になったフェレスたちが悪気なく、美味しかった食べ物の話をするのだから。

 まあ、今も持っているとは知らないだろう。フェレスたちもシウの魔法袋に何がどれだけあるかなど、把握していない。というか、考えにも至っていない気がする。

「大きくなったら、もっとたくさん食べられるものが増えるからね。もうそろそろ、唐揚げも大丈夫だろうし、フリッターもそのうち作るから」

「やったー」

 可愛いフリルのついた幼児服でくるくるバレエダンサーの真似をする。新しく回る方法を編み出したようだ。

 残念ながらブランカは真似をしようとして、いつものようにグルグル回っている。立って回れないのだからしようがない。自分ではロトスと同じことをしているつもりらしいのも可愛かった。


 晩ご飯は、上品な味を活かすために茹で蟹と焼き蟹、それからカスパルのお気に入りのカニ玉、などが出てきた。

 お子様たちには料理人たちがあらかじめ解してくれて、それ以外は、食べやすいように殻の半分を切っていた。殻ごと出すのも野趣があって良いということだ。

 本当は上流階級なら、食べられないものは皿に乗せないのが基本らしいが、何事も例外はある。

 それにカスパルはそこまでうるさくない。晩餐会でもやっているならともかく、身内だけなら料理人たちの創作料理も気前よく受け入れていた。

「二杯酢はロトスには早いかなあ?」

「おれ、すっぱいの、にがてー」

「三杯酢にする? それとも、辛子味噌とか。砂糖と味醂を混ぜて角をとってるんだけど」

「うーん、おれ、そのままゆでたの、たべる!」

 焼いたものはバター醤油が良いというので用意して上げた。

 カニ玉のあんが熱いので、はふはふ言いながら口の周りをベタベタにして汚しているが、他の子に比べたらマシだ。

 クロでさえ、嘴全体があんで塗れているし、ブランカは顔中、毛の長いフェレスは喉元や前足まで毛束になるほどべっとりついていた。

 フェレスの場合は定期的に浄化が発動するのだが、それでもひどい。

「もうちょっと、食べるの気をつけようね?」

「にゃ」

 返事だけは毎回いいのだ。

 シウは笑ってフェレスの頭を撫でた。


 二つ隣のアントレーネの部屋へ行くと、彼女も食べ終わったところだった。スサとリュカも一緒で、三人とも楽しそうだ。

「シウ! 蟹、美味しかった! ありがとう」

「どういたしまして。作ったのはほとんど厨房の人たちだよ」

「うん。あとでごちそうさま言ってくる」

 ピコピコ耳を動かして、すっかり大きくなったリュカがスサを手伝って片付けていく。

 アントレーネはそのリュカを、微笑ましそうに見つめていた。

 スサとリュカが出て行くと、アントレーネはシウに椅子を勧めた。

「シウ様、あたしのお腹の子、三人みたいなんだ」

「うん」

「育てるのにお金もかかるしさ、大変だと思うけど、その、よろしくお願いします」

「分かりました」

「……あたし、そういうことは苦手で、迷惑かけると思うんだけど」

「なんだったら、乳母を雇えば良いんだし、アントレーネはできる仕事をしたら? 別に子育て専門じゃなくてもいいよ。僕と一緒に冒険者やってもいいし」

「……もし可能なら、そうしたい。やっぱり、シウ様の手伝いってうか、シウ様が主なんだから一緒に働いてみたいと思う。いや、あたしがそういう生き方をしたいんだ。でもだからって養護施設に預けるとか里子に出すってのは違うと思うし。シウ様の言葉に甘えさせて欲しい」

 シウが引き受けると言ったので、ずっと考えていたのだろう。ただし子育てする自信はなかったようだ。それでもいいと思う。この世界でも、前世でも、子供を育てるのに実の母親が絶対ということはなかったのだ。母親というものが必ずしも子育ての優等生ということは、ないのだから。

「じゃあ、今のうちから家政ギルドかな? 話を通しておくよ。あと、僕の手伝いってことなら、いろいろと内緒の話があるから、守秘義務、ええと誓約が必要になるんだけど」

「それはもちろん。それにあたしはシウ様の奴隷だ。決してシウ様の不利益になるようなことは言ったり、したりしない。サヴァネル神に誓う」

「ありがと。まあ、それはおいおいね。まずは子供を産んでからだよねー」

「ああ。しっかりと、良い子を産む。それまではタダ飯食らいだが、なるべく早く恩を返すようにするから待っていてほしい」

「そんなに張り切らなくても。まあ、気楽にね。あと、やりたいことがあったら言ってね。極力協力するから」

 もし、復讐するのなら、手伝っても良いと思っている。

 それが伝わったのかどうか、アントレーネは一瞬息を止めた後、にこやかに笑った。

「今はまだ、生きていこうって、それだけだ。生きていれば、きっと良いことがあるのだと、思いたい。その最中かな」

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