016 コルディス湖畔で休日、温泉造り




 木の日になると、朝早くにまだ寝ている子たちを抱っこして、フェレスと共にコルディス湖へ転移した。

 ここにも杭を打っているので、実験の意味も込めて《転移指定石》で来てみたが、特に問題もなく上々のようだ。

 まだ寝ているクロやロトスは籠に入れて、ブランカはもう籠に入らないほど大きくなっているので抱っこして運び、それぞれを専用のベッドの上に乗せてあげた。

 ブランカもそのうち抱っこができなくなるほど大きくなるのだろう。太い前足を見ながら、しみじみ成長の早さを感じた。


 コルディス湖畔にある小屋は結界も張っているが、周りから見えないよう認識阻害の魔法もかけているので完全に据え置き型となった。以前は何かあれば、小屋ごと空間庫に入れてしまおうと思っていたが、何かというほどのことが一度もなかった。

 そのため、温泉風呂もその場に作って良いだろうと、場所を決めると土属性魔法などを使って作り上げていく。

 形だけ出来上がると、パイプを空間庫から取り出した。

「さあ、位置の特定だ」

 《感覚転移》で北東にある火山を確認した後、地下を強力な探知魔法で探っていく。

 マグマ溜まりのずっと上に、地下水源が幾つか流れている。問題なさそうなもので、ロワイエ山脈から流れ出る湯量豊富なものを選んだ。

 ちょうど、コルディス湖方面に流れ込む水源があり、山脈地下でグッと地下深くへ潜っていくものがあった。その先で南へ向かい、何本にも分かれて多くがシルラル湖へと繋がっているようだった。これならば、温泉用に一つ使っても構わないだろう。

 北東の火山下までパイプを通す必要もなさそうなので、その場で土属性魔法を使って穴を開けていく。斜め下へ向かってどんどん掘り進めながら、同時に探知魔法を使い、更に穴の周辺を固定していく。

 後もう少しで温泉水源に着くというところで、パイプを嵌め込んでいった。

 完全に繋げる前に、温泉風呂側の排水管とも繋げ、湯量や温度調節用のタンクに入るよう設置する。

 最後にパイプの設置と穴を開ける作業を同時に行うと、すごい勢いで温泉水が流れ込んできた。念のためポンプを設置するが、自噴で可能のようだ。

 温泉水は勢い良くタンク内へと到着すると、一気に排水管へ流れ込んでいく。

 弁を捻ると、排水せずに風呂場へと流れこむが、勢いがありすぎるので水量を調節するためにタンク側に取り付けた調節ネジを閉じ気味にした。頑丈に作っているとはいえ、湯量が豊富すぎる。もう一つ、間に施設を挟んだ方が良いだろうかと思案するほどだった。

 念のため、タンクの周辺には金属パイプを使って補強してみた。

 さて、肝心の温泉だ。

 温度は魔道具の温度計で測ってみたが、少々熱い五十度ほど。

 やはり、一度間に温度調節用のタンクを挟んだほうが良さそうだった。

 水で調節するよりは、自然に温度を下げた方が成分的にというよりは気分的に、良い。

 適当に小さなタンクを作って、ついでに温度計を設置してみた。魔石を使うので高価なお風呂となるが、温泉のためならば価値はある。

 ちょうど小屋の横までパイプを使えば四十五度ぐらいには落ちそうなので、間にフィルター用の交換タンクを作ったり、全体を保護する壁を設置したりした。

 ついでに、大掛かりになってしまったので小屋や温泉施設を含めて全体的に壁などで囲んでいた方が良さそうだ。土属性魔法でちょいちょいと土台を作り、木属性魔法で蔦を這わせるなどして自然な感じにしてみた。結界魔法も張り直し、認識阻害は壁の外に掛け直した。


 元々、湖畔の小屋には小さなお風呂を作っていたが、それとは別に温泉風呂を今回作った。

 小屋からも行けるように屋根付きの廊下を挟んで、繋げる。どうせならと、露天風呂風にして、コルディス湖の底にあった綺麗な丸い石をタイルにして貼った。

 お風呂自体は大きな岩をそのまま刳り貫いて設置する。排水用の穴を作ったり、刳り貫いた箇所を滑らかにしたりと、多少の作業は必要だったが、さほど時間もかからずに出来上がった。

 それでもパイプを繋ぎあわせて、温泉水が風呂の中に流れ込んだ時にはちょっと感動したものだ。

 流れこむ直前の場所を測るために、風呂場からでも見えるように温度計を設置してみたが、四十三度ほどまで下がっていた。保護用にと土を固めて覆ったので、そのせいだろう。

 微妙な温度なので、悩ましいところだ。冬だと少し寒いぐらい、夏だと暑い。魔法で調節できるし、少しなら水で調節しても良い。

 保護用の土も薄めにして作り直しだ。

「うん、でも、いい感じだ。ね、フェレス」

「にゃ!」

 フェレスはずーっと横でつきっきりで、興味津々覗いていた。猫型騎獣だがお風呂は大好きで、広い岩のお風呂を見て尻尾を揺らしている。

 開放感もある露天風呂は、彼も気に入ったようだった。



 そうして朝から作業をしていたが、そろそろ朝ご飯の時間だと思い、小屋に戻って子供たちを起こした。

 クロはしゃっきり目が覚めたようだが、ブランカとロトスはぼんやりしている。

「ぎゃ……」

「きゃん~」

 二頭とも、もう朝なの? 起きるの? とまだ眠そうな様子で前足で顔を洗っている。大きさは違うが、まだ幼獣だから仕草が可愛い。

「ほら、朝ご飯の時間だよ。早く起きて。今日は一日、遊ぶよ」

「ぎゃぅ!」

「きゃん~」

 ブランカは遊ぶと聞いて起き上がったが、ロトスは精神が二十歳だからか釣られなかったようだ。残念。

 だがしかし、シウが面倒を見ている以上、怠惰は許さないのだった。

「ほーら、起きて!」

 寝床のふかふか毛布を引き剥がすと、ロトスはころんと転がって、ブランカに頭をぶつけていた。

(ひでぇよー)

「でももう朝だからね。さ、起きて」

 はーい、と返事をして、ブランカと同じように伸びをしてから周囲をようやく見回した。景色が違うことにここで気付いたようだ。

 ブランカは幼い頃から転移に慣れ親しんでいるので場所が違っても慌てることはないが、ロトスはさすがにびっくりしていた。

(え、なに、ここどこ?)

「夜のうちに移動したんだよ。湖畔に小屋を作って、そこで過ごしているんだ。遊べるし訓練にも向いていて、誰の目もないからちょうど良いんだよ。さ、まずはご飯を食べよう」

(ご飯! そうだ、ご飯だ。お腹が空いてるんだ!)

 出会った頃はお腹が空きすぎて減っているという感覚さえなかったようだが、今では健康的で、朝起きるとお腹が空いたと分かるらしい。

 ブランカと一緒にトイレを済ませると、とっとと良い匂いのする場所、居間へと走っていった。


 居間では定位置にフェレスがお座りして待っており、その横にクロがスタンバイ状態だった。彼等用に小さなテーブルを用意しているのだが、お皿がもうセットされている。

 クロは他の子と違って大きくはならないから、専用の椅子もある。

 ブランカにはもう椅子は必要なくて、フェレスと共に床にきちんとお座りして尻尾を振った。

 ロトスはまだまだ小さいので椅子が必要だ。そこに、よいしょと年寄りじみた掛け声で登ると、一本にしか見えない尻尾を振って朝ご飯を待っている。こういうところを見ると、中身が元人間だとは想像できない。獣と人間、どちらの気持ちも理解できているというところが不思議なものだった。

「はい、お待たせ。フェレスからね」

 お皿の上に作ったものを載せていくが、一応、待てをさせている。こうしたことを覚えておくと、店の中や城へ連れて行くこともできる。マナーを覚えておくというのは大事なことなのだ。

 フェレスもクロも慣れたもので、ちゃんとお座りできているが、ブランカは前のめりになっていた。

 さすがに元人間のロトスはちゃんと待っている。

「まだだよ、ブランカ。涎落ちてるからね?」

「ぎゃぅ」

 べろんと涎を舐めたものの、顔も視線も目の前の皿に釘付けだった。可愛くて面白いのだが、あまり待たせるのも可哀想だから、食べていいよと合図した。

 フェレスは早食いではあるが美味しそうに食べてくれるし、クロも静かにマイペースで食べるのだが、ブランカは誰かに取られるとでも思うのか必死なほどの早食いだ。

 そしてロトスも、しっかり待てはできていたはずなのに、ものすごい早さで食べる。飢餓状態が長かったせいで、食べ物があるうちに詰め込むという習性が身についているのだ。

 この二頭が競争するかのように食べるので、テーブルどころか周辺も食べかすが飛び散ってひどいものだった。

「うーん。ロトスもなあ、昼や夜は落ち着いてるのに、朝は我慢できないんだねえ」

(だって! うまっ、んま! 癖で!)

「はいはい。分かったから、喋らなくていいから」

 ブランカはすでにお皿を舐め回すところまで行っており、毎回のことだが一番早い。角牛乳も飲み終わっているが、辺り一面に零している。それを舐めようとして、シウの視線に気付いたのかハッとしてから、伺うように上目遣いになった。

「ダメだよ。よほどのことがない限りは、零れたものは飲まないこと」

「ぎゃぅ……」

「ちゃんと落ち着いて飲んだら、いっぱい飲めたのに」

「ぎゃぅん」

 怒られたことは分かっていて、しょぼんと落ち込んでしまった。毎朝これなのに、毎回やらかしている。チラッとクロの牛乳入れを見るが、当然ダメだ。

「クロのは、クロの分だよ。それに、クロは体が小さいから、これだけの量なんだ。ブランカが飲んじゃったらクロの分なんて、あっという間になくなっちゃうね? クロのを取っちゃうの?」

「ぎゃぅ」

 とらないもん、と返事が来たのでシウは笑った。

「よし。じゃあ、今日だけおまけね。今日は特に零したからねー」

 少しだけ追加で入れてあげると、ブランカはシウの顔を何度も見てから、そろーっとゆっくり飲んだ。そこまでしなくてもというほど慎重に飲んだのは、今度はないと思っているからなのか、零したら勿体無いことにようやく気付いたからなのか。

 その彼女の横で、ロトスが自分の零した食べ物を眺めながら、(三秒ルールは通用しないのか)と呟いていた。

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