008 今後の予定の話し合い
ロトスはまだ生まれてから数か月ほどの幼獣だが、成長は早かったらしく、食べるものは固形物で大丈夫となった。
ブランカも完全に固形物へ切り替わっていたので(こちらは月齢の割には離乳食を好んで食べていた)、全員同じものを食べることにした。
とはいえ、ロトスには栄養が足りない。彼には特に栄養価のあるものを多めに食べさせた。
別に用意するとブランカが食べたがるので、角牛乳に混ぜてみたりと工夫する。
そんな中、ロトスが喜んだのは日本食だ。
(米がある!! すげえ、味噌汁だ! ていうか、ザ・日本って感じのモーニングだな!)
「それを日本語じゃなくてロワイエ語で」
「きゃ、ん、きゃん、きゃんきゃん?」
こめ、ある、みそ、あるであってる? と非常に拙い言葉で伝えてきた。
「意味は、通じるね」
(厳しいぜ、シウは)
「【鬼軍曹】だからね」
ロトスがたまに、鬼だ軍曹だ、だったら鬼軍曹だー、と訳の分からないことを言って騒いでいたので、使ってみた。
大いに受けたようだ。
きゃっきゃと尻尾を振り回しながら、ねこまんま状態になったご飯とみそ汁をがつがつ食べていた。
火の日も過ぎ、水、木と進んで金の日になった。
そろそろ今後の予定を考えるべきだと、話し合うことにした。
「来週から、学校が始まるんだ。下宿しているから、一緒に連れて行くと確実にバレるんだけど、まだ人化は無理だよね?」
(うっ。うう、そうなんだよなぁ……)
きゅうんと、落ち込んで、ロトスは前足に顎を載せてべったりと床に伏せた。
「案としては、もうちょっと学校を休んで様子を見るか、あるいは君を誰か安心できる相手に託すか――」
(それやだ! 知らないやつのところへやるのは止めてくれー)
トラウマらしく、この世界で出会った同郷のシウには信頼を寄せているが、他の人間はまだ怖いようだった。
やっぱりまだ無理か、とシウは頷いた。
「あとは、僕が学校へ行っている間、部屋の中でひっそり待っているか、だね」
(え、そんなのでいいの?)
「そんなのって言うけどさ。案外暇だよ? 君、本を読むの苦手みたいだし、飽き性だよね?」
チラッと彼の横に投げ捨てられた勉強道具を見た。フェレス用に集めていた絵本なども散乱している。
ロトスもそれを見てばつの悪そうな――表情ではないのだが――態度にありありと出ていた。
(だって、俺、勉強嫌いなんだもん)
「大学生だったんだよね?」
(Fランだったんだぜ? 誰でも入れるって。……でもそんなとこでもさ、親父がせめて大学だけは行っとけって言うからさー。そりゃ、このご時世、奨学金もなしに親が全部出してくれるなんて有り難い話、受けるべきだと思って入ったけど)
ロトスはシウが何か言う前に、はぁっと大きな溜息を吐いて、分かりやすく落ち込んだ。
(親からしたら、俺って最低だよな。お金かけて大学行かせてやったのに、バカ息子はスマホに夢中でトラックに巻き込まれて死にましたー、なんてさ)
きゅうんと鳴くロトスに、シウはしゃがんで頭を撫でてあげた。
「……ご両親はきっと悲しんだだろうね。君がそんな風に思ってるって知ったらもっと悲しむんじゃないのかな。大学まで行かせてくれるような親御さんなんだから、きっと良い方たちだったろうし」
「きゅん……」
「こんな言い方したらダメだけどさ、幸いこっちには【スマホ】はないわけだし。代わりに、魔法があるんだから頑張って勉強して夢中になったら?」
(だよなあ……)
「そのためにも、最低限のことは勉強しないとさ。いつかどこかでご両親に、今の自分はちゃんとやれてるってところ、見せる機会があったら良いよね?」
(……そんな日、来るかな?)
「あの神様なら、伝言ぐらいはやってくれそうだけどね」
(そうかなあ?)
半分笑いながら、ロトスは顔を上げた。
(よし! 俺、ちゃんと言いつけ守って部屋の中で勉強してるわ。人化が完璧になった時のことも考えて、もっと滑らかにロワイエ語が喋れるように脳内シミュレーションもやる!)
「うん」
孔雀の羽のように尻尾が半円形に広がったので、どうやらかなりやる気になったようだ。
とはいえ、まだまだ子供のロトスだ。飽きるであろうことはブランカを見ていてもよく分かる。いや、ブランカと同列に語ったら彼には悪いかもしれない。
「とりあえず、誰かに見付からないように結界は張っておくから。閉じ込めちゃう形になるけど、我慢してね。その代わり、欲しいものがあったら用意するから」
(やった!)
くるくるっと自分の尻尾を追いかけるような格好で走り出したので、シウは苦笑した。彼はかなり、獣の本性に引きずられているようだ。
とにかく、これで予定を立てられる。
シウは今後の事を思案しながら、まずは根回しをしようと、厄介ごとが好きであろう相手に通信を入れた。
「(シウだけど。今、大丈夫?)」
「(おー、久しぶりだな! 年末は忙しいって切られるしよー)」
嫌味を言われてしまった。通信の相手、キリクは良い大人なのだが、こうした子供っぽいところがある。シウは苦笑いで、通信を続けた。
「(だって、王城への挨拶に一緒に行こうって言われても。ブラード家のご当主もいるのに、僕が行く意味ないよね?)」
「(これだ。冷たいやつめ)」
言葉ほどには思っておらず、声には笑いが含まれていた。
「(ところで、緊急の用件か? お前から通信なんて、滅多にないことだからな)」
「(うん。大事な案件。今、どこかな?)」
「(王都だ。そろそろ領地へ戻らなきゃとは思っていたが、ほれ、年始のパーティーで大々的にアマリア嬢を紹介したからな)」
貴族のお付き合いが増えたそうだ。うんざりした様子が伝わってきた。
シウは苦笑しながらも、気持ち、声を潜めた。もちろん気分の問題だ。
「(お疲れ様です。で、まだ王都にいるなら良かった。ものすごく重要な案件が入ったので、少し時間が欲しいんだ。このまま通信で話しても大丈夫だとは思うんだけど――)」
キリクには《盗聴防止用通信》の上位通信魔道具と、《超高性能通信》という最上位の通信魔道具を贈っていたのだが、何故か使っているのは上位の方だった。
シウ自身は通信魔法を使っているのだが、受け取り手の魔道具によってシグナルが違うので分かる。
「(会って話したいんだよね)」
「(……最重要案件じゃねえかよ)」
盗聴防止と謳って贈った魔道具を通さないほどの慎重さに、キリクは気付いたようだ。
「(うん。今から行っても良い?)」
「(すぐ来い)」
このあたりが、キリクらしいのだ。さすがにオスカリウス辺境伯領という、厄介な領を治めているだけある。
「(じゃあ、三十分ぐらいで到着するから)」
「(ああ。気を付けろよ)」
一大事だと思っているらしく、注意までしてくれたキリクに内心で申し訳なさから頭を下げ、通信を切った。
振り返ると、興味津々の顔でロトスがシウを見上げていた。
「というわけで、この国の有力貴族と会ってくる。移動方法については聞かないで。知らなければ漏らしようがないからね」
(分かった。なんかすごい魔法があるんだろーな!)
わくわくとした顔、いや体全体から伝わってくる雰囲気で、彼の心のうちが見える。
これは早々に、転移について何か魔道具なりを作っておくべきだなと思った。
「フェレスたちは置いていくから、勉強に飽きたら遊んであげて」
「きゃん」
ほーい、と軽い返事で請け負い、ロトスは絵本を集めて勉強を再開した。
フェレスたちにもなるべくロトスの邪魔をしないよう言い含め、くれぐれもブランカが余計な事をしないようにと頼んだ。
それから家を出て、結界が張られていることを確認してから、転移した。
まずはスタン爺さんの家だ。
金の日だったので、エミナはまだ仕事をしており、スタン爺さんもお腹の大きい孫娘のために表へ出ているようだった。
なので店を通って彼等に挨拶してから、徒歩で貴族街へ向かった。
予告時間通り、通信から三十分後に屋敷へ到着し、門番によって中へ通される。
玄関には家令のリベルトが待っており、久しぶりの再会を喜んでくれた。
「夏以来でしょうか。大きくなられましたね」
「え、ほんと?」
「ええ、ええ。子供というものは、育つのが早いものでございます」
目を細めて褒めるように言ってくれたのだが、残念ながら当主自らが否定してきた。
「あ? 気のせいだろ、リベルト。こいつ、全然伸びてないぞ」
「キリク様……」
呆れたような顔でリベルトがキリクを見たけれど、その目には「当主自ら表玄関に出てくるな」というのも含まれていたようだ。もちろん、大人げない発言に対してのものもあったようだが。
「お可哀想なことを仰るものではありません。ささ、シウ殿、中へお入りください」
リベルトに案内されて、途中からはキリク本人に連れられて、彼の執務室へと向かった。
そこには補佐官のイェルド、第一秘書官のシリルがスタンバイしていた。
シウの通信を知って、急遽集めてくれたようだった。忙しい二人が同時に存在しているのは非常に珍しいことだから、申し訳ない気持ち半分、心強くて感謝した。
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