音無奏の声③

 なす術も無く、僕はある場所に連れて来られた。


 コンクリートで囲まれた、地下室のような一室。


 手足以外の拘束は外され、座らされる。



「『あの方』が来るまで、ちゃんと見張っとけよ」


「うっす!」



 二人組の内一人が出て行く。


 ……今なら——



「っと、言い忘れてたけどあんた、今魔法使えないっすよ」


「……!?」


「別に試してみたら良いんじゃないっすか。ウチらそこまで愚かじゃないっす」



 ……それが本当なら——もう僕は確実に逃げられない。



「あの方が来られるまで、あんたの行動は全て縛らせて貰うっす」


「……っ」


「まあまあそんな怖い顔しないで下さいっす、静かにしてれば大丈夫っすから」



 分からない。『あの方』とかいう人物も、僕をこうする理由も。


 ……あえて上げるとするなら――僕の、この『魔法』だろう。



「……じゃ、そういう訳っすから。多分明日の夜まではこの建物であたしと二人っきりっすね。宜しくっす。」


「……」


「まあ邪な考えは捨てて、黙って静かにっすよ。あんたは絶対にここから逃げられない。痛い目に遭いたくなければってやつっす」



 そう言って、部屋から出る彼女。


 一人。


 コンクリートの臭い。孤独感。襲い掛かる未来の不安。



「……なんで、僕が……」



 その全てが嫌で、僕の頬に涙が流れる。


 泣いても叫んでも何も変わらない。でも……体が勝手に。


 時間も場所も分からない状況の中――僕は、一人になってしまった。



 

――――――――


――――――


――――



 今は何時何分だろう。


 どれぐらい経ったかも分からない。


 こんな場所じゃ、時間感覚も無くなっていく。

 一分一秒が長く感じる。

 ただでさえ弱い僕の精神が、どんどん細くなっていく。



 明日。


 僕は、一体何をされるのだろう。



「……もう、嫌だ……」


 泣き言が自然と出る。

 明日の夜——それまでの時間がとてつもなく苦しい。


 不安で眠れない。まるで地獄だ。




「……誰、か……」


 助けて、そう言いかけて止める。

 これまでずっと――親も兄弟もその他の人達も。


 僕を助けてくれた事なんて――




『全くの他人だ。隣の席ってだけのな』



 頭の中。


『リピート』は出来ない。

 でもまるで、本当に聞こえているかの様にそれが頭の中に木霊した。


 始めて僕を助けてくれた、『その人』を思い浮かべる。



「……碧、君……」


 呟く。


 僕の心が暖かくなる。

 ずっと、痩せ細り続けていく僕の精神が、少しだけ回復した。



「碧、君……」



 その名を呟く。


 『碧優生』。

 

 僕を守ってくれた人だ。



「……碧、君。助けて——」



 それは、コンクリートの壁で反響する。

 自然とその言葉が口から出ていた。

 

 返ってきた自分の『声』に驚く。

 ずっと小さかった僕の声――こんなに大きく発したのは初めてだった。


 僕は、また口を開けた。




―――――――――――





「助けて」


「助けて」


「助けて」



 その言葉を、どれだけ続けただろうか。


 飽きる事なくひたすらに。


「……助けて、碧君」



 僕はずっと言い続けていた。

 一時間、二時間、三時間。

 もしかしたら、それ以上かもしれない。


 こんなコンクリートの部屋。聞こえているのは僕だけだ。


 でもこうして続けていれば、いつか――そう思えるまでになるほど、僕の精神は安定している。




「――ちょっと、あんた」



 突如、僕の目の前に現れた仮面の女の人。


 何をされるか分からない恐怖で腕が強張る。



「『あたま』……大丈夫っすか?」


 僕に向かって、自身の頭を指で刺して僕に言う。


 予想できないその言葉で、僕は何も言えなかった。



「さっきからさあ、助けて助けて……うざいんっすよ、そういうの」


「何時間もずっと、飽きないんすか?」


「最初に言ったっすよね、『助け』は絶対に来ない」



 青筋を立てて、僕に捲し立てる彼女。


 よっぽど僕の事が苛ついているらしい。

 仮面の先の目からも、それが伺えた。



「あんたの声は——もう何者にも届かないっす」



 キッパリと、僕のすぐ眼前に迫りにそう言う。


『届かない』。


 僕の声は、誰にも届かない、か。



「……」



 思い返せば、僕は誰かに話かけた事が無いに等しい。


 僕なんかの声を——皆が聞いてくれるか怖かったんだ。


 こんなに小さくて弱々しい声。

 だから、ずっと僕の『魔法』に頼ってきた。

 それなら絶対に伝わるから。


 だから……

 僕の弱い所を隠してくれるそれに甘えて、次第に声を出さなくなった。



 でも。



「何か言ったらどうっすか?もう『あの方』が来るまで半日を切ったっす」


「…………助けて」


「は?」




 僕は、君と会えて——『声』を出したくなった。

 答えなかったのは話したくなかったわけじゃない。その勇気が無かったんだ。


 僕が、僕自身の声で——君と、話したいと思った。


 君は、こんな僕に、ずっと話をしようとしてくれたんだから。



「『碧君、助けて』!!」




 『叫ぶ』。


 僕の声が、狭い部屋に響く。

 

 初めて出す大声だった。




「あー!うっざいなあ!!…………『手は出すな』とか何とか言われたっすけど――もう限界」



 彼女が、懐からナイフの様な物を取り出す。


 ギラっと光ったそれを僕に向ける。



「次、苛つく言葉を言えば刺す。いいっすね?」



 血走った目。


 怖い。


 ……でも。



「――本、当に……来て、くれたんだ」



バタン、と『開く』音と共に、その影は姿を現していて。



「……え?――はあ!?何でここが――」



 扉の前。

 見えたのは、その顔。


 涙が、頬に落ちていく。

 ずっと待ち焦がれたその人の事。

 


 『助けて』——そう言っていた僕は、無駄じゃなかったんだ。





「お前の『声』は——ちゃんと聞こえてたからさ、音無」



『碧優生』。



 僕の隣の転校生だ。

 初めは拒絶して、怖かったけれど――今はもう真反対だ。


 彼を見るだけで、心の底から暖かくなる。

 これまでの恐怖が芯から溶けていく。


 僕はもう――大丈夫なんだと、そう思わせてくれる。




「今、助けてやるよ」

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