音無奏編②

四限目が終わる。


さっきまでの二限三限の休み時間、優生君は席を立っていた。


おかげで静かだ。

……何故か、僕は少しだけ寂しいと思ってしまった。


分からない。

ヘッドホンから流れる音以外は、雑音のはずなのに。


「やっと昼休憩か……」


酷く疲れた様子で、上の空の表情で呟く碧君。





「なあ」



また、不意に声を掛けられる。


今回は――確実に、僕に向けて。

鼓動が早くなる。他人の声なんてずっと嫌なはずなのに、悪い音じゃない。



「俺と、友達になってくれないか?」



次に聞こえた言葉。

僕は、一瞬理解が出来なかった。


『友達』?僕に言ったんだよね?

どうしてそんな事言うの?


何故。



ずっと一人。魔法だけが特別で、それ以外何もない自分。

何も喋らない……いや、喋れない、気味の悪い自分。



どうして、そんな僕にそんな事を。


分からない。


分からない分からない。


……でも。


『「俺と、友達になってくれないか?」』


リピート。


僕はその言葉を、昔からずっと望んでいたような──


そうだ。


答えないと。

魔法じゃない僕の言葉で。


口を開けて、舌を動かして──


「……ぁ」


「……はは、嫌か。ごめんな」



その声は、出なかった。



「よっと」



遠ざかっていく碧君。


虚無感。


自分が嫌になる。

こんな機会、もう来ないかもしれない。


ずっと人と話すのを拒んだ、自分のせいだ。


音魔法の使い手がーー自分の声も出せないなんて。



「おい」



耳に掛かる、『雑音』。


敵意が篭った声だ。

僕が嫌いな音。


碧君に絡んでいたクラスメイト達だった。



「なあ、お前アイツに手貸したろ?」


「聞いてんのか?」



いつもはこんな声、ヘッドホンの音楽で掻き消すのに。

無性に──腹が立ってしまった。


僕はそっと、ヘッドホンに手をやる。



「――ぐあああ!」


「やめ――っ!」


「っ――」



音魔法……ノイズギフト。


狙った対象の耳だけに不快音を与える。

これだけ至近距離、二人程度ならすぐに無詠唱で使えるものだ。


とにかく──僕は苛ついていた。

雑音を、消したかった。



「やりやがったな、てめ──」


また、懲りずに来る雑音。

もう一度、同じ事をするだけ──



「なあ」



また、不意に碧君の声。

さっきの事もあって──また鼓動が早くなる。




「この子と俺とは、何もねえよ」



……え?

何もって──



「全くの他人だ。隣の席ってだけのな」



……


『他人』。

その言葉が、心に突き刺さる。


「『全くの他人だ。隣の席ってだけのな』」


リピート。その度に心が傷付いている気がした。


早まった鼓動が、嘘のように遅くなる。

まるで時間が止まったかのように。



僕は、頭が真っ白になった。


―――――――――


―――――――



それからは、あまり覚えていない。


『他人』という言葉を聞いてから、頭が真っ白になってしまった。


「ぐっ――!」


そしてその空白は、碧君の悲鳴で裂かれる。

『耳』を抑えて苦しむ碧君。


ハッとする。

リピートしなくても分かる――無意識の内に、僕は碧君に攻撃してしまったんだ。

『他人』という一つの言葉だけに反応して。



胸の中に罪悪感がいっぱいになる。

また、やってしまった。

それも――碧君に。


――――――――――――


「決闘?」


「嫌なのか?だとしてもお前は受けるしかないけどな」



「分かったよ、決闘でも何だって受けてやる」


「おいおいマジで受けたぞコイツ!」


「馬鹿じゃねーの!?」



「今日の放課後、残っとけ――決闘は今日行う……お前ら、任せたぞ」


――――――――――――



僕が頭が真っ白になっている間の音を、リピートした。


『決闘』。確かにそう言っている。


碧君が――決闘?

何で、どうして?どういう流れで……



まさか。




震える手でヘッドホンに触れ――巻き戻し、再生し直す。


もっと前の音を。




―――――――――――



「だから──俺がどうこうで、この子に突っかかるのはやめろ」



「ハハ、お前ヒーロー気取りかよ」


「俺達はもうソイツに『攻撃』されたんだ」


「お前は関係ねえ」




「俺から頼む、さっきのは無かった事にしてくれ。元はと言えば俺が悪いんだ」



―――――――――――



プツンと、再生を切る。


……僕の、せいだった。

碧君は――あの二人から、僕を遠ざける為に言ったんだ。


僕を庇って、自分だけに敵意を向けるようにした。



分からない。


どうして――そんな事を。



どうして――そんな、僕に、優しいんだよ……




「はあ、はあ……何だってんだ……」



碧君はそう嘆きながら、教室を出る。


僕の仕業だとは全く気づいていない様子だった。


……謝らないと。


ノイズギフトを、碧君に発動してしまった事。

僕のせいで決闘を受ける事になってしまった事。

……色々と、聞こえていたはずなのに無視してしまった事。



心の中で思っているだけじゃ、ダメなんだ。



―――――――――――


――――――――


――――――




『キーンコーン――』


チャイムが鳴る。


これは、六限の終わりを知らせるチャイムだった。



僕は、机に突っ伏す。



「無理、だよ……」


心の声が、自然と口から流れる。



チャンスは一杯あった。


碧君は、僕の隣でずっと座っていて、特に誰と話している様子も無かったのに。


声を掛けようと思えば、いつでも掛けられたはずなのに。




「――待たせたな」



碧君に、声が掛かる。


あの時の二人だ。

決闘は今日の放課後に行われるらしいから、その為に来たのだろう。




「……俺、早く帰りたいんだけど」


「心配するな、すぐに終わらせてやる」



「……へえ、そっか。なら早く終わらせろ」


「てめえ、覚悟しとけよ――っ!来い!」




挑発するような碧君。

そして、それに触発された二人組は、怒って碧君を決闘場へ連れ出していく。




……終わって、しまった。


僕がここであの二人を攻撃して――いいや、駄目だ。


それだときっと、碧君がまた僕を庇って、もっと酷い目にあってしまうかもしれない。




――「知ってる?転校生、あの『碧優』さんの息子なんだって」ーー


ーー「でも魔法使えないんでしょ?勝ち目あるの?」


「さあ、まあでもあれだけ堂々としてるんだし……何かあるんじゃない」



聞こえる声。


『碧優』。僕でも知っている、有名人だ。

日本で優秀な五人の魔法使いの内の一人に入った、凄い人。


そんな人の息子、でも魔法は使えない──そんな変わった人物が、碧君なんだ。



「今から見に行かない?」


「良いね〜転校生が一方的にやられてたりして」


「あの余裕っぷりが逆に胡散くせえんだよな」



碧君が行ってしまってから、好き放題言うクラスメイト。

その光景に何故か──まるで自分の様に腹が立った。


碧君は僕を庇ってくれた。

あの時の相手が誰であろうとも、きっとそれは変わらない。


魔法がどうとかじゃなくて──彼はこのクラスメイトの誰よりも強いんだから。



―――――――――――


―――――――――


―――――――


「……大丈夫かな」


朝。起きてまず出た言葉がそれだった。


真っ直ぐ家に帰って、ご飯を食べて寝て、起きて。

絶対に碧君が勝つ……昨日はそう確信したから帰ったけれど。


いざ日を跨ぐと不安になる。

もしかしたら……そんな考えも起こってきた。



「……学校、行かなきゃ」


何にせよ奪首行ってみなきゃ分からない。

もし、碧君が負けちゃったりしていたら……今度こそ、絶対に謝るんだ。


——————————————




校門。そして校舎。

いつもと変わらない光景の中、『紙』を持って生徒達が話している。


「はいはい号外号外!」


「……っ」



僕の手にも、その紙が強引に渡された。



『転校生VS生徒31名、勝者なんと転校生!!』



「……これ……」


そっか。勝ったんだ。それも——僕の想像していた以上の相手に。

学年11位の煉さん、それに三十名の生徒に。


やっぱり——碧君は強いんだ。


……そっか。


「……!」


ふと笑った表情になっている自分に気付き、マフラーで口を隠す。

あの時——彼に対するクラスメイトの言葉に酷く苛ついた時の様に。


僕は碧君が勝った事が、凄く嬉しいんだ。



『ありがとう、碧君』



決して口では言えない言葉。


僕はそれを、心の中で彼に呟いた。

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