第5話 戦う覚悟

フワフワと、浮いていた。暗い空間でずっと一人で…


『お前には、覚悟はあるのか?』


ふと、その空間に響き渡った、不確かな声の主


「覚悟って…なんの?」


そう聞いてみると、その場所に少しづつ蛍のような淡い光が、ポツリ、ポツリと現れては消えていく現象が起こった。


『世界に抗う、反抗する覚悟だ』


その言葉を聞いただけでわかった。その声が言っているのは、マジックマペット達の事で、イアンは常日頃から彼女らを傷つける世界から守りたいと思っていた。


彼女たちを排除しようとする、この“世界”から守りたい


その気持ちは今でも変わらない。それどころか日を増すごとに強くなる一方だ。

だからイアンは迷いない目でコクリと頷く。


「俺は、守りたいんだ。」


フワリと、二、三個の淡い光が彼へと集まる。


「他と違うからって差別を受けて迫害されるなんて、あんまりだ」


今度は十にも光が集まる


「俺は、彼女らを守りたい」


イアンの瞳はキラリと輝き、宝石のように綺麗で。


「理不尽なこの世界から、守りたいんだ」

『わかった。ならば己が運命、宿命を果たすがいい』


声の主はそう言った直後に強い光の風になってイアンの傍を過ぎ去っていく。過ぎ去る前に、イアンの耳元でこう呟いた。


『…後戻りはできないぞ』

「え?」

『お前は、避けることが出来る己の過酷な宿命を、真っ向から受けて立つと言ったのだ』


風が、声がどんどんと遠ざかって行く。


『もう、お前も隠れて静かに暮らすことは…できない』

「それって、どういう…?」

『お前は、“戦い続ける道”を選んでしまった』


だんだん遠くなる声が、懐かしく感じた


『“覚醒”する時は必ず訪れる。それまで…サラバだ』


その声の消失と共に、その場に漂っているだけだった蛍のような光が、次々と力を失ったかのように下へと落ちていく。

そして、無重力だったその場が一変する。


急に下に強く引っ張られる感覚。抗う隙もなく、イアンも光と一緒に落ちていく。そして地面に叩き疲れて、痛がりながら頭を起こせば、そこは知らない原っぱ。自分の傍には何かの白い遺跡。


天使の像や人間の像。そして


「彼女たちは…マペット達?」


なにか剣のようなものを持った男性の後をついていく女性たち。その女性たちの中に、とてもよく知る一人が…


「え…セ、レネ…?」


セレネによく似た長身の美しい女性が、勇ましく彼の横に立ち、同じく後ろについている女性たちを先導している。


「なんでセレネによく似た像が…? それに、ここは何処で…なんなんだ?」


そう呟いた瞬間、その景色から一変して、足元が崩れるような感覚。また下へと落ちていく。その間、真っ暗異空間に映し出されていくのは…記憶だ。

誰の記憶なのだろう? とイアンは思った。自分はこんなの知らない。こんな事実。次々目の前で繰り広げられては消えていく記憶が、イアンには多すぎて重すぎて。涙が出てきてしまって。


『すまぬ』


そう声が聞こえてきて。その声はさきほど消えていった声で


『お前だけでも、静かに生きててほしいと願った』


光の風が形を作っていく


『だが、我の願いとお前の願いは違う。当たり前だが…』


そっと、人の女性の綺麗な手が作り出されて、イアンの頬にそっと優しく触れた


『お前は、強い子。よい子。』


ニコリと、微笑まれたのがわかった


『どうか…お願いだから…』


声がかすれてしまって聞こえない


「え? なんて?」

『…もう干渉できない…お前の“力”が戻るときにで…また…う』

「え? き、聞こえないよ…」


フッと、全てが消えて。その空間はまた真っ暗になって。すると今度はドス暗く禍々しい声が聞こえた


『みーぃつーけーた♪』

「?!?!」


パチリと勢いよく目を覚ましたイアン。目の前には心配そうに見つめてくるセレネ。彼女は今まだ荒い息を吐き、冷汗をかいているイアンが心配でしかたがない。

そっと、自分の小さな手をイアンの頬へと持っていく。するとその温もりにハッと気が付いて、目の焦点のあってなかったイアンが彼女へと視線を絡ませた。


「セレネ…?」

「イアン…大丈夫か? 酷く魘されていたが…」

「うん…変な夢見ちゃって…今はもう平気…」


そっと、セレネの手に、弱々しく自分の手を重ねた


「セレネが…居てくれるから」

「…そうか」


心配そうなセレネの顔は、薄暗い部屋で隠れてしまってイアンに悟られることはなかった。彼女は聞いていたのだ。


「お前が眠るまで、ここに居よう」

「…でも……」

「いいから。安心して眠れ」

「そう…ありがとうセレネ」


ギュッと握った手はそのままに、セレネはジッとイアンの寝顔を見つめて、そしてズルズルと床に崩れるように座り込んだ。


「…戦わずとも、私は幸せだと言うに…なぜお前は…私たちのために…」


世界の誰からも憎まれ嫌われ謙遜され迫害され続けられた。もう光も温もりも、自分たちには注がれないのだと、諦めていた。

だから嬉しかった。世界の“真実”を聴いても、周りに何を言われようとも、自分たちの味方になってくれた。居場所を与えてくれて、ここに居てもいいよ。生きていてもいいよと声をかけてくれた。


生きる場所をくれたんだ。それだけでよかった。


「それだけで幸せだった。なのに、なぜお前は…“戦う覚悟”を決めたんだ? イアン…」


小さな問いかけは、夜の静寂に飲まれてしまった。

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マジックマペット ネムのろ @nemunoro

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