合せ鏡 其ノ八

 

 あれから数週間後の晩のこと。烏頭目宮うずめのみや城城主こと戸田とだ忠真ただざねは、城内の縁側に腰を下ろし空を眺めていた。

 黒い鏡が消え去った後、夜空は毎晩のようにおびただしい数の流星が現れた。今は大分数も減ってはいるが、時折大きな光の線が夜空を滑る光景が拝める。


「星流るるは凶兆というが、こうも盛大にされてはな。咲いた梅と相まって、いっそおもむきすら感じる」


 隣に腰掛けていた坊主にそう言うと苦笑いを浮かべる。

 坊主は典甚てんじんだった。

 

「お疲れですかな、最近は特に多忙の御様子」

「ようやく一段落と言ったところだ。真に忙しきはこれからよ」

「お察し申し上げまする」


 黒い鏡去りし葦鹿の里、死傷者の把握や救助、壊された町の復旧に追われる。これらは近隣の藩主、有力者たちの協力によってすみやかに行われた。


 しかし無視できないのが葦鹿藩藩主の処遇であった。未然に事変を防ぐことが出来なかったというよりは、災いを呼び寄せた張本人「芳賀佳枝」と関りを持っていた事が問題視された。本人亡き後、此度こたびの責任は全て葦鹿藩藩主へ向けられた。


 責任追及のため江戸から召喚を命ぜられる葦鹿藩藩主。だがこれに待ったをかけたのも忠真であった。

 詳しく調べ上げ、何度も江戸へ使者を送った挙句、自らまた江戸に参って事の顛末てんまつを説明したのである。葦鹿藩に謀反むほんの意志は全く無かった事、芳賀家と協力関係にあった訳ではなかったこと。ケノ国に尽力し被害を最小限に食い留め、葦鹿の町復興のために全力を尽くした事などを吉宗の前で事細かく説明した。

 説明が終わり異を唱える者は一人もいなかった。葦鹿藩藩主と忠真は分家の間柄にあったが、忠真が身内を庇うような者でないことを誰もが知っていたからだ。


 事変に関与していなかったとはいえ、藩主としての責任が全く無い訳でもない。

 今回は御取り潰しや死罪などではなく、謹慎か移封が妥当な処遇であるとも付け加えると、将軍の吉宗からは


「下野の事変は戸田が決めよ」


という言葉が返って来た。急いで葦鹿藩へと使者を送り、自分もトンボ返りで帰って来たという訳だ。


 後に葦鹿藩藩主は定番じょうばん(武士の役職 見張りや城の留守居役など)という表向きで大坂(現在の大阪)へ赴くこととなる。


「葦鹿藩は今後も皆で支えて行かねばな。ところで典甚、志乃の行方はどうだ?」

「南部を中心に探しましたが手掛かり無く、これから北へ向かおうかと。ひょっこり八潮へ帰って来てるかも知れませんしな」

「左様か」


 志乃の行方、それは忠真も手を尽くして探したが見つからなかったのだ。


「ではこれにて失礼つかまる。お身体に気を付け御自愛をなされますよう」

「ははは、死ぬに死ねぬのがこの儂だ」


 冗談を言いつつ典甚の後姿を見送ると、今度はカムイを呼んだ。


「殿、今の者は?」

「典甚だ。旧知の仲という訳ではないが先代城主からの馴染みでな。そう言えばお前には会わせていなかったか」


(む、そうであったか。不覚)


 八潮の里の高ヶ原たかがはらで、典甚に対し威圧的に接してしまったカムイ。知らなかったとはいえ少々やり過ぎたと反省する。


「時にカムイよ。あさぎ殿の、例の件はどうなっておる?」

「烏頭目宮から南部は完了し、今後妖共が事変を起こすことはないとのこと。これから北部へ当り、今月中には全て終わるとのことです」


 あさぎは忠真との約束を守り、ケノ国から妖怪を連れ去ろうとしていた。


 だが問題もあった。


「流石、と言うべきなのか。だが『神隠し』はどう考えておられるのか」


 妖怪は消えた。しかし同時に人間の消息も消えるという弊害へいがいが起こっていたのだ。消えたのは妖怪に近い人間なのか、消えた妖怪が連れ去ったのかはわからない。

 何しろ消えた人間のその殆どが、身寄りの無い者たちばかりだったからだ。


「戻る意思のある者だけ記憶を消し戻しているとの事。各地の役人へはうまく対応し、時期を見て切り上げろとお触れを出しております」


「不本意ではあるが仕方あるまいな」


 例え身寄りが無くともケノ国の民であることに違いない。流石の忠真も、あさぎに盾突ける筈もなく、歯がゆさが残るのだった。


「それと志乃の行方をこちらでも捜しましたがやはり……。同じく志乃の母である『ちゆり』なる者を捜しましたが、居たという痕跡すら見つかりませんでした。ケノ国の外で似た名の女を見つけましたが、全くの別人だったようです」


「相わかった、下がれ」

「はっ」


 一人残された忠真はじっと天を見上げる。今この星空の下、幼き英雄は何を思い、どうしているのか。忠真はこれから自分のすべき大仕事よりも、母の好きだったこのケノ国を守ると言って消えた少女の方が、ずっと気掛かりに感じた。


(志乃よ……。皆、お前を待っておるのだぞ)


 満天に輝く星空に、再び一筋の光が流れ落ちるのだった。



星ノ巫女  ─合せ鏡の章─   完

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