合せ鏡 其ノ七


「……ぶはっ! おかぁ! トラっ! どこさいんだ!?」


 土に埋まっていたイロハが地上に顔を出す。空から降り注がれた線によって地形が変えられ、葦鹿の町並みは穴だらけの荒野と化していた。

 しかし妙に明るいが、一体これはどうした事だろう。見上げると黒い巨大な化け物が浮いており、そのすぐ横に太陽のように光り輝く姿を見つける。


「あれが黒い鏡!? でもあの光ってるのは?」


『咲いたのよ、大輪の花がね』


 そう言って差し出される女の手。


「あさぎ!? じゃあ、あれは!?」

「ええ、志乃よ」


 埋まっていた体を引き上げられると、もう一度光を放っている姿に目をやる。余りにも眩しくて直視はできないが、それは人の姿をしていることがわかる。


「……オラの知ってる志乃じゃない。だって志乃は…」

「あれが本来の『シノ』らしいわ」

「本来の志乃? それってどういう…?」

「あの化け物が黒ならば、志乃は白……そう、白い鏡と言うべきなのかしら」


「志乃が白い鏡……」


(……志乃…)


 二人は眩く光る空を見上げ、思いを胸に成り行きを見守った。


・・・…


 上空では志乃──白い鏡が黒い化け物をじっと見据え、天津神矛アマツカミノホコを握っていた。

 先程までいた天狗たちは影も形も無い。自分たちに入る隙は無いと考え立ち去ったのだろう。しかし志乃にとってみればどうでも良いことだったのかもしれない。


 顔にはやはり表情が無く、その目は全てが至極当然に存在している物のように、真っ二つとなった黒い鏡をじっと見据えているのだった。


 二つになった黒い鏡は左右に分かれ地上に落下するかに見えた。しかし一瞬にして再びくっつくと、白い鏡に向けられた無数の目玉が黒色線を放った!


ビョン! ビョン! ピョン! ビョン!


 黒色線が奇妙な音を立て消えていく。跳ね返るでも弾かれるでもなく、白い鏡の前までくると、まるで見えない壁に吸い込まれるように消えていく!


「……」


 無力化される攻撃をなおも続ける黒い化け物に対し、白い鏡は静かに、空を払うかのように二回ほど払った。

 すると今度は化け物の巨体に亀裂が入り、高い音を立てながら四つに割れる!

 割れた黒い鏡の体は細かく砕けながら、今度こそバラバラと落ちて行った!


 しかしそれでも白い鏡は動こうとせず、じっと前を見据えている。巨大な球体の中心にあったと思われる場所に何か浮いて残っていたのだ。


 それは人の姿──白き鏡と同じ姿をして、何色にも光り輝く黒い鏡の正体だった。


「……」


「……」


 宙に対峙する黒い鏡と白い鏡。傍から見れば二つは互いに向き合ったまま微動だにしていない。だが実際には黒い鏡が言葉とも精神感応とも違う何かを用い、白い鏡に対して意思疎通を試みているのだった。


「────」

 

 白い鏡に限りなく波長を合わせて伝えられてくる信号。意味を言葉で表すならば、それは「認識」「合意」「従属」「統合化」……つまりは白い鏡の力を認め、同化を求める意思表示なのだった。


「──!」

「……」


 しかし白い鏡はこれらを一切受け付けず天津神矛で黒い鏡を貫いていた。拒否され尚黒い鏡は同胞であるという意思表示を送るも、白い鏡は表情一つ変えはしない。

 やがて全身に描かれた模様を緑色に光らせ、黒い鏡を貫いた矛を掴んだまま天高く飛翔し始める。


 瞬く間に雲の上まで出ると、黒い鏡ごと天に向けて投げつけた!


 どこまでも上り、星の外まで出ると矛は太陽より眩い金色の光を四散し始める。


 金色の光に埋もれ姿が消えていく黒い鏡。


 それでもなお天津神矛は光を止めず、やがて光は幾本もの線となって、それぞれが生き物のように飛んでいく。


 金色の光の線は無数の岩が漂っている空間へ一本残らず降り注いだ。


 この間、地上では天が真昼のように明るくなったという。


 

──やがて光が止むと、星は夜の静寂を取り戻した。



「イロハっ! 無事だったか!」

「流石はあたしの子だ!」


「トラっ! おかぁ!」


 イロハの姿を見つけ、無事だった二人が駆け寄って来る。だがイロハの心にはぽっかりと空洞があけられたままだ。この場に居るべきもう一人が居ないのだ。


──志乃がいない


「あさぎ、志乃は」


 あさぎはその場に座り込み、下を向いて小刻みに震えていた。


 終わった、終わったのだ……何もかも……すべてが……。


「大丈夫、あの子ならきっと帰って来るわ」


 そう言ってそっと涙を拭うと立ち上がる。


「ほんとけ? 志乃戻って来るんけ?」

「ええ『ダイジ』よ、また会えるわ。だから私たちも帰りましょう」


 イロハの肩を軽く叩き、笑顔を覗かせた。 

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