終焉を足掻く者たち 其ノ九

 

 鳥の影が頭ごとついばんとしてくる中で、イロハの太刀が縦一線に入った。


「────ッ!」


 綿を斬るような感触を覚え、ぱぁっと影は羽毛のように飛び散る。


「トラァァァァ────っ!!!」


 舞い上がる青い影の向こう、巨影に囲まれ仁王立ちするトラの姿。戦うでもない、逃げるでもない。身動き一つせずただそこに立っていた。


バチャッ!


ドスンッ!


ビチャッ!


「え……?」


 トラを囲んでいた青黒い影たちが、バラバラとなりながら崩れていく!

 イロハは何か起こったか理解できずにただ茫然ぼうぜんとしていた。


「…………」


 しかし茫然と立っていたのはトラも同じだった。目を丸く見開き、視線の先は崩れていく影ではなく、突然目の前に現れた女へと向けられていた。


 抜刀していたその女は立ち上がり、顔を上げると歩き出す。


「……これは……夢か? ……ワシは……夢を見ているのか?」


 女は刀をさやに収め、トラとすれ違う。


『かもね。子守ご苦労』


 そして女は立ち尽くしていたイロハに声を掛けた。


『刀を振れるようになったと思えば、泣き虫癖は相変わらずか? イロハ』


「──っ!」


 信じられなかった。一度に色んなことが起こり、整理しきれずにいた。

 だが間違い無い、見間違える筈が無い。目の前に現れた女は何一つ変わっていない母の姿であった。


「どうした、親の顔を忘れたか? それとも化け物の仲間と思ったか?」


「おかぁ……ほんとにおかぁなんけ?」

「あぁ、まごう事無きおまえの母だ。……暫くだったな」


「おかぁぁ──!!」


 イロハは夢中で走り、莉緒りおにしがみ付いて泣いた。幻となり消えてしまわぬよう、二度と放すまいとしがみ付いて泣いた。

 母がいなくなり十年は経っただろうか。戦いの最中であることを忘れ、何もかも忘れ、母に背中を叩かれながら、イロハは大声を上げて只々泣いた。


「あぁ、泣け泣け、あたしが悪かった……苦労させたね……」

 

「この馬鹿者っ!お主は大馬鹿者だっ! 子を残したまま居なくなる奴があるかっ!今までどこでどうしておったのだ!?」


 トラも目頭に涙を浮かべ、泣く子をなだめる戦友をしかりつける。


「済まなかったね。神様との約束を果たすため高天原たかあまはら(日ノ本の神が住まう場所)で剣を振っていたのさ。……おっと、話は後にしたほうがいいね」


 黒い鏡の影たちが再び立ち上がり、三人は離れて構えを取る。


 ──とその時、近くから鈴の音!


シャン シャン シャン


 そして三人を囲むように結界が張られた。三人を見失ったかのように影たちは混乱し、辺りを右往左往する。

 一体何事かと見回すと、同じ結界の中に錫杖を持つあさぎの姿があった。


「あさぎっ!」

「間に合ったみたいね」


 片腕を失い志乃を失ったというのにこの落ち着きよう。感情を抑えきれないトラが当然のようにあさぎへとみ付く。


「貴様のせいで志乃は死んだのだっ!」


 本当に今にも噛み付かんとばかりのトラを、莉緒が制止する。


「……『助っ人』と言うのは貴女だったのね」

「あんたがそうか。あんたのことは機織はたおりの神様から聞いてるよ」


 機織りの神様、莉緒を高天原へと呼んだ張本人である。表向きは神嫌いのあさぎだったが、密かに神々とも通じていたのだ。これは兄弟である比紗瑚を怒らせた理由の一つでもある。


「なら話が早いわね。黒い鏡は相当痛手を受けて動けない筈。影を呼び出して結界を破ろうとしているのが証拠よ。貴女にはここで影と戦い時間を稼いでもらう」


「このでかい結界はどのくらい持つんだい?」


「かなり強い結界で常時補強もしてる。でもいつまで持つかはわからない。少しでも長く持たせるために時間を稼いで欲しいの」


 淡々と話すあさぎへトラが口を挟む。


「そんなことをして何になる!? 志乃は死んでしまったというのに!!」

「志乃は死んではいない、生きているわ」 


「なんだと!?」

「えっ!? ほ、ほんとけ!?」


 あさぎの言葉に二人は疑うことなく歓喜かんきした。

 志乃が、生きている!


「でも志乃を助けるため『ある場所』まで行かなくてはならないの。だからイロハ、私と一緒について来て欲しい」

「え? なんでオラが!?」

「貴女でなくては駄目なの。大丈夫、知っている場所まで案内して貰うだけよ」


「イロハ、一緒に行ってやりな」

「おかぁ……」


 莉緒はイロハに手を差し出す。


「あんたの持ってる長い方、一本貸しな。こんななまくらじゃいつ折れるかわかんないからね」


 神から授かったであろう得物を鈍らと呼び、かつて自分の使っていた刀を所望する莉緒。イロハは莉緒に刀を託し、手を握った。


「おかぁ……オラが戻るまで死なねでくろ、どこも行かねでくろ!」

「馬鹿タレ! あたしを誰だと思ってんだい!? 十年早いよっ!」

「心配するな。またどこかへ行きそうになったらワシがしがみ付くからな!」

「う…ん……」

「では行きましょう。この結界を解いたら合図よ、走って」


シャンッ!


 あさぎが錫杖で激しく地を突くと、四人を囲っていた小さな結界が割れ始める。

 ふいに影たちがこちらを向くが、割れた結界の破片が影たちへ飛んで行った!


「今よ! 走って!」


 ふわりとあさぎは地を蹴り、滑るように地面すれすれを飛ぶ。イロハは置いて行かれぬよう全力で並走する。


「どこまで走んだ!?」

「この先に緊急用のうろがあるの。見つけたらとにかく飛び込んで!」


 イロハとあさぎを見送ると、莉緒は渡された刀へと語り掛ける。


「……悪かったね、あん時は山ん中に捨てて来ちまってさ。恨むでないよ」


 新調された鞘を抜くと、莉緒の言葉に答えるかのように刃が光った。


「ふふっ、あの時か……。またお前とこうして戦える日が来るとは、な」


 あんなにも散々な目に遭ったというのに、トラは待ち切れぬばかりに意気込む。


「ところであたしの後釜……志乃って娘は強いのかい?」

「強いさ! お前より強いかも知れんな!」

「ふっ、そうかい。じゃあその娘に会うためにも負けられないね」


 二人が見上げると、影たちが結界の破片に苦しみもだえている。


「もう一丁やるかっ! トラっ!」

「おうっ! ゆくぞ莉緒っ!!」


…………


「あれだわ! あそこよっ!」


 あさぎが手をかざすと瓦礫がどかされ、地面にぽっかり口を開けた穴が現れる。

 しかしすぐ横に、獅子の姿をした影が苦しみ暴れていたのだ!


「近づけねぇ!」

「構わず走って飛び込んで!」


 そう言ってあさぎはどんどん獅子へと近づいていく! 無茶だ!

 

 暴れていた獅子が気付いた!

 こっちへ飛び掛かって来る、そう思った瞬間影が真っ二つに割れた!


(おかぁっ!)


 獅子の影から飛び出したのは、トラの背に乗る莉緒の姿だった。

 母の顔は笑っていた。楽しくて仕方が無い、そんな顔だった。


(おかぁ、待っててくろ! 絶対また戻って来っから!)


 飛び込むあさぎに習い、イロハの姿も洞に消える。

 そして、洞は口を閉じた。



星ノ巫女 終焉しゅうえん足掻あがく者たち  完

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