最終編 星乃御子

終焉を足掻く者たちの章

終焉を足掻く者たち 其ノ一


 月と太陽、陰と陽、人間と妖怪。万物は対極に満ちており常に隣り合わせている。終わったと思った瞬間、次が始まっているのだ。



 次元の狭間、無間界。上下左右の概念が無く、何もない空間にガラクタが散らばり遠く星だけが輝く場所。


「兄上様、姉上様。大変お久しゅうございます」


 その主である「津連布佐つづれふさの比紗瑚命ひさごのみこと」の元へ旧知の客が舞い込んできた。

 もう会う事も無い。そう思っていた太古の神は内心戸惑い、懐かしさに浸るもすぐ落ち着きを取り戻す。


『この姿となってからは『比紗瑚』と名乗っている。しかし本当に久しいものだな、我らが末妹よ』


「今でも妹と呼んで下さること、大変うれしゅうございます」


 深々と頭を下げる、長身でドレス姿の女。


もっとも、今は『あさぎ』と名乗っておりますけれど」


 この言葉を皮切りに、比紗瑚の表情が一変した。


『哀れな妹よ、一族の契りを忘れたわけではあるまいな? 日ノ本でお前が今までしてきたことを、我らが知らぬと思っておるまいな?』


「勿論ですわ。そして比紗瑚様、何故ここへ私が訪れたのか、ご存知の事とお見受けしておりますの」


「……」


「どうかお力添えを……最初で最後のお願いでございます、どうか……」


「……」


 さかしくなったものだ、と比紗瑚は思った。いや、自分にとって唯一の妹であるこの末妹は、元々は兄弟の中でも才女として期待されていた筈だ。

 それが遥か昔を思い起こせば、妹は何もできず毎日をただ泣いて過ごしていたことばかり。原因は知っていた、だから兄弟たちも始めは気に掛けていた。だが時が経つにつれ忙しくなった事も手伝い、誰もが愛想を尽かして相手にしなくなっていった。


 そんな妹を最後まで気に掛けていたのが比紗瑚たちだった。


顕界けんかい(人間の住む世界)ではこういう場合を『乗り掛かった船』というのだろうな)


 比紗瑚が手をかざすと、巨大な植物が姿を現す。

 しかし、今日ばかりはその様子がおかしかった。


メキメキメキ……!


 植物全体が腐り掛け、今にも枯れてしまいそうだ。先端が倒れるように二人の間へ舞い降り、その禍々まがまがしい巨大なつぼみを露にする。


『黒い鏡……開花を待たずとも日ノ本は滅ぶだろう。そしてこの星は終焉しゅうえんを迎えることとなる』

「いずれ現れるとわかっていた徒花あだばなです。そして徒花を絶つのは徒花」


 あさぎは禍々しい蕾のすぐかたわらにある別の蕾を指さす。


『まさかとは思っておったがな。……妹よ、なぜこのような真似をした? 態々誘い出さなくとも、日ノ本が成長すれば人間たち自らの手で駆除できたものを』


 ことわりからはずれた小さな蕾を指さし、比紗瑚は問い詰めた。


「それは一体いつの話でしょうか? 何万年後の事ですか? 何億年後ですか? そこへ到達するまで世界は存続できているのでしょうか? 我々ですら手に負えず、いつ現れるか予測できぬあの鏡を、一体誰が割れるというのでしょうか?」


『例え何年だろうと、我は奴を永遠にでも抑え込むつもりだった。世界が軌道に乗れば極力干渉を避ける、その一族の契りをお前は破ったのだ。これから先どうなるかに関わらず、お前は裁かれる立場にあるのだぞ』


「無論、覚悟の上です」


『唯一兄弟で残った我らを巻き込むこともか!』


「兄上様と姉上様へ、御恩を仇で返す覚悟の上でございます!!」


 比紗瑚は自身の中で互いに顔を見合わせる……説教はこのくらいにしてやろう。

 もし自ら命を絶つことが出来る身なら、喜んでその首を差し出した覚悟だろう。


『はぁ……もうよい、顔を上げよ。頃合いを見て奴の力を解放させ、止めを刺すために実体化させればよいのだろう? 失敗は認めぬからな』


「仰せの通りです……」

『もうよいから立て! ……全く世話の焼ける妹だお前は』


 自分より遥かに背の高い妹を立たせ、付いてもいないドレスのほこりを払ってやる真似をする。呆れる程にしてやったこの行為を懐かしく思い、不覚にも顔が綻んだ。


『これで、最後の兄弟であるお前とも別れだ。達者でとは言わぬ、さらばだ』


「……愚かな妹をお許しくださいませ」


 ゆっくりと頭を垂れるあさぎ。顔を上げ、兄弟の姿を目に焼き付けると消えた。


『……報われぬとて、我だけは最後まで見届けようぞ』


 腰の瓢箪から水をこぼし鏡面を作ると、そこへ顕界が映し出された。 

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