八溝、動乱 其ノ五
一軒家に一人残されたイロハ。することが無く、中を見回し掛けられていた着物や珍しい置物ばかりが目に付く。何故こんなにも珍しい品々を所持しているにも
やがてイロハの興味は一角にある布の向こうへ移っていた。
放っておけと言われると余計に気になってしまう。傍には香が焚かれており、家の中の匂いはこれが原因だったようだ。そっと近づくと僅かに布が独りでに動く。
きっと中に何かいるのだ、一体何だ? 山姥の飼っている熊か猪か? まさか妖怪?
「…っ!! ………!!!」
中を確認した途端にイロハは、鼻と口を押さえすぐさまその場を離れて
『……ぅ。………うぅ……』
あぁなんということか、こんなことなら覗かねば良かった……。
だが苦しくも悲し気な声はイロハの罪悪感をより
そこにはやはり包帯に身を包んだ人間が寝ていたのだった。見れば所々血が
「う……ぁ……」
「なんかして欲しいんけ?」
怪我人の左手が僅かに動いた、見ると指で手元をなぞっているようだ。始めは何をしているのかわからなかったが、それが自分も読める文字であることに気づく。
「……み……ず…、水だな!? 待っててくろ!」
水ぐらいならお安い御用だ。土間へ駆けだしたイロハは瓶を覗いた。中には水が入っていたが、覗き込むと魚が上がって来て水面の
すぐ横にやはり水瓶が置いてあり、
ゆっくりと水を怪我人に飲ませてやるイロハ。
「もうちっと飲むげ?」
怪我人は半分ほど水を飲んだところで口を閉じ、目を
「済まねぇきとオラこんくらいしかできねぇ。後は
「う……うぅ……」
怪我人は目から涙をこぼしていた。改めて見てみれば怪我人の体は細く、胸が盛り上がっている。もしかすると年もそう自分と離れていないのではないだろうか。
イロハは自分の着ている浴衣を見て思った。今こうして着飾っているが、怪我人が女なら同じように綺麗な着物を着たい筈。ましてやこんな情けない姿を誰にも見られたくはない筈だ。
イロハは黙って立ち上がると布を閉じ、気を静める為に家の外へと出た。
外は風が強くなっており、辺りの木が大きく
近づくと山姥は崖の上に立ち、黙って空を見上げていた。
「中さ居ろっちったべ」
「婆っちゃこそ、ここで何してるだ?」
「見てみい」
持っていた太刀で北の空を指す。空には暗雲が立ち込め、
「時期に嵐が来る、不吉の
ピィ────………
やがて南東から鳴き声が聞こえ、見上げる程の
「やっと来おったか! おめぇここで留守居してろ。もし地響きさ聞こえたら、急いで山を降りろ!」
「オラも行く! オラだって戦える!」
そう言い急いで刀を取りに戻る。服も乾いていたが、着替えている時間が惜しい。脇差を掴むとさっきの崖目指し、一目散に駆け出した。
しかし大鷲は飛び立った後で、崖から北の空を飛ぶ姿が見えた。
イロハは助走を思い切りつけ、渾身の力で崖から飛び上がった!
(うぉぉー! 届けぇぇぇー!!)
しかしもう一息高さが足らず、イロハの体は木の密集する山林へと落ちていく。
落ちていく途中、イロハの体に衝撃が走った。
「うおっ!?」
見ると大鷲が引き返し、自分の体を掴んでいたのだ!
「とんでも無ぇ
大鷲の背中で怒鳴る山姥。だがその口元は緩み、長い牙を覗かせるのだった。
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