招かざる客人 其ノ六


 志乃はお千夏の部屋に入ると早速盗難にあった事を告げる。

 盗った者の名前まではっきりと告げた。


「お前、屋敷の人間を疑ぐるってことは、それなりの覚悟はあるんだろうね?」


「見ていた者がおりました。証拠もあります」

「そこまで言うなら確かめようじゃないか」


 立って部屋を出るお千夏、暫くするとさっきの洗い物をしていた女を連れて来た。


「姐様、私に何か?」

「それがお蜜、このちゆりがお前に金を盗られたと言ってるのさ」


 驚き志乃をみるお蜜、だがこれは金を盗っていなくとも当然の反応。

 問題はここからだがさて……。


「あたしが金を!? ……言いがかりはよしてくれないかい? あたしがいつあんたの金を盗ったっていうんだ!? 証拠は!? 勘違いだったら只じゃおかないよ!」


「昼餉の支度の時、お蜜さんお勝手を出て行きましたよね?」

「そんなの出入りしてた女なんか他にもいるじゃないか! 何であたしなんだい!」

「頭に蜘蛛の巣が付いてますよ」


 はっとして頭に手をやろうとするお蜜だが、慌てて志乃を睨む。


「鎌掛けるつもりだろうけどそうはいかないよ!」

「ちゆり、お前さっき見てた奴がいたって言ってたね? 誰が見てたって言うんだい?」


「猫です」


「猫!?」

「!?」


 お千夏は堪らず大笑い、一方のお蜜は顔がみるみる青くなっていく。


「実は御社の中に猫がいたんです」

「あのなあ、百歩譲って猫が居たとして、どうやって猫が口を聞くんだい? 大体、お前しか鍵持ってないのにどうやってあの中に入るんだい?」


「それは大した問題ではありません。それより入った人間が問題なのです。鍵も無いのに錠前を外し、金目の物が無いと悟ると床下を調べ、隠してあった金を見つけた……手慣れた者の仕業です。そしてそれをできたのは…お蜜さん、貴女ですね?」


「ほう? ……だとさ、お蜜」


 言われて青ざめていたお蜜の顔は、みるみる怒りで赤くなった。


「……嫌な娘……一体誰からそんなこと聞いたんだい? …ああそうさ! 確かに以前あたしは人様の金に手を付けたことがあったさ! でもね、今は生まれ変わったつもりで働いてんだよ! 今のあたしは!!」


 そう言うと右手を開いて見せる。

 お蜜の指の間には以前仕置きを受けたであろう、深い傷跡があった。


「姐様! この新米、あたしをおとしめる気でいるんです!」

「……ふむ、ここまで確かな証拠は出ていないね。ちゆり、お蜜が屋敷を出て金を盗ったっていう証拠はあるんだろうね?」


「はい、お蜜さんの首筋に」


 言われてお千夏はお蜜の襟元を掴む。

 そこには明らかに猫の爪痕が赤く残っていた。


「こいつは……」


「猫は盗人の首筋に飛び掛ったと言っておりました。普通、猫に引っかかれるなら手でしょう? そもそもこの屋敷に猫は入れない筈」


「こ、これは違います! 私は…!」

「……お蜜、お前今度は同じ奉公人の金に手を付けたのかい?」


 お千夏はお蜜の両肩を掴む、その手は明らかに震えていた。


 以前、このお蜜が盗んだのはこの屋敷の金だった。その時、お千夏は仕置きの為にお蜜の指の間を切った。もう二度と盗みをさせないけじめの為に…。


「今すぐちゆりに金を返しな。これ以上白切るなら番屋に突き出す」


 この言葉に観念したのだろう。お蜜は帯から小判を取り出すと、畳に額を付けた。奉公人が特に理由無く小判など持ち歩く筈が無い。

 窃盗、重罪である。奉行所でのきついお取調べの上、初犯でないことが知られればお蜜は投獄だけでは済まされないかもしれない。


「あんたって女は!!」

「待って!」


 お千夏の振り上げられた腕を、志乃はつかむと割って入る。


「どうしてお千夏さんが怒るの? これはお千夏さんがお蜜さんにさせたことなのでしょう?」

「…どういう意味だい?」


「全部私を試すためにしたお芝居。見破れたら預かっている物を返してくれる、そういう約束だったでしょう?」

「……はあ?」


 突拍子もないことを言う志乃は、お千夏に対し片目を瞑って見せる。

 少し考えたがその意図を理解すると、


「ちょっと待ってな!」


 部屋を出て行ってしまった。残された志乃はお蜜と二人きりとなる。見るとお蜜は力が抜けたように襖に寄り掛かり、ただ茫然と置かれた小判を見ていた。


「小判だけでよかった。財布ごと持っていたらきっと火傷していたから…」


 小判を拾い上げた志乃は、お蜜の手に握らせてやった。


「欲しかったのでしょう? あげるわ」


「…………………ぅぅ」


 そこへお千夏が再び戻って来た。突っ伏して泣いているお蜜には目もくれず、持ってきた志乃の錫杖を畳に置く。


「丁度返そうと思ってたところさ。分ってると思うけど、盗まれて大事にならない様にしなよ!」

「はい、それとお千夏さん、お願いがあるのですが」

「まだ何かあるのかい!?」

「裏の御社を奉る許可と、そこで猫を飼うお許しを貰いたいのですが」

「……あーもうっ! お前の好きにおやりっ!」


 礼を言うと志乃は部屋を出て行ってしまった。



(あんな娘聞いた事も無いよ!……いや、ひょっとすると…やっぱり…)


 そう思いかけた途中、めそめそ泣いているお蜜に気づく。


「いつまでそうしてんだい! お前もさっさと戻りなっ!」

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