篭め 篭め 下章 其ノ四


 志乃の恐るべき言葉に、トラは何も言えなかった。


 確かに最近人間が増えた。猫は本来環境の変化に敏感ではあったが、八潮の猫に至っては人間嫌いが多く『厄介者が増えた』くらいにしか思ってなかったのだろう。

 そうでない猫も手なずけられてしまった可能性もある。志乃が「誰にも言うな」と言ったのはこのことだろう。


「ワシにできることは何か無いのか!? 里の猫に流言するのはどうだ?」


 志乃は黙って首を振る。


「下手に動けば混乱を招くだけ。それに手は打ってあるの。…手を打って貰ったと言った方がいいかもしれないけど」


「一体奴らの目的は何だ?」


「それを今から確かめに行くわ。だからトラ、もし人の気配がしたら起こして頂戴」


 そう言うと志乃は目を瞑り、寝入ってしまった。


「む…?」


 暫くして、志乃の身体に異変が起きたことに気が付く。志乃がぼんやりと白く光り出したかと思うと、それはたちまち白い塊となる。


 やがて白い塊は人の様な姿を作り出した。


(こ、これは!?)


 一瞬白い塊がトラに笑いかけた気がしたが、形が再び崩れ始め、壁をすり抜ける様にして消えてしまった。



 八潮の外れにある、とある民家での出来事……。


「皆集まったか? これだけか?」

「ああ、恐らく。後は皆、居座り組だ」

「ケッ! 腰抜け共が。一生あぶく銭勘定してりゃいいんだ」

「おめぇんとこは特に商売下手だからなぁ、ケッケッケ」

「んだとぉ!?」

「よせ。八潮に居付くのも俺らの役目の筈だ」

「ふん!」


 皆、ここ最近八潮へと流れついた者たちだ。


『おう、待たせたな』


 そこに突然の来客。家主が戸を開けると僧侶の様な格好をした男が立っていた。


「お待ちしておりました。ささ、こちらへ」

「では聞かせ願おうか」


 家主は用心の為、改めて外を見回す。誰もいないことを確認すると戸口を閉め、皆の前に紙を広げた。


「あたしが思うには……小幡は…。暫く動く気配は…」

「…やっぱりな……では予定通りか?…」


 そして周りにいた者らが口々に八潮で集めた情報を伝えた。いづれも最近八潮に流れてきた商売人ばかり。彼らは表向きは商売人として八潮に赴き、様々な情報を集めていたのである。


 この場は半妖人たちの密会の場だったのだ。


「……で、お主、昼間に星ノ宮を調べておったのだろう? 何か変わったことは無かったか?」


 そう呼ばれたのは昼間、星ノ宮に来た男。普段は八潮の町で針売りをしていた。


「……どうした? 何かあったのか?」

「……ん……えぇ、まぁ……ああ、昼間ちょっと神社で巫女と話したんですがね」


「で、どうなった?」

「へぇ、近いうちに巫女をやめるとか……暫くは小幡の手伝いがあるので……と」


「…どう思われる?」

「俺の集めた話と一致する。間違い無いようだ。神社周辺はどうだ?」


「へ? どういったことで?」

「馬鹿野郎! 夜襲はできそうかってことだ!」


「…あぁ…そうですねぇ。一見何も無さ気でしたが…後ろの山の茂みにチラリと鳴子なるこ(縄に触れると音が鳴る罠)みたいなもんが見えました。神社の結界の様なもんは…丑三つ時になると効果が強まるようになるみたいでして…」


「それは本当か? 聞いてはいたがそんな真似ができるとは……」

「何でも妖が夜中に寄ってこないようにすると巫女が……ぐ…うむぅ……」


 そう言うと針売りは頭を抱える。


「おめぇさっきからおかしいぞ? 変なモンにあたったんじゃねぇのか?」

「…えい!…あぁ…くっそ…! 神社に行ってから頭が痛ぇ…」


どたん!


「おいっ?!」

「脱がせ! 何かされたかも知れん!」


 皆、倒れた針売りの衣を脱がしにかかり、それこそまゆを解き、髪の隙間から足の裏まで丹念に調べた。が、何も見当たらない。


「術具や呪符すらないとは。一体何を施されたのか…」

「結界の気に当てられたのかもしれませんぜ。…もしや計画が漏れたのでは?!」

「それはないな。…いずれにしても計画に変更は無しだ。念の為にこの者は外した方がいいだろう」


 針売りの身体に僅かな異変があったことを、誰も気が付かなかった。

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