篭め 篭め 下章 其ノ二


──葦鹿の里、芳賀家の屋敷にある山。


カッ! 


カカッ!


 無心で動く的に手裏剣を投げる佐夜香、このところずっとこの調子である。織原おはらの里から帰って来て以来、式神を呼び出せなくなってからというもの、陰陽術の修業に身が入らなくなっていた。

 屋敷の書庫や母校の書物庫をあさり片端から織姫しきひめを呼び戻す方法を探した。しかし織姫は普通の式神とは全く異なるもの、その記録は乏しく発見には至らない。屋敷に帰れば佳枝の冷ややかな態度が待っていた。 


 手裏剣を拾うと、何気なく屋敷を一望できる場所に立った。


 なるべく屋敷には居たくない。ずっとこうしていた方がマシだ。自分は当主で本来ならばこの屋敷の主だというのに何と情けない話だろう。

 もうすぐ年の暮れ。芳賀の分家から家長が集まり来年の一族方針を決める。もしかしたら当主を下ろされてしまうかもしれない。それでも自分は構わないが、味方してくれる小木原おぎはらに申し訳が立たない……。


 まるで同情するかのように風がほほを撫でる。

 佳枝に打たれたあとが無力な己を責めるかのように痛んだ。


 何気なく西日に手をかざすと、丁度屋敷を訪れていた者が帰るところだった。背の低い女性のようで市女笠いちめがさを被っている。誰であろうと関係ない、どうせ佳枝の客だ。


 何気なく見ていた佐夜香はその客と目があった気がした。


 気のせいだとは思ったが、何となく気を害した佐夜香は客の視界から隠れるように再び修行に戻る。

 誰とも顔を合わせたくない。目を瞑ると枯葉を拾い上に高く投げる。身を低くした瞬間、持っていた短刀を抜いた!


ヒュッ!


 目を開け立ち上ると落ちた葉に目を向ける。とても満足のいく結果では無かった。


『もし』


「っ!!」


カッ!


 すぐ傍で誰かの声が聞こえ、佐夜香は手裏剣を投げていた。

 飛び退いて声がした方を見ると、佐夜香は心の臓が止まりかけた!


「!?」


 大きな市女笠!

 先程屋敷の入口に居た筈の客!


 馬鹿な!?


 投げた手裏剣はすぐ後ろにある木に刺さっていた。


「誰!? 芳賀家の敷地と知ってのこと!?」


 誰であろうと斬られておかしくない状況である。睨みつけ、短刀を構える佐夜香、だが幸いにして向こうから返事があった。


『御当家の主様に御挨拶がまだでしたので、無断ながら立ち寄らせて参りました…』


 そう言って市女笠を取ると、背の低い白髪の女性が姿を現す。一見童女の様にも、老婆の様にも見える容姿。


『佐夜香様、ですね』


「私は貴女に用も無ければ、名乗った憶えもありません」


「失礼、私は『七宝業者しっぽうぎょうじゃ』と申します。義母君である佳枝様には御贔屓ごひいきにさせて貰っています」


「七宝業者……」


 伝承で聞いたことのあるような名前、きっと偽名なのだろう。佳枝の知り合いにろくな者がいないことを佐夜香もよく知っていたが、その風貌ふうぼうも手伝い得体の知れなさが際立ち見えた。


「なれば尚更お引き取りを! 母上の客人が私に何の用がありましょう!」

「いいえ、だからこそ、です。依頼主でなくとも当家の主様であるなら是非とも助力させて頂きたいのです」


 小さく切れた口からはっきりと聞こえる声が、気味の悪さを一段と引き立てる。


「必要ありません!」

「貴女様は大切な式を無くされたとか。聞けば犬神の類だというではありませんか。私の秘術であれば呼び戻すことが出来るかもしれません」


(…えっ?)


 本当か? 

 だとすれば願っても無い事だが…。


 そう考えかけ、佐夜香はくるりと向きを変える。


「必要ありません! もう二度とここに来ないで!」


 声を荒上げ、高く飛ぶと佐夜香は木々の中へ姿を消す。


 冗談ではない、信用できるか!

 ましてや佳枝の知り合いなどに……!


 佐夜香が去り、一人残された女は市女笠を被り直すと、垂れ帯の中で不敵な笑みを浮かべその場を後にした。


『かごめかごめ……かごのなかのとりは…』

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