篭め 篭め 上章 其ノ七


──志乃 もう止めて


 日誌に没頭していた志乃は、急に入ってきた声に不意を突かれる。部屋の傍らにあったかんざしの声だ。


──志乃 とても不安定 さくらの力 外からの物


 言われてまぶたに手をやる志乃、手の甲がジワリと熱くなる。


(さくらから貰った力……まだ自分に余るものかも知れない。でももう少しで終わるから……)


 半場意地になりながら、再び日誌に目をやり始めた。


──某日、民家に泊めて貰っていた時のことだ。寝ていると大きな地鳴りを覚え飛び起きた。すぐに家主に何事か尋ねると、知らないと言う。旅の疲れでそう感じたのだ、とも言われたが、何となく寝付けなかった私は夜道を一人散策することにした。

 この辺は人里から離れた山の中にあり、民家が少ない。それゆえに山賊や妖が多い。こういった場所の方がかえって安心すると他所で話したところ、変わり者だと笑われたものである。


 夜道を歩いていくと、裏手の雑木林に差し掛かる。僅かだが誰かの声のようなものが聞こえた。いや、正しくは聞こえたような気がしたのだ。


…………


 ちゆりは何かを感じ、雑木林の前で足を止めた。


(何かしら? ……何?)


 胸の鼓動が高くなるのを感じ、思わず手を当てる。


(────っ!)


 まただ! 何かを感じる! 誰かを呼んでいる!


(この感じ……まさか、この林の中から…?!)


 暗く、なだらかな斜面になっている雑木林の方を覗いてみる。そして嫌なことに、この辺りが子捨て山だったのを思い出した。

 子捨て山とはその名の通り、育てられない子供を捨てていく場所である。親に捨てられた子は妖や獣に喰われるのが定めであった。


 気付けばちゆりは林の中に足を踏み入れていた。捨て子への同情からではなく、何故か行かなくてはいけない気がしたのだ。月明かりすら届かない林の中を、慣れた足取りで進んでいく。進みながら何か焦げ臭さを感じた。


(あれね……)


 一段と焦げ臭さの増すその場所は不自然に開けていた。辺から奇妙な蚊の鳴くような音がかすかに聞こえる。そして開けた場所の中央に、それはいた……。


 僅かに動く気配を感じ、ちゆりは思わず声を張り上げたのだ。


「誰か居るの?!」


 ゆっくりと目を凝らしつつ、うごめく「それ」に近づく。


 一体何だろう? 大きさは人間の赤子より小さく見える。

 そう思いつつ、意を決して「それ」を覗き込んだ!


「赤子……?」


 それは人の赤子だった。

 恐る恐る抱きかかえると、安心したのか赤子は産声を上げた。


…………


──後日、私は近隣の住民に赤子について聞いてみた。しかし誰も心当たりがないという。『お仲間』にも聞いて回ったが、誰もまともに相手はしてくれなかった。


──暫く旅をやめ赤子を育てることにした。邪魔とは感じない。むしろろ私はこんな生き方をどこかで望んでいたのかも知れない。


──育つのが早い子だ。七日目に目が開き、辺りを見回すようになる。近頃は張って歩くようになったので目が離せない。


──今日、偶然出会ったあさぎに赤子を見せた。だがあさぎは赤子を見るなり連れて行こうとする。口論となったが追い返した。どう追い返したのかはよく憶えていない。あんな目をしたあさぎの顔はよく憶えている。


──人の子はこんなに育つのが早かっただろうか。母湯おもゆを与えようとしても食べず、私の食べている物を欲しがる。口を開けたら歯が生え揃っていた。


──帰ってくるなり家から歌が聞こえた。どうやら赤子が私の歌を憶え、歌っていたようだ。いや、もう赤子では無く童女と言った方がよいのだろうか。何でもすぐ憶える子だが箸の持ち方は苦手のようだ。


──某日、あさぎがまた訪ねて来た。先日のことを詫び、暫く様子を見るとのこと。童女のことを話すと銀色のさじというものをくれた。庭でまり突きをしている子を見て酷く驚いていたが、まだ子に名を付けていない私にもっと驚いていた。


 様々なことを考えた末、私は子に『志乃』と名付けることにしたのだ。




──志乃! いけない! 志乃!!


バタッ!


 志乃は反射的にかんざしを掴み、小箪笥たんすの中へ乱暴に押し入れてしまった。そして自らは倒れ込むように寝転がると額に腕を乗せた。


(…………………)


 ひたすら気分が悪い……。


 日誌の内容が頭の中でぐるぐると廻る。


 何も考えられない。何を考えて何を信じればいいのか?


 答えは見つからない。


 今の自分にとって、世の中のもの全てが恐ろしく感じた。目を閉じることすら自分が消えてしまうような気がしてできなかった。


 焦点の定まらない視線は、やがて深い闇へと包まれていった……。


星ノ巫女  ~かごかごめ 上章~ 下章へと続く

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