白面九尾の復活 下章 其ノ六


 翌朝、イロハは人の声で目を覚ます。まだ寅の刻、辺りはうっすらと明るくなったばかりである。


(……誰だ? 志乃?)


 むっくりと起き隣を見ると、志乃は居らず布団が畳まれていた。


「あ、あれ? 志乃がいねぇ?」


 慌てて部屋を出ると廊下を走る。

 表から人の話す声。


ガラッ!


「志乃!!」


「イロハさん……」

「イロハ!」


 表に居たのはおかよ、蒼牙、月光……旅支度を済ませたトラと志乃であった。


「なんだよ……何で黙って行っちゃうんだよ!」


 堪らず飛び出し、驚いている志乃に詰め寄り泣きそうになる。


「だって気持ちよさ気に寝てたから……」

「ほんだって!」

「イロハ、また会える。今は暫しの短い別れだ」


 気休めかもしれない言葉だが、現にもう会えないと思っていた矢先にこうして再び会えたのだ。大丈夫だ、きっとまた会える。トラは確信さえ覚えていた。


「さ、志乃さんたちをお見送りしてさしあげんべ。イロハさんに使命があったように志乃さんにも使命があるそうです。それが無事果たせますよう……」


 そうなぐさめるようにイロハをさとした。

 二匹の白狼がトラの前に進み出ると頭を下げる。


「御二方、大変お世話になり申した。無事お帰りになられますよう」

「麓まで送って差し上げたいが謹慎の身、どうか気をつけられよ。トラ殿、また会える日を願っているぞ」

「次は互いに貸し借り無しで会おうぞ」


「イロハ、元気でね。次会うときはもっと強くなって私を驚かしてみなさい」

「……」


 無理矢理イロハを元気にさせようとしたのが悪かったのか、がっちりと志乃に抱きついてきた。


「イロハ!」

「……」

「イロハさん……」


「……イロハ」


 頭を撫でようとしたその時、イロハが顔を上げ志乃の顔を見る。泣くまいと堪えた顔は真っ赤に染まり、歯を食いしばっていた。


「今度はオラが志乃んとこさ行く! 絶対今より強くなって行ってやる!」

「うん、約束よ」


 志乃がそう言うと、やっとイロハは志乃から離れる。


「さ、もう行こう。里まで何が起きるかわからんからな」


 二人は麓を目指して山を下り始めた。振り返ると屋敷の門の前で皆が見送っている。手を振るとイロハの声が聞こえた。


「きっとだぞ──! 約束だかんな──っ!!」


 イロハは二人が見えなくなるまで手を振っていた。傷の痛みも忘れ、腕が千切れんばかりに手を振った。二人が見えなくなるとぽっかり胸に穴が開いたような哀愁が残った。


「……イロハ、早く怪我を治せ。そしたら私の剣の相手を致せ。……謹慎の身ではなまってしまうからな」

「!……は、はい!」


(叔父御……)

「いがったなぁイロハさん!」


 突然の稽古の誘いに驚くもイロハは嬉しさを感じていた。もう二度と戻らないと思っていた親子の時間、少しづつ何かが変わろうとしていた。



「待ってくれ、そんなに急ぐな。飲みすぎたせいかうまく歩けぬ」

「あーもう何やってんの。倒れても負ぶってあげないからね」


 下山の途中、本当にトラに倒れてもらったら困るので休憩する志乃。水筒の水を飲ませてやり、ゆっくり歩くことにした。木が少し開けた場所まで来ると眼下に隣の山が拝めた。


「ここいら辺の紅葉はもうすぐ見頃ね。戦いで昨日はそれどころじゃなかったから。それにしても綺麗ね……」

「まだどこかにあの狐が居ると思うとぞっとせんがな」

「んもう! 浪漫が無いわねぇ」

「紅葉なんぞ見飽きとるからな。それより次の山越えたら飯にするぞ」

(はぁ……)


 人間と猫の感性は似て違うのかもしれない。そう考えながら道なき道を進む志乃であった。


ザ……


「気づいたか、志乃」

「ええ、どうやら妖怪の縄張りに入ったみたいね」


 道がなだらかになった場所で二人は足を突然止めた。回りを見渡すと視界が歪んで見える。まるで地面から湯気が出ているかのように。自然と二人は身を構えた。


「いるんでしょ? 出てきなさいよ!」


 返事は無い……気配も一切しない。

 一体何者だ? まさか珠妃か!? それとも……。


「志乃! 下だ!」


 言われて足元を見ると、穴が開いたかのように影が見る見る広がっていく。

 二人の体は穴に向かって落下した!


「きゃぁ!!」


…………


 高いところから落とされたような感触を覚え、気が付くと志乃は地面に腰を下ろしていた。穴から落ちて叩きつけられた感じはない。ぐぐっと何かがのしかかり、次には体が浮く感じがして、気が付けばここにいたのだ。


 そう、見覚えのあるここに。


「……ここ……神社の近くの……」

「何が起こったのだ……無事か?」


 立ち上がり辺りを見渡す。

 間違いない、少し離れた場所に星ノ宮神社が見える!


(一体どういうこと? ……あれは?)


 道の真ん中に何か落ちていた。


 よく見るとそれは志乃の小刀ではないか!

 鞘に収めておらず、代わりに紙が結び付けられてあった。


 拾い上げると間違いない、剣岳で投げた自分の小刀だ。

 紙を広げると何か書いてあった。



──近日、そちらへ伺います   あさぎ


(あさぎ!? ……あさぎ……っ!)


 あさぎ、それはあの時女の従者が口にした名前。

 志乃の脳裏に着物を着た嫌な女の姿が蘇る!


 志乃は紙を捨て、小刀を持っていた鞘に収めると誰かに聞こえるようにわざと大声を出した。


「あーあ! 折角小幡様から預かったのに、気味が悪くてもう使えないわ! お札を貼って土にでも埋めないと!」


 嫌な女、得体の知れない女、そして危険な女……!

 那須野に居たはずの自分がここにいるのもあいつの仕業と思えば納得がいく。


 思えば昨日……いや、その前も、ずっと前から何処かで自分を見ていたのだろう。

 この瞬間も何処かで自分を監視しているに違いない。


 トラは大声を出す志乃に驚くも、捨てられた紙を見て納得し


「……厄介な奴に目を付けられたな」


 爪で紙を切り裂いた。


 神社に近づくと誰かいるようだ。

 数人の人影が見えた。


(そういえばお守り出して二日も神社を留守にしていたんだっけ……)


 これから小幡神社へ留守にしていた理由を話さなければならない。

 まだまだ安息の時期は遠いようだ。


 山積みにされた仕事を片付け終えるまで兜の緒を緩めるわけにはいかない。


 志乃の戦いはまだまだ続く……。



星ノ巫女 ~白面九尾の復活~ 下章 完


化ノ国物語 ─白面九尾復活の章─

      ─無間界の住人─  より

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