白面九尾の復活 中章 其ノ四
邪頭衆が逃げると、ゆっくりイロハの方へ近づく珠妃。
「ふふふ…さて…」
(!!)
「やめろ! 狛狗に恨みがあるなら俺を殺せ! イロハには手を出すな!」
「恨み、か。……無いとも言い切れぬが、お前たちをどうするつもりも無い」
刀を構え赤い目で睨むイロハの傍まで来ると、珠妃は優しく静かな声で話し始めた。
「……そう身構えなくともよい。お前はイロハというのか? 刀を納めて
だがイロハは答えない。
黙って刀を構えている。
「何故黙っている? 口が利けぬか?」
「無駄だ! 継承の儀の最中、誰とも口を利かぬ!」
「継承の儀? ああ成る程そういうことか。…もうよい、お前は暫く寝ておれ」
「!?」
珠妃が一睨みすると、蒼牙は結界の中で元の狛狗の姿に戻り、動かなくなった。
「!!」
「案ずるな、寝ているだけじゃ……しかし呆れた
ようやくイロハが刀を納める。
「それでよい。さてイロハよ、お前は次期狛狗の長となるようだが妾から提案がある。 ……妾の片腕となって働く気はないかぇ?」
(え? 何言ってんだ急に?!)
「お前は利発そうだし腕も立つ。それに蒼牙を殺して長になれば、狛狗はお前だけになってしまう。妾とて私怨で種を根絶やしにするほど愚かではない」
(!?!?)
自分が父を殺す? 珠妃は何を言っているのだろうか?
不思議そうに驚くイロハに珠妃はこう告げた。
「まさか知らぬのか? 那須野の狛狗は長の継承の際、先代を殺すのじゃ」
(そ、そんな!? そんなこと何も!)
しかし今の珠妃の一言で、わからなかったことが全て繋がった。
蒼牙が姿を見せず病気だと偽った月光。
屋敷で寝ていた筈がイロハより先に剣岳にいた父。
もしかすると父が厳しくかつ冷たく自分に接していたのは、この日が来るのを見越してのことではなかったのだろうか?イロハが少しでも情けをかけず自分を斬れる様に、と……。
(そんな……オラがおとうを……)
自分だけ何も知らなかった。
敵の口から告げられ、心身ともに尽きたのか、がくりと膝を落としてしまった。
「どうやら知らなかったようじゃな……可愛そうに」
崩れるイロハを抱き起こし、優しく頭を撫でた。
「大丈夫じゃ、妾がそんなことはさせぬ。同族を殺める様な仕来りを無くそう。お前が新しい一族の
イロハの両肩に手を掛け、顔を近づける。
「そして、二人で新しい国を作ろう。お前は狛狗と人間の子、何かと苦労があったと思う。妾も長い間生き、お前と同じような者を数え切れぬ程見てきた。だが多くの者が悲惨な末路を
それはイロハが一番よくわかっていた。同族から余り良い目で見られず、幼い頃の自分はいつも一人ぼっちだった。山を降りて人里へ行ったのもそれが理由の一つだ。
しかし、その人里も自分が狛狗ということを隠す
(……)
「今でもそういった者たちが、妖怪や人間の中で苦しんでおるだろう。人にも妖にも馴染めず、薄暗い生を送っておる。力を持つ者……神々はまず、こういった者たちを助けるべきではないかえ? だが神は自分の身内や利用できる者しか助けようとはせぬ。こんな馬鹿げた話をおかしいと思わぬか?」
イロハは迷った。
考えれば考えるほど、珠妃の言っていることが正しく聞こえるのだ。
だが、これこそが九尾の狐「珠妃」の策だった。己がいかに四面楚歌か思い知らしめ、それでいて味方であるかの様に同情する。こうすることにより信頼できる者は自分しか居ないと錯覚させ、完全に信用させてしまうのだ!
敵を取り込んでしまう術ほど恐ろしく強力な術は無い!
更に珠妃は追い討ちをかける!
「イロハ、新しい国を作ろう。神の手を借りぬ、皆が平和に暮らせる世を築こう」
そう言って優しくイロハの髪を撫でる。
(オ、オラは……)
迷ったイロハに志乃の笑い顔が思い浮かんだ。
……そうだ、平和な世の中を築ければ志乃とも気兼ねなく会いに行ける。
きっと父やおかよや月光も自分を認めてくれる。
絶望に打ちひしがれ、暗く沈んでいたイロハの表情が緩んでくる。魅力的な珠妃の提案に応えようとした時、珠妃がイロハの髪を撫で、そっと顔に手をやった。
まさにその時であった。
……ドクン!
(…………ぁ)
イロハの脳裏に忌まわしき記憶が蘇った。
……ドクン! ……ドクン!
(………あぁ!)
甘く穏やかな雰囲気。
優しく自分の髪を撫でる手。
そして、自分の首筋を撫でる爪。
ドクン! ドクン!
(……い…やだ……いやだ……)
イロハは首の傷が疼き、血が流れるのを感じた!
ドクン!ドクン!ドクン!ドクン!ドクン!
(いやだ……いやだ! やめろ! やめてくろっ!!)
(どうしたのだ?)
流石に珠妃もイロハの異変に気づく。
ドクンッッ!!!
抜かれた刃が珠妃の脇腹を捉えていた。
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