幽霊の掛け軸 下章 其ノニ


 日も顔を出しようやく空が明るくなった頃、佐夜香は輪宗寺りんそうじの石段の前に着いた。霧のせいで少し迷ってしまったが今は大分収まっている、今日も暑い一日となりそうだ。


(これが輪宗寺……立派な門構えですね)


 木々に囲まれた長い石段の上に赤い門。門の両脇には二対の仁王像、そして門番が立っていた。六つには少々早いがちょうど良い頃かもしれない、そう思いながら石段を上がり二人の門番に話しかけた。


「おはようございます。法願寺から至急の申し出が有り参りました。御住職にお会いできませんでしょうか?」


 門番の男らはお互い顔を見合わせて驚く、そして。


「お待ちしておりました、どうぞ奥へ」

「え? あ、ありがとうございます」


 快く通してくれた。

 何故か佐夜香がここへ来ることを知っていたかの様だ。


 門をくぐり寺の中へと通されると、すぐに吹き抜けの長い廊下へと出た。吹き抜けの向こうは中庭となっており、枯山水かれさんすいに松やけやきが植えられていて、まるで公家の屋敷の様である。藩主から如何に重要視されている寺かというのが手に取るように感じられた。


(二原以外で北部にこんなお寺があっただなんて。門の外から見た感じかなり強力な結界で守られている。例の幽霊の掛軸、相当大切な物なのでしょうね)


 やがて客間とおぼしき部屋へと通されここで待つように言われた。

 座布団が二枚用意されている、もう一枚に住職が座るのだろう。


 正面の床框とこがまち(掛軸などを飾る空間)を見ると水墨画が飾られていた。内容は判らないが山奥に住む老人のところへ客人が船に乗って尋ねるといった感じだろうか。友らしきその客人も出迎える老人も、背景が山奥なので仙人に見える。

 水墨画の前には淵の欠けた奇妙な形の壺が飾られていた。


(ここの住職も骨董が好きなのでしょうね)


 等と考えていると廊下からドタドタと複数の足音が。

 同時に声も聞こえてきた。


『先生!』

『先生、待ってください! せめてお名前だけでも!』


「あーうっさいうっさい! 名乗る名は無いってば!」


 足音は近くなり遂に佐夜香のいる部屋の近くまで来た。部屋は障子ががら空きだった為、その声の正体が目の前に現れる形となる。


 そして佐夜香と声の主は目が合った!


(女の人?)

「んあ?」


 歳の頃は佐夜香と大して変わらないように見える。黒く短いくせっ毛に修験者の様な服を着ていた。背中には何やら箱を背負っている。佐夜香に気がついたかと思うと、娘はずかずかと部屋へ入ってきた。


「…………ふ~~ん」

「え?」


 値踏みするかのように佐夜香をジロジロと眺め……


「…………はっ!」


 まるで見下すかの様な意地悪な笑みを作った。


「なっ、なな……!」


 初対面の者に意表を突かれ面食らっていると、同じように寺の僧侶たちが部屋へと入ってきた。


「先生!」

「先生!」

「あぁ! いいからもう、それより! そこの爺さん! ちゃんと約束守ってよ!」


 そう言い残して娘は部屋を出て行った。

 後を追う僧侶らに続いて寺の住職らしき僧侶が部屋へ入ってくる。


「……爺さんとは……あーお待たせした、法願寺の使いとは貴女かな?」

「あ、はい。法願寺から書を預かって参りました。そしてこちらは円山寺から、内は見ておりませんが内容は同じ筈です」

「拝見しましょう」


 正面に座り願書を読み始める。

 時折質問があったので佐夜香はその都度丁寧に答えた。


「……円山寺、最近よく名を耳にする寺だな。ふむ…成る程……。そしてこちらの書は哲寛が書いたのか……さぞかし大きくなったことだろうな」


 一通り目を通した住職は、桐の箱を佐夜香の前に差し出す。


「承った。ではこの絵を預けましょう。必ず今日中に返しに来なさい」

「あ、ありがとうございます!」


 何ということだろう、門外不出とされた筈の掛軸があっけなく借用できたのだ!

 急いで持っていこうとする佐夜香に住職は更に念を押す。


「よろしいかな? 如何な理由があっても、どんな形になろうとも、今日中にここへ返しに来るように。何かあれば寺一つ潰れて済む問題ではないこと、よくよく肝に銘じ下されよ」

「はい、命に替えても必ず今日中にお返しします!」

「頼みましたぞ」


 一礼すると佐夜香はしっかりと桐の箱を持ち、部屋を去った。

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