幽霊の掛け軸 中章 其ノ八


 いつの間にかさくらは小屋の屋根の上に腰を掛け、佐夜香に手を振っている。

 佐夜香は暫し呆れるも、高く飛ぶと同じように屋根へと上がった。


「まぁ身軽だこと! それにしてもこんな時間までお仕事なの?」


 そう言ってむね(屋根の一番高い所)をポンポンと叩く。

 こっちに来て座れと言うのだろう。


「貴女には聞きたいこと……!? この匂い!」


 さくらからツンと酒の匂いがした。


「匂い? あらやだ。さっきまでお友達とお店で飲んでいたのよ、戦勝祝いだとか何とか。小さい方の子はぐでんぐでんになっちゃってたけど大丈夫かしら」


 相変わらず不可解な事を言う女性である。お友達、と言うのは夕方一緒に居たと思われる妖怪のことだろう。しかしお店と言うのは一体何処の店のことだろう?


「それより歌の謎は解けたかしら?」

「やはり貴女は志乃さんのお知り合いだったのですね」

「ええ。貴女も志乃ちゃんも妖怪退治がお仕事だなんて、最近の子は随分とたくましいのね。素敵なことだわ」


 そう答えにっこり微笑むと真っ直ぐと前を見た。

 視線の先には例の桜が見える。



「こうして篝火かがりびと月明かりに照らされた桜も素敵ね。でもちょっと人が多いのと桜に雲が掛かってるのが残念かしら」

「あの雲の様な妖怪は一体何なのでしょう。突然この時期に咲いた桜と何か関係が? 一体何処から来たのでしょうか」

「どうかしらね」


 目線は動かさずさくらは答えた。


「……このお寺の桜はね、数十年周期で時期外れの花が咲くの。どうしてそうなるのかはわからないけど。今年の春はあまり花を付けなかった。もしかすると、と思ってはいたけどね」

「花に妖怪を呼び寄せるような力が?」


 佐夜香の問いに対し首を振った。


「呼び寄せられたのは妖だけかしら? ねぇさよちゃん、あの雲みたいな妖怪、どう感じる?」

「とても禍々まがまがしく感じます。怨念の塊の様に」

「私はまるで苦しんでるように見えるの。助けてくれーって」

「妖怪が、ですか?」


 言われて桜の上を漂う妖怪を見る。佐夜香には禍々しく、ふてぶてしく居座っている様にしか見えない。正直助けて欲しいのはこっちの方だ。


「そう、桜の花は色々な物をきつける。多分だけど、貴女には桜の花が別の色に見えるんじゃないかしら?」

「どうしてそれを?」


 はっとしてさくらを見る。

 見鬼の目を持っているのだろうか?!


「蛍火に忍ばぬ花を望むれば──。蛍は何処かへ行ってしまったけれど、まだ問題の解決は難しそうね。謎を解いたご褒美にお手伝いしてあげましょうか?」

「本当ですか?」


 部外者に話したり巻き込んだりするのはどうかと思ったが、今はわらにもすがりたい。志乃の知り合いということもあったのか、佐夜香は今までの事を全てさくらに打ち明けた。


「……掛軸、か」

「明日、日が桜の天辺に来るまでに持って来いと。残念ですが他に方法が……」


 佐夜香の話を聞き、暫く考えていたさくらだったが、


「…そうね、その手でいきましょう。今ならまだお店に居るかもしれない」


 何か思いついたのか立ち上がった。


「明六つ(午前六時頃)に輪宗寺を訪ねなさい。早く来すぎても遅れても駄目」

「どうしてです?」

「私も見てみたいの。その幽霊の掛軸をね」


 ふわりと小屋の屋根から舞い降りたさくらは、寺の塀を手で叩き始める。


「……あら、どこだったかしら……ああここね。じゃ、またね」


スゥー……


「えっ?!」


 まるで壁に吸い込まれるように消えてしまった!


(やっぱりあの人、人間じゃなかった! でも一体どうして?!)


 屋根から降り塀を調べるも暗くてよく判らない。

 塀は一見何事もなくどっしりとしている。


(怨念の有無に関わらず、人外が結界を超えることなど出来ないはずなのに……。まだまだ妖怪対策には研究が必要ですね。……それにしても何者だったのでしょうか。志乃さんのお知り合い……不思議な人)


 そう考えながら小屋に入り床についた。

 幸い小屋に人が入り込んだりした形跡は無かった。



星ノ巫女 ─幽霊の掛け軸 中章─  下章へ続く

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