妖鬼討伐演舞祭の章 其ノ六
勝負が終わった
(……やはり真に心得のある者は少ないようですね。先程の僧侶はその中でも強い方だったのでしょうか。次の相手は噂の巫女、果たして……)
考え事をしながら待機場へ入ろうとした時、前にいた少女と目が合う。紛れも無くそれは次の準決勝相手、星ノ宮神社の志乃だったのだ。
志乃の方は、思わず何食わぬ顔で知らぬ素振りを決め込もうとする。だが佐夜香はそんな志乃に気が付き微笑むと、話をしようと近づいて行った。
「星ノ宮の志乃さんでしたね。私は次の試合、貴女のお相手をする
「え…えぇ。はぁ……」
突然話しかけられ驚く志乃。普段イロハ以外は年寄りとばかり話をしていた志乃は、どう反応していいか困惑する。見るからに良家育ちのお嬢様、といった雰囲気のある佐夜香に「住んでいる世界の違う人間だ」と、警戒してしまってもいた。
「私、嬉しいんです。他の出場者に歳の近い方がいないので……」
「そ、そうみたい……ね。私も歳の離れた人ばかりと思っていたから……」
「箱の中身を知る術は習得するのに時間を要しますから。貴女も相当修行を積まれたのでしょう?」
「え? ……ええ、まぁ……。でも種明かしはしないわよ」
冗談めいた言葉が慌てた志乃の口から飛び出し、佐夜香は口元に手を当てころころと笑い始める。その手に無数の
(この人! 資質も高そうだけど、それ以上の努力をしているんだわ! きっと並大抵の……いえ、それこそ命を削るほどの修練を……!)
「次の試合、互いに正々堂々、実力を出し切りましょうね」
「ええ、是非」
佐夜香は微笑むと待機場を出て行った。
(……何故かしら。わからないけど、あの人には負けられない気がする)
勝敗のことを全く気にしていなかったのだが、次に戦う佐夜香と話した途端、急にやる気がこみ上げてきた。資質のみで妖怪と渡り合ってきた自分が、資質と努力を併せ持つ少女を目の前にし、どちらが強いか知りたくなってきたのだ。
歳が近い人間がいて嬉しいと言った、もしかすると本当に佐夜香も自分と同じような環境の元で育ってきたのかもしれない。そう考えると親近感が沸いてきたのだ。
(嬉しい、か……私も嬉しい……かな)
もし試合が終わったら、勝敗に関わらず友人になれないだろうか。同じ年頃で似た職種の友人。例え毎日会えずとも、何処かで自分と同じように戦っている友がいると思えるだけでも心強い。今まで人間に友と呼べる者がいなかったため、ふとそんなことを考えていた。
『おう、志乃。ちょっと来いや』
見ると待機場の入り口で手招きをしている者が居た、典甚だった。
「典爺! どうしたの? イロハ置いてきちゃって大丈夫?!」
典甚は志乃をそのまま人気の無い場所まで連れて行き、はっきりと
「志乃、悪いことは言わん。次の試合は黙って負けてくれ」
一瞬志乃は耳を疑う。
「……え。……何よ
「お前は知らなくていい。ただ次の相手に勝っちまうと、ちと厄介なんだ。負けても誰もお前を
「冗談じゃないわ! 何よそれ!出ろって言っておいて今度は負けろとか、あまりに勝手よ!」
気が付けば大声を上げていた。
つい先程、佐夜香と正々堂々勝負すると誓い合ったばかりではないか! 駆け出そうとした矢先に足を掛けられ、地面に叩きつけられた様な衝撃を受けた志乃。突然の理不尽な言葉に怒りを
一方、あっさり話がつくと思っていた典甚は、志乃の態度に驚き目を丸くする。
「こいつを見ろ! これでもそう言えんのか!?」
──次ノ勝負デ 八潮ノ巫女二負ケサセロ 従ワネバ 皆殺ス
四半刻前、小幡の宮司を狙いこの紙のついた手裏剣が投げられてきたらしい。幸い小幡に怪我は無かった。当然こんなことは公にはできないが、だからといって無視もできない。何故ならば演舞祭を観戦しに来た者の中にはお忍びで大名や藩主の親族、寺社関係者の中に高名な人物が多数いたからだ。それがケノ国の外からもだ。
何より大勢の人間が集まったこの祭りの席、中止にすることも大惨事を引き起こすことも絶対に避けたかった。
「……嫌よ、わざと負けるなんてできないわ! それに典爺も言ったじゃない! お前の好きなようにやれって!」
(おいおい!? 全然やる気ねぇと思ってたのが何だこの様は!?)
典甚は今までに無かった志乃の態度に内心飛び上がるほど驚いた。普段世話になっている小幡が危険な目に遭ったのだ、志乃も自分がどうするべきかは理解している筈である。余程の事情があったのだろうと典甚は
「いいか志乃、よく聞け。何でそんなにやる気になったのかは知らねぇが、元々お前は何の為にここさ来た? 仕事の為だ、違うか?」
「…………」
「演舞祭に出るっつうお前の仕事はここで終わったんだ。次の試合はばれねぇようにうまく負けろ、いいな?」
「……話はそれだけね」
志乃はくるりと向きを変え、次に自分が待機する西の方へ歩いていった。
(許せ、志乃……! くそったれが! 一体誰がこんな真似を!)
考えられる犯人は次の勝負相手の芳賀家に他ならないだろう。だがこんな大それた真似を田舎の小さな社相手にするだろうか。万が一犯人が見つかり、足がつけば苦しいのは芳賀家の筈だ。
典甚は眉間にしわを寄せて志乃を見送ると、辺りに犯人が潜んではいないかと探しながら観客席へと戻って行った。
「典爺遅い! どこさ行ってただ!」
典甚が客席に戻るとイロハが待ちくたびれて怒っていた。
「おぅおぅ、済まん済まん。
旨そうな
「志乃のとこ行ってきたんけ? どうだった?」
「んん。元気だったぞ、あり得んくらいにな」
「?」
苦笑いする典甚を不思議そうに見るイロハ。典甚はその場にどっかりと腰を下ろすと、渋い顔をして次の試合を待った。
(志乃、
観客席がざわつき始めた、いよいよ準決勝が始まる……。
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