まほろばのトラの章 其ノ十


 皆が志乃を庇うように立ち塞がると、化け物は腕を伸ばし捕まえようとする!


「志乃を守れ!!」

「このぉ!!!」


 伸ばした腕をイロハが刀で受ける!


「今だ! かかれ!!」


 小太郎の号令で一斉に化け物へと飛びつき引っかく。化け物はそれを五月蝿そうに身を震わせ跳ね除ける。


「こいつさっきより硬ぇ!!」

「どけぇぇぇ!!!」


 邪々虎が体当たりをかます!


ドン!


 化け物は少しぐらついただけで、邪々虎を掴むと恐ろしい力で投げ飛ばした!


「うぉぉ!!」


ドサ──ッ!!


「親分が! ……何て野郎だ!」


 尚も立ち向かっていく猫達、しかし化け物に振り払われてしまう。志乃の傍にいたイロハが一瞬の隙を突き、化け物に居合い切りを食らわせた!


ガキン!


「刀が通じない?!」


 斬りつけたイロハに化け物が腕を伸ばす!

 それを跳躍ちょうやくでかわし、化け物を袈裟けさ切りにする!


ズブッ!


 今度は斬りつけた刀が化け物の体を通し抜けなくなった!

 化け物は待っていたとばかりに片手でイロハの頭を掴む!


「うわっ!!」


「イロハ!!」

「お嬢!!」


 イロハを助けようと猫達が飛びかかろうとしたその瞬間!


ゴォォォォォォォ───────!!


『うわぁぁぁ!!』


 化け物が口の様な穴から炎を噴出した!


 炎は化け物とうずくまっている志乃を囲み火柱を上げる。雨がいつの間にか強さを増していたが、油を注がれたが如く消えることを知らない。化け物は軽々とイロハを持ち上げると志乃と見比べるように光る眼を動かし、何か思いついた様に目を細めた。


「ぐぐ、放せ! 志乃、志乃ー!!」


──ヨルナ コイツコロス


 掴んだイロハを高々と見せつけ、炎を飛び越えても助けようとする猫達に化け物は恐ろしい声で制した。


「ふざけるな!! この野郎!!!」


 化け物はもう片方の手で志乃を掴もうと腕を伸ばす。


「やめろ! 志乃! 逃げろ! 志乃────!!」



シュン!!


「キャァァァァァああァァァア゜ぁぁあ────!!!!」


 一瞬の出来事であった! 光の線の様なものが飛んできて志乃を狙っていた化け物の腕を切り落とした! 切り落とされた腕と肩口から火が燃え上がる! 突然のことに化け物は掴んでいたイロハを手放した!

 その時、志乃の頭の中で音が聞こえた。まるで大量の水が流れ波をつくる様なザァァーっという音。そして徐々に頭痛が消えていくのを感じる。いや、それどころか頭の中の闇が払われるかの様に晴れ渡っていくのを感じた。


「……はっ!」

「志乃! 大丈夫か?!」


 化け物から開放されたイロハが駆け寄り、志乃を抱き起こす。


「イロハ!」


「ギャァあぁぁあアアアアアァァァーー!!!」


 肩口から火柱を上げ苦しそうに巨体を左右に振る化け物!


ドサッ!

ガサガサガサッ!


 何と化け物は地に伏したかと思うと、巨体から何本も足を生やし蟲のように駆け出した!


「逃げるわ! 追うわよ!!」


 しかし恐ろしい速さで駆け出す化け物、とても追いつけない!


「ワシの背に乗れ!」


 志乃は邪々虎の背に飛び乗ると化け物を追う! イロハと猫達も続いた!


「どこへ向かってるのかしら?!」

「このままいくと川に出る! あの御前岩の辺りだ!」

「やっぱり! 身体に付いた火を消そうとしてるんだわ!」

「どうすんだ!? あいつは硬さを変えられるみたいで刀じゃ無理だ!!」


 志乃は考えた。志乃は、どういうわけか自分の心が霧の晴れた高原のように澄み渡っているのがわかった。……今の自分ならどんな相手でも戦える気がする!


(あいつには刀が通用しないほど硬い、けど火はついてる!……そうか! 硬さを変えられるのは、もしかしたら身体の表面だけ!!)


 ふと空を見上げる志乃。

 雨が降っていて、時折雲間が光って見えた。


(!! 使える!)


 志乃は手にしていた錫杖を掲げた!


「トラ! 出来るだけあいつに近づいて! 合図したら伏せて耳を塞いで!」

「うむ!」

「またか?!」


 志乃は分解した錫杖を振り回すと化け物目掛けて投げつけた!

 投げた錫杖の先は鋼の綱を延ばし飛んでいき、化け物の足に絡まった!


「今よ! 伏せて!!」


 一同が走るのを止め地に伏せる!

 どんどん延びる鋼の綱!

 志乃は手元に残った方を天に向かって投げつけた!

 投げた錫杖は天へ向かって高く飛び、鋼の綱が延びきるとピタリと止まる!


天神招雷てんじんしょうらい!!』



ズダァァ────────────────ン!!!!!!!



 雷が落ち綱を伝って化け物に届くと、化け物は勢いよく燃え上がった!



「ヒギァァアアァアァ!!!!!」


 化け物は川の崖手前で燃え上がる!


「今だ!!!」

「親分?!」


 邪々虎が化け物目掛けて走っていく!


「皆の者! さらばだ!!」

「トラ?!」


 邪々虎は化け物に捨て身の体当たりを喰らわすと崖の下へ落ちていった。


「トラ───────!!!」


 志乃が崖から身を乗り出し川を見下ろす。


「姉さん危ねぇ! 落っこっちまう!」


 慌てて八兵衛が志乃の袴のすそに噛み付く。皆が川を崖から覗き込むと川から燃え上がる火が見えた。川の中央は中州なかすになっており、恐らく化け物はそこへ叩きつけられたのだろう。潰れた黒い塊は勢いよく燃え上がり、ピクリともしなかった。


「トラがいない!」

「親分は奴らがが現れてからずっと、向こうの山からこっちを見ていたんだ。だから増水してもここの川の中州が消えないことを知っていたんだ……」

「で、でも親分は? まさか落ちた後、流されちまったのか……?」


 八兵衛が言うように崖の上から川の中州までは、とても無事に着地できる高さではない。足元の御前岩に引っかかってるのでは、とも考えたがその姿は無かった。


「馬鹿野郎っ!! 那珂の邪々虎が死ぬ訳が無ぇ!! 下に降りて探すぞ!! 見つかるまで探せ!!」


 烈風が川の方まで走っていった。それに皆が続く。


「親分!! 返事してくだせぇー!! 親分ー!!」


 ……返事は無い。空しくも雨で増水した川が轟々と音を立てて流れているのが見えるだけだった。やはり下流へ流されてしまったのだろうか。


「あ────!! 親分だ!!」

「!!」

「何ぃ?! どこだ?!」

「あ! あの岩のとこ! 下の方!!」


 志乃がイロハの指差した方へ光の玉を飛ばした。そこには川に流されまいと必死になっている邪々虎の姿が! この急流の中、御魔羅様にしがみ付いていたのだ!


「がんばって! 今助けるから!」


 志乃は錫杖の先をさやに収め、投げ縄を作り御魔羅様目掛けて投げた。するとうまく岩に絡まり、気が付いた邪々虎は縄を体にかける。


「よし! みんなで引っ張るぞ!」


 猫達は錫杖の縄に噛み付き、皆で邪々虎が川に流されないように引っ張る。


『よーいせ!よーいせ!』


 川の流れに任せ、何とか邪々虎を引き寄せることが出来た。岸に着いた邪々虎は奇跡的にもかすり傷で済んでいた。身を起こしブルンと震えて水を払う邪々虎。


「うわーん! よかったぁ!!」


 無事とわかったイロハが真っ先に邪々虎に抱きついた。


「トラ! 怪我はない? 大丈夫?」

「親分!」

「よくご無事で!」

「へへっ! 流石は邪々虎の親分だ!」


 皆が無事を確認すると邪々虎は口を開く。


「化け物はどうなった?」

「大丈夫、あの通り中州に叩きつけられてぺしゃんこよ。……それよりなんであんな危険な真似したのよ!『さらばだ!』って何よ!」

「うわーん! そうだよ! 死んじゃったかと思ったよ!!」


 皆が邪々虎に詰め寄る。志乃は怒った顔をしていたものの目頭に涙を溜めていた。

 すると邪々虎は決まりが悪そうな顔で辺りを見回す。


「……また死に場所を得られんかった。我ながら憎らしいほど頑丈な体だ」

「馬鹿! 勝手ばっかり言ってると今度は貴方を退治するからね!」


 冗談を言う邪々虎に志乃が掴みかかる。


『はっはっはっはっはっは!!』


 何時しか雨が止み、代わりに猫達の笑い声が木霊するのであった。


…………


「もう出発するのか?」

「うん。今日までって言って来たし、早く帰らないとね」


 次の日の昼、志乃は那珂の里を後にする準備をしていた。あの後化け物が動かなくなったことを確認すると、猫達は仲間の亡骸を土に埋める為残った。手伝おうかと思ったが邪々虎に『手を借りぬのが猫の誇りでもある』と諭された。

 志乃達が人里に戻った頃は明け方近くで、入り口に何人もの武僧兵が立っていた。恐らく昨日の女将が地頭に連絡したのだろう。

 志乃は地頭に事変が解決したことを報告すると、集落の長らしき人物から何かを渡された。それは先代星ノ宮の巫女に本来渡すべきだった報酬の一部だという。当時、壊された里を修繕するのに必要で十分な額が渡せなかったらしい。


 志乃は少し考えると受け取るのを断り、代わりにいくつかの約束を取り付けた。


 街道を整備し、妖怪や山賊の被害に遭い難いようにすること。

 猫に子供が生まれたら出来るだけ川に流さず飼い手を捜すこと。

 貰い手には猫の好物を一緒に渡すことを村の慣習とさせること。


 志乃が取り付けたこれらの約束事は、数百年の後まで伝えられることとなる。

 宿を後にし、那珂川橋のところまで来るとイロハは名残惜しそうに振り返った。


「皆と暫くお別れかぁ……」

あわただしかったけど御前岩も見れたし、また暇が出来たら会いに来ましょ」

「うん……あ! 志乃! あれ見て!!」


 イロハが指差した崖の方、そこには沢山の猫がいてこちらを見ていたのだ。きっと二人の見送りに来たのだろう。英雄を送り出す猫達は二人に敬意を払うかの様に、一匹一匹行儀よく座っていた。そんな猫達にイロハは声をあげて大手を振った。


「また来っかんな──! きっとだぞ──!!」

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