まほろばのトラの章 其ノ九


 木々の隙間から月が照らし、声の主を映し出す。黒い毛の混じった白髪、白い衣に握られた小太刀。襲ってきた妖怪同様に赤く目が染まっている。


 紛れもなく現れたのは蒼牙の娘、水倉イロハであった。


「次はお前らだ!!」


 妖怪の群れに切っ先を向けると今、まさに飛び掛らんとする。


「いかん!! 下がれイロハ!!」


シュッ!


「危ない!」


 小太郎は邪々虎目掛けて飛んできた物を歯で受け止めた!


「矢かっ!」


 それを皮切りにイロハと猫達目掛けて次々と矢が撃ち込まれる!


「ぎゃぁ!」

「一旦下がれ!!!」


 慌てて隊を後ろに引かせる! しかしイロハと分断されてしまった!


「イロハッ! 逃げろ!!」


 イロハは逃げない。幾本もの矢を切り抜け、様子を伺いつつ迫ってきた妖怪たちへと走っていく。

 誰もイロハを止められない。妖怪の群れと一体になる様に踏み込み。最前列が一瞬でその場に倒れた。


「疾えぇっ!」

「ここはオラ一人で何とかする! お前らは後ろの奴らを!」

「承知っ!」


 烈風らはイロハに促され反転するとジクザグに矢が飛んでくる方向へ走り出す。


「小太郎! 挟み撃ちだ!」

「矢に当たらない自信がある奴はついて来い!!」


 木を盾に矢が飛んでくる方向へ走り出した!


「何故だ……。何故イロハが……!」


 狼狽うろたえる邪々虎、そこに一匹の猫が歩み寄った。


「……親分、あっしが呼びました」

「ハチ!! お前、自分が何を仕出かしたかわかっているのか?!」


 邪々虎は八兵衛を掴み、鬼の形相で睨み付ける。


「ぐ…す、すいやせん……!」


 八兵衛が地面に叩きつけられるのを覚悟したその時!


『私が連れて来たのよ、文句ある?』


 皆が驚き上を向くと、そこには輝く光の玉があった!


「この声は志乃! 志乃なのか?!」

「志乃遅いぞー!」


 山林の高い場所、里猫本隊の後方から更に大きな光の塊が現れる。光は四散し、山林上空へ飛び散ると辺りを明るく照らし始めた。眩さに目が眩む猫と妖怪達!


『イロハ下がって頂戴! こいつらまとめてやっつける! そこにいる全員耳を塞いで伏せなさい!』


「うわ、あれやるのか! みんな耳塞げー!」


 妖怪と戦っていたイロハは刀を収め、頭を抱えるようにして四つある耳全て塞ぎながら後退する。他の猫達も急いで隠れ、その場に伏せると耳を塞いだ。


ピ───────────────……


バサバサバサバサ!!

ギャァギャァギャァ!!


 山林の木に死体目当てで止まっていた烏が、鳴き声を上げ去っていく。


(何だ?!)

(この音は一体?!)

(ぐぅぅ! ……頭が割れそうだっ!)

(うぅ…)


 山林にとてつもない超高音が鳴り響く。笛のようなその音は普通の人間には聴くことは出来ない。しかし妖怪や獣の類には頭をつんざく様に聞こえ、その場にうずくまるしか無くなるのだ!

 邪々虎らの後方、光の玉のあった辺りから志乃が現れた。錫杖をまるで横笛の様に吹き、そのまま下に降りてくる。


ピ──────────────……


『ぎゃぁぁぁぁぁあ!!!!』

『ぐぅうぅぅぁああ!!!!』


 頭を抱えに逃げ惑う妖怪達。錫杖に仕込まれた笛は強力かつ広域に効果がある。イロハまで巻き込んでしまう為、今まで使用を控えていた技であった。


 志乃は山林の一番低い位置、妖怪第二波と弓隊の間まで来ると笛の音を止めた。


『秘刀・疾風刃しっぷうじん


 志乃が錫杖を振り回すと第二波へかまいたちが襲う!


『ぎゃぁぁぁぁっ!』


「今よ! 追撃して!!」

『うぉぉぉぉぉぉ!!!!』


 耳を押さえ伏せていた猫達が一斉に起き上がり、妖怪二集団に襲い掛かる。隠れていた弓持ちも光の玉に照らされて露呈している。

 襲い掛かられた方は堪らない。一気に総崩れとなり、生き残った妖怪も散り散りに逃げていく!


 妖怪達が去ると間もなく空は曇り、雨が降ってきた。


「降ってきちゃったわね、傘持ってこなかったわ」

「よし、やったべ!」

「志乃! イロハッ!」


 志乃に二人が駆け寄った。

 他の猫達も妖怪が戻ってこないのを確認すると集まって来る。


「何故ここに来た? あれほど約束したではないか!」

「ええ、約束したわよ。『まずくなったら手を出す』ってね」


 怒りを露にする邪々虎に、志乃は涼しい顔で答える。


「それは…!」

「それにもし、イロハを除け者にしてたら私がああなってたかもね」


 志乃は地面に落ちている真っ二つになった妖怪を指した。


「んだんだ。だからハチも許してやっとこれ」

「それとこれとは話が別だ!」


 邪々虎はキッと八兵衛を睨みつける。


「親分、もう勘弁してくださいよぉ」

『あっはっはっは!』


「ま、お説教は妖怪を全部倒してからにしましょ」


 志乃は後ろを振り返ると錫杖を構えた。

 はっとする一同。


 志乃が振り返った方向には今まで何処に隠れていたのか、あの小さな黒い妖怪達がいた。大小まばらな大きさとなった妖怪は、集まりモゾモゾとうごめいている。


「奴らまだいたのか!」

「みんな気をつけろ! あいつら口ん中に入れたら腹綿食い破られるぞ!」


 一同が警戒し身を構える。黒い妖怪達は次第に動きが激しくなった。

 そしてそれらが一匹に集まるとお互い絡み合い、一体の大きな塊となる!


「なんだあ?!」


 大きくなった黒い塊は長く縦に伸びると、光る眼と長い腕を二本生やす!!


「…! 来るわよ!!」


 しかし化け物は襲ってこない。光る眼を志乃に向け、じっと突っ立っている。


(仕掛けてこない?! 何を狙っているの?!)


 するとここへ来る途中受けたあの視線の気配!


(! ……何? 何なの?!)


 慌てて辺りを見回す志乃、しかしイロハと猫達以外に何もいない。


「志乃?」


キ──────ン…………


「?!」


 志乃の頭の中に音が響き、鋭い痛みが襲ってきた。

 堪らず頭を抱える志乃。


「……っ!!」

「志乃!? どうした?!」


 そして志乃の頭の中に雑音の混じった声の様なものが響いてきた。


(ワ………ア…………ナ……ジ……デモ……タ……ガゥ………モ………タ……ワ………ト……二…………)


 地の底から這い出てくるような、恐ろしい声とも音ともつかない何か。

 冷や汗と降り落ちた雨が混ざり、志乃の頬を伝う。


(オマエガニクイ…オマエハミニクイ……ミニクキモノ、ミニクキモノノクセニ)


「止めてっ!! 嫌ぁ!!!」


 頭を抱えその場にうずくまる志乃。

 一同が志乃を庇う様に化け物へと立ちはだかった!

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