人攫い事変の章 其ノ九
燃え盛る炎の中、イロハとミチの間に入り刀を止めた怪鳥は、その大きな身体を羽ばたくことなく宙に留めていた。そして恐ろしい力でイロハの刀を掴み持ち上げていたのだ。
「こいつめ! はなせぇ!」
刀を掴んだままじたばたするイロハを怪鳥は勢いよくぶん投げた。イロハはくるりと一回転し、
改めて現れた怪鳥を見ると大きく黒いミミズクのような姿をしていた。何色にも光って見えるその大きな目玉は不気味さを極めている。
「お前は
大陸の妖怪『姑獲鳥』。人の子を攫ったり病気にさせ死をもたらすと言われている怪鳥である。志乃は妖怪の記録書を読んで存在を知ってはいた。
しかし何故大陸の妖怪がこんな場所にいるのだろうか?
「耳の痛い話だ。刃を収めてくれ、もう不要な争いを避けたい。攫った子も返そう」
「何を今更……え?」
「嘘こいてんじゃなかんべな!?」
「嘘は言わぬ。…ミチ、身体を
「お前がそう言うなら何も言うまい。身体は大丈夫だ、久しくよい運動になった」
ミチは大木から生えていた身体を、再び木の幹に沈めた。
「世話になったなミチ……。二人ともそこにいると濡れるぞ。攫った子はこの奥だ」
姑獲鳥は羽ばたくと向きを変え、更に奥へと二人を誘う。思わず顔を見合わせていた志乃とイロハだが、このまま姑獲鳥の言う通りついていくことにした。
進むごとに暗く、小道の脇に生えている木が複雑に絡み合う。
この先にあるのは果たして桃源郷か地獄か……。
ゴゴゴ……
「何の音?!」
低い地鳴りのような音がして立ち止まる二人。そして後ろから「ザァァァァァー!」という水の落ちる様な、けたたましい音がした。
「さっきんとこだけ雨降ってら!」
「火を消す為、外の水を吸い上げて木の枝から
器用なことするなぁと感心する二人だが置いて行かれるといけない。気にせず先に進むことにした。どんどん進むと回りが見えなくなる程暗くなっていったが、小道の先が光を放っているのが見えた。やがて森を抜けると青白く光る開けた場所に出る。
「こんな場所が…!」
「うわぁ……!」
木々に囲まれたこの場所は、空間の最深部といったところか。辺りはどこかしこも青白く、蛍のような光が飛んでいる。広場の中央には今までに無い巨大な木が
「この中に子供がいる。この瓜の中は母親の
ひとつひとつ瓜を確かめるように宙を舞う姑獲鳥。時折、何か瓜に話しかける様な仕草を見せるが何と言っているのかはわからなかった。
「ほんとに返してくれんだべな?」
「無論だ」
「…今一度問うわ。なぜ里の子を攫ったの?」
まだ姑獲鳥への疑いは晴れない、相手は強力な妖怪なのだ。
姑獲鳥は瓜から離れ、志乃たちの前に下りてきて語り始めた。
「この辺りの集落は他所とは違い、
「なら、どうして!?」
「噂でもいい。『日ノ本に訪れる災い』について聞いたことは無いか?」
「知らないわ。それが何の関係があるの?」
「…知らぬか。妖怪の間ではかなり昔から知れ渡っている話だ。今は流言だと考えている者も多いがそれは必ず来ると私は思う。それも近いうちにだ」
姑獲鳥は神妙に目を細め、続ける。
「ケノ国の妖怪の動きが慌しくなってるとは思わぬか? 近隣の山々では強力な妖怪が現れて陣取り城を築き上げていたのを、お前たち人間もよく知っているはずだ」
「妖怪が災いに備える為にそうしている、そう考えているのね」
姑獲鳥は頷いた。
「直接聞いたわけでないから確証は無い。災いか、妖怪の襲来か、いずれにしろ里に危険が及ぶのは明らか! だからと言って私に里の人間全てを救うことなど、とてもじゃないが難しい」
「だから里の子供を攫ったんか!」
「子供だけでも助かれば人里はまた蘇る。災いが過ぎればまた外へ戻すつもりだった」
「そうだったのかぁ」
納得してしまっているイロハに対し、志乃が前に出た。
「……随分と身勝手な話ね。憶測で事を運んだにしか聞こえない。お前は過ちを犯してしまった。もう人攫いの罪は消えない……!」
シャン!
志乃は静かに怒り錫杖を鳴らした。
キエェェェー!
反応し威嚇すると、姑獲鳥は羽ばたき舞い上がる。
はっとして刀を構えるイロハ。
所詮は人間と妖怪、戦いは避けられないのか──。
「お前たち人間にはわからない! 今度は私にその力見せてみるがいい! 私を倒し、里に子を帰して見せろ!」
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