116(-X).END:EXTERMINATION[NEW GAME]


 月がきらめく。

 夜の街に風が吹く。

 あたしたち以外誰もいなくなった世界で、最後の戦いが始まった。




 ルナがその小さな手を軽く振り上げる。すると大地が次々に剣山のごとく隆起しあたしたちへと迫る。

 まずは近づかなければ始まらない。


「切り抜けよう、紅音ちゃん!」


「ええ!」


 大地の槍を大鎌と剣が切り刻み、女神のもとへと駆け抜ける。

 それを見たルナは地面に降り、足で地面を踏みつける。それに呼応したように漆黒の雲が空に出現。強烈な雷が放たれる。

 

(速い――けど)


 横に飛んで雷撃を回避。返す刀で大鎌で斬撃を飛ばし黒雲を両断する。

 まだ、奴との距離は開いたままだ。

 

 ルナは不愉快そうに少しだけ眉を動かしたかと思うと、右手を握り突き出す。すると巨大な拳をかたどった炎が射出された。すかさず前に出たお姉ちゃんが剣で受け止める。


「くうっ……!」


「お姉ちゃん!」


「前へ!」


 その言葉に、迷わず一歩。

 敵の攻撃は強力だ。大した予備動作もなく、必殺級の威力を放ってくる。しかし対応は可能だ。ここまでの戦いを経てきたあたしたちなら、絶対に負けない。


「もういいからそろそろ死んでくれ!」


 募る苛立ちに、ついにルナが口を開く。

 手を空へ掲げたかと思うと、巨大な剣を生み出した。


「これ……!」


 見たことがある。

 ルナが人類の前に姿を現したあの日。デモンストレーションとして海を割った、あの巨剣だ。

 途方もない超常の力。人類がいくら努力してもたどり着けない極地。その象徴がこれだ。

 あたしたち人類が明確に絶望した時があるとしたら、きっとあの時なのだろう。


 だが今は違う。

 太刀打ちできる力が今のあたしたちにはある。


 これはあいつに与えられた力でしかない。

 でも、ずっとあたしと一緒に戦ってくれた武器だ。他ならぬあたしをずっと守ってくれていたものだ。友人と両親が死んだあの日から、ずっとあたしに寄り添ってくれていたものだ。


 巨剣が、透明な手に操られているかのように、ひとりでに振り下ろされる。

 あんなものがまともに炸裂すれば、最悪この国が真っ二つになってしまうだろう。


「行こう、お姉ちゃん!」


「……ええ!」


 親指を噛み、滲む血を大鎌に捧げ出力を上げる。

 両脚に力をこめ、一気に跳びあがる。目指すはあの巨剣だ。


 お姉ちゃんと視線を合わせ頷きあう。

 タイミング。コンビネーション。全てを一致させる。

 

 それは一瞬の出来事。

 瞬く間に放たれた無数の斬閃が、絶望の象徴を微塵と変えた。

 巨剣を切り刻んだあたしたちは数秒の自由落下の後、着地する。それとともに無数の剣の破片があたりに降り注ぎあたりを破壊していった。もう気にする必要はない。誰もいない街だから。

 破片はあたしたちの身体も裂き、あちこちから血が流れだす。


「ぜえ……ぜえ……」


 しかし全力で異能スキルを稼働させた反動は大きかった。疲労が身体の自由を奪う。ふらつく足元が頼りなくて仕方ない。


「だ……大丈夫、紅音ちゃん……」


「上々よ……!」


 だが戦う意志は萎えていない。

 まだあたしは、あいつに一太刀だって浴びせてない。


 ルナは――白い少女は、なぜか少し、表情が柔らかくなったように見えた。

 どうしてだろうか。何が彼女にそうさせるのだろうか。


「よくここまで強くなったね。わたしが与えた力とは言え、素晴らしい成長度だ」


「余裕ぶってんじゃないわよ……! すぐにその首落としてあげるから!」


 ルナは残念そうに首を横に振る。

 言外に、そうはならないと言っているかのようだった。


「わたしもね、負けるわけにはいかないんだよ。そういうモノだからね。それに――これが本気だと思われたら心外だな」


 ぱちん、と指を鳴らす。

 その瞬間――あたしたちを取り囲むように、無数の氷柱が出現した。


「ちなみにこれでもまだ全霊じゃないよ。わたしの権能ちからは君たちの想像の範疇にはない」


 氷柱は、ぴたりとその切っ先をあたしたちに向けている。たった1cm動くだけで突き刺さるほどの近距離。しかもこれが、ルナの意志ひとつで自在に動くのだ。

 もうあたしたちの命はあいつの手のひらの上にある。

 頬から流れた汗が地面に落ち、一瞬で凍り付いた。氷柱から発せられる冷気が一帯を支配しているのだ。


「く、そ……!」


 これで終わりなのか。

 死ぬ思いで戦って、いろんな人を犠牲にして、あとが無くなってからやっとここまでたどり着いて。

 もう意味がなくともみんなのために戦うと決めて、それでもまた誰かが死んで――それなのに、届かないのか。

 回避はできない。それほどの密度で氷柱は配置されている。そして迎撃もできない。鎌ひとつで蹴散らせる数ではない。気合でどうにかなる領域を超えている。


「じゃあもう終わりにしようか。わたしもそろそろ……疲れたよ」


 ぱちん、と再度鳴らされた指。

 氷柱が放たれる。もうどうしようもない――そう諦めて目を閉じる。

 その時だった。


「――――紅音ちゃん……!」 


 声が聞こえた。目を開ける。

 横にいたお姉ちゃんが、氷柱が動き出す直前――あたしに跳びつき上から包むように覆いかぶさった。

 まるで、盾になるように。


「…………!?」


 直後、氷柱が殺到する。

 お姉ちゃんの背中に氷柱が刺さるたびに嫌な音がした。だがお姉ちゃんは少しも声を発さなかった。

 あの時と同じ。リーダーがあたしを庇い、そして――――


「おねえ、ちゃん」


 攻撃は終わった。

 全ての音が逃げ去ったように、どこまでも静寂が横たわる。

 あたしの呼びかけに応じる声はない。

 ただ、温もりだけがあたしを包み込んでいた。ずっと守ってくれたお姉ちゃんの温度。

 ぴちゃ、と手が濡れる感触がした。おそるおそる見てみると、それは真っ赤な血で。


 ずるり、とお姉ちゃんの身体から力が抜け地面に倒れた。


「……あ……紅音ちゃん……」


「お姉ちゃん!?」


 全身から流れる血が、明確な死の気配をあたしに感じさせた。

 もう助からない。こんな状態の人間を、あたしは何度も見てきた。


「ごめんね……最後まで一緒にいられなくて……」


「なんで庇ったりなんか……!」


「ふふ、だってお姉ちゃんですもの……守るよ」


 お姉ちゃんは、笑顔だった。

 今にも死にそうなくらいに顔色が悪いくせに、それでも笑っている。


「嫌よ……ひとりにしないで……」


「ひとりじゃないよ……ずっと一緒だから。死んだって変わらない。紅音ちゃんが覚えてる限り、私たちはずっといる。リーダーも、みんなも、あなたのそばについてる、だから……」


 瞳から光が消えていく。

 目蓋が少しずつ閉じられていく。最期の時が近い。


「だい、じょう、ぶ…………」


 最後にそう言い残し、お姉ちゃんは息を引き取った。

 本当に、リーダーとよく似ている。正反対みたいな顔しておいて、根っこは同じだったということだ。

 誰かのために自分の身を投げ出す。自己犠牲が尊いとはあたしは思わない。

 でも。


 あたしは確かに、そんな二人に憧れていた。

 そうありたいと願っていた。


 近くで、誰かが息を飲む気配。


「……もうやめよう。おとなしくわたしに殺されてくれ、最後の人類」


「そうはいかないわ。だってあたしは、あんたのことが殺したいほど憎いんだもの」


 大鎌を構える。

 ひとつ、深呼吸をした。


女神わたしが配った力はわたしに敵うことは絶対に無い! そう設定したんだ! それでも勝てるなんて思ってるの!?」


「……思ってるわよ」


 お姉ちゃんが流した血が吸い込まれていく。

 今までに無い力がみなぎるのを感じた。


「ひとり分吸い上げたところで……」


「ひとりじゃないッ!」


 この戦いで死んだバックアップ役の彼ら。

 今までの戦いで死んでいった仲間たち。

 あたしを庇って死んだリーダー。

 それだけじゃない。

 ルナが現れてから死んでいったすべての人たち。

 それらの力があたしに収束していく。


 これまで人類が歩んできた道があたしの力になる。


 これは、ただ単に血を吸って強くなる力ではない。それはただの媒介でしかない。

 この異能スキルは、人の死という概念自体を力に変える異能スキルだった。

 そして、今この瞬間あたしが力に変えているのは全人類の死だ。


「そんな……こんな力……わたしの力にそこまでの能力はないはず……!」


「あんたの力じゃない。あたしたちの力よ」


 今や夜闇をまるごと赤く彩るほどに巨大になった大鎌の光。

 それを携えるあたしの姿は、きっと死神みたいに見えただろう。


「……そうか。これが終わりか。ははは……」


 諦めたように笑うルナに、あたしは最後の力をぶつける。

 右上から左下へと一直線に大鎌が振り抜かれ……この星のすべてを乗せた斬撃が、絶対の女神を切り裂いていく。


「が……あああああああッ!」


 光が爆発する。

 耳障りな音とともに、あちこちの空間が裂けた。

 星が止まる。時間の流れまでもが切り裂かれ、世界が活動を停止する。

 裂けたルナの胴体から膨大な光が溢れ――その中でもひときわ強い輝きを放つ星のような粒があちこちに飛散した。 


 ルナの身体が歪む。ねじれ、渦巻き、そして――空間の裂け目に吸い込まれて消えた。


「……………………」


 あたしに集まっていた力が抜けていく。

 この星の人々の想いが、散らばり空に溶けて消える。

 それはまるで花火のような光景で――あたしは久々に、景色が美しいと思ったのだった。


 そして。ここで一度、あたしの意識は途切れる。





 幾時の後、いつかの時。

 あたしは目覚めた。


 あてもなく歩く。

 歩いて歩いて歩き続けて――ようやく気付く。


 いつまで経っても夜が終わらない。

 時間が止まっているようだ。空に浮かぶ月も全く動くことはない。

 そして、この街から出ることもできないようだった。空間が歪み、繋がりが断ち切られているかのようだった。

 いつまでたってもお腹は減らない。傷も治らない。廃墟になった薬局から拝借した包帯を巻いてみるも、血がろくに止まらない。それでもあたしが死ぬことはない。あたし自身の時間もおかしくなってしまったのだろう。身体は動けど時間が止まっているからいつまでたっても死ぬことはない。


 この世界は壊れてしまったらしい。

 誰もおらず、時空は歪んでいる。

 あたしはこのまま死ぬこともできず、ずっとこのままなのだろうか。


 それでも。

 あの裂け目に消えてしまったルナだけが気がかりだった。

 あれで消滅したならそれでいいが、もしかしたら別の場所に飛ばされただけかもしれない。

 だからこうして探す。この街から出られないことがわかっていても。


 いつのことだっただろう。

 時間の感覚は消えてしまってよくわからない。

 だが、遠くで誰かが戦っているような音が聞こえた。

 とてもとても離れた場所。あたしはそこを目指してひたすら歩を進める。


 そしてあたしは出会った。


 黒髪に黒い瞳。

 色は違えど、あのルナにそっくりな少女がそこにいた。

 おぼろげな意識の中、殺意が再び燃え上がった。


「…………しぶとい奴。あれだけ切り刻んでやったのにまだ生きてたなんて……でも今度こそ逃がさない。絶対に――――殺してやるわ」


 それが新しい始まり。

 そしてこの記憶の旅も、ここで終わる。

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