95.荒れ狂う波濤の向こうへ
「なら――あと10秒であいつを倒せますか?」
その問いはあまりに唐突。
無茶ぶりと言って差し支えない。
確かに水竜を倒すだけなら難しくはない。力量ではこちらが上、しかもあの竜は死亡と蘇生を前提としているからか、妙に死にやすい。HPが低めに設定されていると言えばいいだろうか。
例えば両腕を切り落とすだけでも死ぬし、単純に攻撃をしばらく加えていれば勝手に死ぬ。生物の身体における急所を全く攻撃しなくてもだ。その癖胴体や頭部など、大きく損傷すれば蘇生に支障が出そうな部位は妙に硬く、攻撃しても表面を傷つける程度――そしてその傷だけで死ぬ。
そして復活し、強くなる。よくできたデザインだ、と神谷は内心で悪態をつく。自分への対策という面でならこれ以上の相手はいないだろう。
だが戦っているのは自分一人だけではない。
「もちろん」
「余裕だよ」
神谷とアカネの二人は笑みすら見せてそう返す。
園田に作戦があるのなら乗る以外あり得ない。窮地を何度も打破してきた彼女の考えなら。
「っげほ、ならお願いします……倒した後は私に合わせてください……」
もう説明している時間はない。
息も絶え絶えな園田に頷く二人は一斉に竜へと向かって駆け出す。
そこへ、竜の作り出した大量のツララが降り注ぐ。
あと10秒。
「道空けて!」
「了解!」
アイコンタクトすら交わさずの連携。
神谷は迫りくる氷の雨へと向かい放射状に大火炎を放ち焼き払う。そのまま全くスピードを落とさないアカネに並走――さらに竜目がけて跳躍する。
あと7秒。
「プラウ・フォー……
火炎が引っ込み、代わりに黄金の輝きが溢れ出す。
金色の光は神谷の右腕へと収束し、それは剣の形を作った。
同時にすさまじい痛みが右腕を襲う。膨大なエネルギーが使用者の肉体を傷つけている。この力は瞬き程度の時間しか振るえないだろう。
だが今、この場面においてはこれで充分だ。
二人の行く手を無数の水の触手が阻む。
あと5秒。
「全部切ってる時間はないわよ!」
「わかってる!」
襲い来る触手の隙間を最小限の身じろぎで逃れ、回避できないものだけをを切り刻む。
触手の森を抜け、眼前には青き竜。
だが竜はにたりと笑ったかと思うと、全身を氷で覆う。時間さえ稼げば――そんな狙いが透けて見えた。
あと2秒。
「「せえええええあああああああああッ!」」
重なる咆哮。
舞い踊る斬撃の嵐が、まるで削岩機のように氷の鎧を削る。凄まじく硬い。だがどうということはない。
刃は鎧を砕き、鱗を裂き――その下の肉へと至る。噴き出す血飛沫が、飛び散る先から凍っていく。まるで赤い花びらが吹き荒れているかのようだった。
あと1秒。
「これで――」
「――終わりよ!」
交差する斬撃を刻み付け、水竜は水面に叩き付けられ――六度目の絶命を迎えた。
冷え切った水にアカネと神谷は着水する。
関門は抜けた。
ここからが本番だ。
死体となった竜へ泳いで近づこうとする。しかし逃げ出すかのように空へと素早く舞い上がる。
あわよくばとどめを刺して――そう思っていたのだがやはり無理だった。限られた時間の中では倒した後のことまでは考慮できない。
「《ハーキュリーズ!》」
すぐ近くの陸地――ショッピングモールの屋上から声が聞こえたかと思うと、二つの弾丸が放たれた。そのまま神谷たちの眼前まで飛んできたかと思うと水面ぎりぎりで停滞する。
それはカラーコーン程度の大きさの竜巻だった。
いったい何なんだ、と困惑した直後、
「乗ってください! あの竜まで打ち上げます!」
それだけで神谷とアカネは理解した。
あの竜の蘇生を阻止し、とどめを刺す――その方法を。
「行くわよ」「行こう」
声を重ね、水面から跳びあがり竜巻に乗る――すると暴風が吹き荒れ二人の身体は途轍もない速度で舞い上がる。今も上昇を続ける竜の死体に向かって。
そう。
つまり天空で蘇生する竜に向かって二人を打ち上げとどめを刺す、という単純明快な作戦だった。
単純明快すぎて穴だらけではあるが、限られた時間ではこれしか思いつかなかった。
(角度は計算済み。仮に不確定要素によって逸れたとしても、あの二人ならきっと補正してくれる)
ハーキュリーズ。
殺傷能力は無に等しいが、その代わり風圧によるカタパルト機能に全霊を注いで練り上げられた弾丸。これもほぼ即興ではあるが、一点に機能を集中させたおかげでパワーは折り紙付きだ。
もう後は祈るしかない。
地上から、天へと昇る二つ星をただ見つめる。
そして。
「あば、ばばばばば! はや、すぎ……!」
「口開くな! 身体畳んで! 軌道変わっちゃうでしょうが!」
まさにミサイル。
竜の上昇よりなお速いスピードで追随する。
すでに地上が遠く見えた。
「いい? あたしがあいつを真っ二つにするからあんたは――」
「……アカネ! まえ、まえ!」
神谷が指さす方向――肉眼ではっきり竜が見える。すでにその口は尾に噛みつく寸前で、猶予の無さがうかがえる。
だがそれだけではない。
その竜の周囲にずらりと巨大なツララが並び、その切っ先は二人にぴたりと照準を向けている。
「なんとかして!」
「ああもう! プラウ・ワン、
とっさにゴーレムの左手を生み出し二人の前に盾とする。
直後、ガトリングのような勢いでツララが襲い掛かった。
「うああああっ!」
直撃は免れたものの、衝撃で吹き飛ばされる。
そしてそれは、ルートが逸れたことを意味している。
「や、ば……ミスった――――」
「アカネあとよろしく!」
「――え……はああああ!?」
神谷は落下を始める直前、運動エネルギーがゼロになってふわりと宙に浮かんだその瞬間。ゴーレムの左手を操作する。
そう、同じように落下を始めようとしているアカネに向かって。
巨大な手が空中のアカネの身体をわしづかみにする。そこからぐい、と振りかぶり――――
「ちょ、あんたほんとふざけ」
フルパワーで投げ飛ばした。それとほぼ同時に左手は消滅。神谷の左手に赤い数字が灯り、ペナルティが開始した。
そしてアカネは。
「あいつあとで絶対しばく!」
竜へ向かって一直線。そして大鎌はすでに赤い燐光を放ち始めている。投げ飛ばされる直前、とっさにボトルの中身を鎌へ注ぎ込んでおいたのだ。釈然としないが――神谷の狙いを汲んで。
イメージする。大鎌を構え、斬撃が竜を両断する様を想像する。
今まさに蘇生を始めようとしている竜を、すれ違いざまに切り裂く様を。
そして一瞬あと。
その時は訪れる。
まさに肉薄。
眼前の竜に向かって鎌を振りかぶり――直後、彼女を衝撃が襲った。
「がっ……」
背中に氷塊が激突した、と混乱する頭で把握した。
態勢が崩れ、落下が始まり――だがそれだけで終われない。
「いい加減に――しなさいよ!」
最後の力を振り絞り、がむしゃらに放った一閃。
それは発光する竜の身体を真っ二つにした。
もう全身に力が入らない。鎌を手放し自由落下を始め――その時だった。
「うそ、でしょ」
半ばから切断し半分になった竜は――動き出している。
すでに蘇生は終わっていた。直前で攻撃を受けたことによるタイムロスが、あと一歩を遠ざけた。
だがそれでもダメージが大きいのか、空を飛び明後日の方向へと逃げ出していくのが見える。
こんなことが前にもあったような気がした。
絶対に倒さなければならない敵を取り逃がしてしまった――そんな経験が。
しかしもう関係のないことだ。
この場に戦える者は誰一人としていない。
アカネは失意のまま、暗い水面に向かって落ちていく。
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