91.水天、世界を満たす


 五度目――いや六度目の起動。

 何も聞こえず、何も見えない。

 ウォータースライダーの中を通っているような感覚を三人は味わっていた。

 数秒とも数分ともつかない時間、その感覚を味わい続け――出口の解放感とともに、再び完全に意識は途切れた。




「うわっぷ!?」


 顔面に水をぶっかけられたのかと思った。

 慌てて袖で拭うも、畳みかけるように大量の水は顔だけでなく全身を叩く。

 目もまともに開けられず、周りが全く見えない。


「雨……!? いくらなんでも降りすぎよ!」


 隣からするアカネの声で、この水が豪雨によるものだとわかった。

 腕を盾に見上げると、なんとか視界が確保できる。分厚い雲が空を覆い、そこから大量の雨粒が降り注いでいた。

 ただ、雲は満月だけを避けるようにして露わにしている。

 それはまるで、家臣が王の歩む道を空けているかのようだった。


「沙月さん、雨大丈夫ですか」


「うん。ここまで降ってるとなんかもうそれどころじゃないって感じ」


 雨というより弱めの滝という印象だ。

 雨にいい思い出がなく苦手とする神谷ではあったが、そこについては問題はない。

 あるとすればこの豪雨自体だ。

 まずこの視界を確保しなければならない。


「ふっ! ……よし、やっぱり異能のおかげで雨粒が防げるよ」


 四肢から白光を迸らせる神谷の身体を、雨が避けていく。異能には使用者の身体を、まるで見えないバリアのようにある程度のダメージから守ってくれる機能がある。それによって雨粒のほとんどが神谷の身体を避けていた。

 それを見た園田とアカネも異能を発動させる。


「でもびしょびしょになっちゃいましたね……」


「なんとかなるわよ。さて、ここはどこなのかしら」


 何とか目を凝らすと、まず水平線が見えた。

 荒れ狂う波。月光を反射して光る水面。

 この場所は海にでも面しているのだろうか。


「は――いやちょっと待って、ここどこ?」


 今までは見知った場所だった。プラウ・ツーの住処のように機械の木々が生い茂っていたり、プラウ・スリーの時のように街が燃え盛っているなど様変わりしていることはあったが、どれも神谷の知っている場所……いわば生活圏が舞台になっていた。

 とうとう知らない場所に来てしまった――その考えは、しかし裏切られる。


「違う……違います! ここはあのショッピングモールの屋上です……!」


「嘘でしょ!?」


 園田の言う通り、見渡してみれば確かに覚えがある。

 広い駐車場。スクラップになったいくつかの車――ここはプラウ・スリーと戦った時に来たことがある。もちろん、元の世界でも。

 ならば目の前に見える水面は何なのか。

 屋上の端の鉄柵に走って取り付くと、その理由がわかった。


「街が……水没してる……」


 あの燃え盛っていた街が。

 完全に水に浸かっていた。


 水の高さはこの九階建てのショッピングモールが何とか沈まない程度。

 下を見ると七階あたりまでは水に浸っているしている。見渡せば完全に水没している建物の方が多いという有様だ。

 遥か下方、水底と化した道路には、プラウ・スリーの時に見た覚えのある瓦礫が落ちている。

 そこまで考えて、これほど水面が荒れているのに底まで見渡せる透明度に戦慄する。明らかに超常の域の現象だ。

 間違いなく、プラウの為せる業。

 この有様を見てしばらく沈黙していたアカネが口を開く。


「……こんなことができるって、相当厄介な奴じゃない? 街全体が……っていうより、どこまで影響が広がっているか見当もつかない。そんなスケールでテリトリーを広げてるなら、本体は相当――――」 


 そこまで言ったアカネの言葉を、ずずん、という揺れが遮った。

 直感的に、背後に気配を感じ取った神谷は振り返る。

 すると、神谷たちが見ていたのとは反対側の水面……そこが見る見る盛り上がっていく。

 山のように巨大になった水面――それはすぐに破られる。


 細長い身体。

 紺碧の鱗。

 大きく裂けた口。

 ずらっと並ぶ鋭い牙。

 頭部から伸びる二本の角。

 そして長大な両腕。


 それは、青い大蛇のように見えた。

 

 あまりにも巨大。

 あまりにも長大。

 プラウ・ツー……機械の大木をも凌駕する巨躯。


「でっかい蛇……っていうより」


「竜…………!」


 水竜はその鋭い眼で三人を一瞥する。

 少女を簡単に丸呑みできそうなほどの口をゆっくりと開くと、


「――――――――――――――!!」


 耳をつんざく咆哮を放つ。

 思わず耳を塞ぐも、三人は視線を外さない。

 

 今までで最大の敵。

 このサイズにどういう攻撃が通用するのか見当もつかない。

 思わず身体がぶるりと震える。


 さて、どうやって倒そうか――と神谷は思案を巡らせるのだった。

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る