53.決着を両断する刃


「……負けた、か」


 神谷の最後の一撃を受け、バラバラの肉片になったプラウ――その頭部が口を開いた。

 そこかしこに腕や胴体や脚などのパーツが落ちている。

 それを見た神谷はうんざりしたようにため息をついた。


「いやいや、まだ喋る元気があるの? どんだけしぶといのさ」 


「心配しなくてもすぐに吸収される。お前の強さはよくわかったし、力も貸してやるよ。だがな」


 プラウの、残った左目だけが神谷を捉える。

 先ほどまでの情念が込められた瞳ではない。

 釣り上がってはいるが、穏やかさすら感じられた。


「お前、こんなことまだ続けるのか?」


「まだ、って――【TESTAMENT】のこと? そりゃ続けるつもりだよ。だってわたしは」


「会いたい人がいる、か?」


 図星をつかれ、少しだけ狼狽える。

 どこまでこいつは知っている?


「俺も全てを知っているわけではない。断片だけだ。そもそも俺たちは大本の一部でしかないからな」


 プラウの言っていることはよくわからなかった。

 大本。

 一部。

 それがこの件の根幹にかかわってくる存在なのだろうか――神谷はわからないなりにそう思った。


「だがこれだけはわかる。6体のプラウを倒したとき、おそらくお前が再会したいと願った人物には会えるだろう。しかしお前の願いはおそらく……望んだ形では叶わない。絶望と後悔にまみれたものになるかもしれない」


 それでも続けるのか。

 そう言った。

 途端、プラウの身体が光の粒子へと変じ始める。もう時間は残されていないようだ。


「…………望むところだよ」


 もう後戻りはできない。

 決意を込めて拳を握った瞬間、プラウが微笑んだような気がして――完全に吸収された。


「よし、あとは帰るだけ」


 プラウは倒した。

 いつも通りこれで元の世界に帰ることができる。

 そのはずだった。

 しかし全く想像していない事態が神谷を襲った。


「んっ…………なに、今の」


 ぐにゃり、と。

 突然視界が歪んだ。

 いや、世界が歪んだような感覚だった。


「…………なんか変な感じ――――」


「やっと、見つけた」


 振り返る。

 そこにいたのは人間だった。

 園田ではない。


 ボロボロのローブのようなものに身を包んでいる。

 身長は神谷よりは高く、園田よりは低い程度だろう。女子高生の平均身長に近い。

 身体のラインはわかりにくいが、おそらくは神谷たちと同年代くらいの少女だ。


「誰……?」


「…………しぶとい奴。あれだけ切り刻んでやったのにまだ生きてたなんて……でも今度こそ逃がさない。絶対に――――殺してやるわ」


 フードの中でぎらりと光るものがあった。

 深紅の瞳が、神谷を睨みつけていた。

 そこには明確な殺意が宿っていて――ぞくりと肌が粟立った。


「ちょっと待って。わたし、君なんて知らないよ。というかどこから」


 全く見覚えのない人物だった。

 フードから少しだけ見え隠れする顔は整っていたが、やはり見たことは無い。

 声もまた聞き覚えが無く――――


(……本当にそう? どこかでこの声を聞いたことがあるような……)


 気のせいと断言できないほどの奇妙な確信があった。

 いや、しかしそれよりも。


 この少女は、どこからこの世界に来たのだ?

 

「ねえ、」


「殺す!」


 遮るように吐いた殺意と共に、ローブの少女が右手を掲げる。

 すると真っ白な機械仕掛けの大鎌が生成され、その手に収まった。


「うそ!?」


 間違いない。

 このローブの少女もまた異能保持者ホルダーだ。

 少女は指を噛んだかと思うと、大鎌の柄の表面をスライドして開き、その中に指を押し付けた。

 すると大鎌は赤く染まり、同じ色の燐光を発し始める。

  

「待ってよ、わたしは戦う理由なんか――」


「死ねえええええええっ!」


 凄まじい速度で振り回される大鎌を回避するのが精いっぱいだった。

 プラウの力の効果時間はまだ残っている。

 雷の速度で何とか回避しているが、スピードがある分小回りが利かずギリギリだ。


 そして追い詰められているのは、謎の少女の技量にも由来している。

 大鎌を軽々と高速で振るい、そして的確にかわしづらい急所を狙ってくる。

 明らかに戦い慣れている――神谷はそう感じた。


 そしてもうひとつ気づくことがあった。

 大鎌を振るたびにローブがなびき、腕や足などの素肌が見える。

 そこには、

 

(この子……!)


 いたるところに血で赤く染まった包帯が巻かれている。

 自分で巻いたのか緩くなっているところも多く、ほどけかかっている。

 そして見る間に血が腕や足を流れ落ちていき、動くたびにそれは飛び散った。


「待ってよ! 君怪我して――――」


「殺す! 絶対に殺す! お前だけはあああああああッ!」


 渾身の一振り。

 右から左へと、横一閃に振り抜かれたそれを、神谷は上体を反らしてすんでのところで回避した。

 あと1mmでもずれていれば上半身と下半身が離れる結果になっていただろう。


 だが。

 大きくのけぞり――つまり真後ろを見ることになった神谷が目撃したのは。


「なに、これ」


 真っ二つになっていた。

 高層ビルが。

 極大の斬撃によって真横に切り裂かれたビルが、倒壊していくのが見えた。


 どう大鎌を振ればこうなるのかわからず、一瞬思考に空白が生まれ――だがそんな暇がないことに気づき慌てて向き直る。


 しかし少女は既に大鎌を大上段に構えていた。


「やば――――」


「真っ二つよ」


 刃が神谷の命に振り下ろされようとした瞬間。


「だめえええええっ!!」


「…………みどり!?」


 園田が神谷の盾となった。

 わき腹からは血が流れ、今すぐ倒れてもおかしくはない――いや、ついさっきまで倒れていたはずなのだ。

 状況も詳しくはわかっていないはず。おそらくビルが倒れた時の轟音で目を覚ましたのだろう。

 それでも、まず目に入った神谷の危機に、とっさに庇う行動を選択した。


「あ…………」


 こぼれた声は誰のものだっただろうか。

 刃は園田の眼前で止まっていた。

 ローブの少女は今にも泣き出しそうな表情をしていて――そのまま崩れ落ちた。


「…………なんだったの、この子」


 どうしてここまで自分に殺意を向けているのか。

 なぜこの世界にいるのか。

 そして、誰にここまで傷だらけにされてしまったのか。


 謎だらけの状況でわけもわからないまま、まるで再起動したかのように今ごろ満月が輝きを増し――神谷たちを包み込んだ。 

 

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