12.おとなとこどもⅡ
「じゃあ蛍光灯の捜索を再開しようか」
ぱん、と手を叩く北条。今までの話はいったん打ち切りましょう、という合図だ。
神谷もそれに乗っかる。
「……はい、日が落ちる前には見つけたいですしね」
すん、と洟をすすり小窓から外を見ると、西日がオレンジ色に変わろうとしていた。日が長くなりつつあるとはいえ、だらだらやっていたら暗くなるまでに終わらない。
蛍光灯は夜に働くものなのだから。
「とは言っても、しらみつぶしにやるしかないよねこれ……」
大量にあるダンボール箱を見回す。ラベルがついているわけでも、色分けされているわけでもなく、ばらばらで規則性が全く見出せない。今日中に終わるかどうか不安になってきた。
うーん、と唸りながら背筋を伸ばす。すると、
「あれ」
棚の一番上にあるダンボール箱から長細い箱が飛び出している。目を凝らしてみると、それは蛍光灯の箱のようだった。
早めに見つかってよかったと胸を撫で下ろし、箱に向かって手を伸ばす。だが届かない。
背伸びしてみる。やっぱり届かない。
ぴょんぴょんと跳んでみる。それでも届かない。
「ぐぬぬ……」
これだからちっちゃいと困るんだ、と内心で愚痴り、振り返って北条に助けを求めようとする……が、その前に部屋の端にある脚立が目に入った。これを使えばさすがに届くだろう。
棚の前に脚立を置き、その上に乗る。少しぐらぐらするがすぐに済ませてしまえば問題ないと判断した。めいっぱい背伸びすると、ようやく手が届く。
「おい、大丈夫か?」
神谷が蛍光灯を見つけたことに気付いたのだろう、北条が棚の向こうからこちらをのぞき込んでいた。神谷はそれに「へいきでーす」と軽い調子で答える。
蛍光灯の箱をつかみ、取り出そうとする。だが何かに引っかかって抜けそうにない。びくともしないそれを諦め、ひとおもいに段ボール箱ごと棚から引っこ抜いた。その瞬間、
「あ、重……」
脚立に乗ったまま持ち上げたそれは思っていたより格段に重く、神谷の小さな身体は簡単にバランスを崩す。引き抜いた勢いのまま段ボール箱は後ろに落ちようとし、それを持っていた神谷は後ろに倒れていく。今さら手を放すももう遅い。
「――――っ」
とっさに声も出せない。浮遊感と、がしゃん! というダンボール箱が落ちた音と、
「神谷!」
北条の声が同時だった。
ぼす、という軽い衝撃を感じた。
落下の恐怖に硬くつむった両目を少しずつ開くと――――
「大丈夫か」
心配そうに眉を寄せ、神谷の顔を見つめる北条の顔があった。
倒れる前に抱き止められたのだ、と神谷は思ったが、それよりも。
顔が近い。お互いの息遣いまでわかってしまいそうな距離。
いや、後ろから抱きかかえられた状態で顔をのぞき込まれているのだから仕方なくはあるのだが、それにしても近い。
神谷の視界が北条の綺麗な顔でいっぱいになっていた。ひとつに縛った長い黒髪が神谷の頬に垂れくすぐる。
「せ、せ、せんせ、かお、ちかい、です」
何とか絞り出した声に、北条ははっとしてすごい勢いで身体を引き離した。
「あ、ありがとうございます……」
そう言いながら、神谷は顔全体、どころか耳や首にまで熱が回っているのを感じた。まるでお風呂でのぼせたみたいだなあ、とどこか他人ごとのように思った。
ごまかすように顔を手で撫でたりさすったりしながら北条の方に目をやると、
「………………………………」
よほど動揺しているのか、ぱくぱくと口を開け閉めしている。
「あ、あのー……先生……?」
自分を呼ぶ声に反応したのか、ぱちぱちと瞬きを繰り返したかと思うと、ごほん、と一つ咳を落とした。
明らかに挙動不審である。
「その様子だと怪我は無さそうだな。良かった」
「北条さんこそものすごい様子がおかしいんですけど……?」
あくまで何もなかった風を装う北条に、容赦のない言葉をぶつける。
痛いところを突かれたのか、顔を真っ赤にしたままぷるぷると小刻みに震える。
「き、き、気のせいだ。……あ! そういえば用事があるのを思い出した! またな!」
北条は唐突に棒読みでそんな台詞を言ったかと思うと、ダッシュで倉庫から出て行ってしまった。
「え!? ちょ、待、蛍光灯……ええー……?」
脈絡のなさすぎる彼女の行動に混乱するしかない神谷。
結局、その日は北条と会うことは無かった。
……北条優莉が今まで神谷を気にかけていたこと。
それは間違いなく彼女の善意に由来するものであったが、ただひとつ言えるのは、少しも下心が含まれていないというわけではないということだったのだが……一年ほどまともな対人経験を持たなかった神谷にそれを悟るのは不可能だった。
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