第69話 剣王の宴


【剣王の晩餐会】

【剣王十字勲章】という栄えある勲章を持った者が集まり夕食を共にし親睦を深めようというもの。


「夕食が食べ終わったのに揃ってないんですけどね」

「フィオよ、そう怒るなハーディスの面々は王都入りしたばかりで慌ただしいらしい」

竜人族という特異な種族であり、王族そして勇者の称号を神から与えられた第3趾【竜王】フィオルデペスコ=トーン=ガルダ。肩を出した赤いドレスに身に纏った姿に誰もが唾を飲む。

しかし表情は不貞腐れている。

それを宥めるように隣の老紳士…とは言えない顔半分を覆う火傷跡のある無骨な顔。第1趾【剣王】エンヴァーン=トーン=ガルダ。


場所は王都アガディール北区にある【双翼の二公】と呼ばれる公爵家ヴェルメリオ一家の本邸。


晩餐会はそう大きくない広間に縦に長い食卓。すでに皿を下げられ真っ赤なテーブルクロスと参加者のグラスだけが並ぶ。


「ふむ、次期国王であるデフェール様もおわす席に遅れて来るとは…」

第7趾【右翼】アルメラー=ヒノ=ヴェルメリオは赤髪の前髪を掻き上げる。


「う、うむ…フィオの怒りを私たちが買うことになるのは宜しくないな…」

第6趾【赤王】デフェール=ヒノ=ガルダ。


「そうだぞフィオ、怒りの矛先を間違えるな。今日は踊れないが明日の前夜祭は盛り上がるぞ。私と踊り楽しもうぞ」

第8趾【赤翼】レド=ヒノ=ガルダはグラスを持ちながらフィオに語りかける。


「明日は踊りません。大会前に無駄な体力を浪費したくないで」

「ぐっ…うう、まぁ帝国の奴らも来るし下手に接触するよりはいいか…ん?」

コンコンと扉を叩く音が響く。


「失礼、レド様…おい!入って良いぞ」

今回の晩餐会の場として屋敷の広間を提供しているアルメラーが声をあげる。声に反応し扉から1人の騎士が入ってくる。


「ハーディス辺境伯の馬車が到着致しました。只今、オラーン様が出迎えに」

「そうか…来たか」

「ふん…よく顔を出せたものだな」

「うむ…」

騎士の連絡に渋い顔をする男3人。


カツカツと廊下から響く音が徐々に大きくなってくる。

「………大分変わったな」

「…これが」

フィオと剣王は真剣な表情で音が響いてくるドアを見つめる。


「何だフィオ?叔父上まで、何か気になるのか?」


「いえ、いらっしゃる方々の気配がまるで大型の魔獣の様で緊張が…森の木陰に隠れてる気分になりますね」

「剣を握ってないと落ち着かないな…」

「は、はぁ?」

手をワキワキさせる2人に少し引くレドは気を取り直して扉を見つめる。


コンコンと扉を叩く音。

「オラーンです。剣王の晩餐会の招待客をお連れ致しました」

「入れ…」

ガチャリとドアを開くと4人の男が入ってくる。


「ご歓談中に失礼。さっ此方へ…」

オラーン=ヒノ=ヴェルメリオ。

赤髪のトサカを揺らし、質の良さそうな赤い長袖シャツにループタイという涼しげな夏服姿である。

何故か複雑な表情をしている。


「門前の騒ぎから屋敷の案内までしていただいて申し訳ないオラーン殿」

第4趾ジャンテ=ロッソ=ハーディス。

灰色の髪の美丈夫であり、貴族らしく燕尾服に身を包み貴族らしい格好である。

何故か疲れた顔をしている。


「丁度いい時間に来れた見たいですね」

続いて現れたのは黒い革鎧に赤いマントの青みがかった黒髪の男。樹木の根を想像させるレリーフが彫られた銀の仮面が顔の半分を覆い目鼻の詳細を隠している。

明らかにおかしい。


「フォークとナイフ持って食べながら会話するの苦手なんですよ」

その後を覆う様に灰色のコートの男。フードに大波に溺れる竜のレリーフが彫られた銀の仮面。フードの所為で髪も見えず口元だけが見える。

明らかにおかしい。


4人中の後半2人が明らかにおかしい。


顔の詳細が分からない2人の怪しさと威圧感が尋常では無く。何処かの賊と言われた方が納得してしまう。


「「「…」」」

口を開けて硬直する王族の3人。


「…ふむ、大きくなったものだ」

「わぁ…」

大波の仮面の男を見て剣王エンヴァーンは感慨深い表情で顎髭を撫でる。フィオは顔を赤に染め瞳を輝かせて食い入る様に見つめる。


「ご無沙汰しております皆様。ジャンテ=ロッソ=ハーディスです。まずお招き頂いた事に深く感謝を、とはいえ参加したとはとても言えない時間に足を運ぶ体になった事に代表として謝罪を」


「ハーディス辺境伯家私兵団団長シベック=ディアーナです」

樹木の仮面からは壮年の男性らしい声が響く。


「クラン【炭の従士】総長ノーブル=ロッソ=ハーディスです」

大波の仮面は気負いの感じさせない堂々とした声に臆病者という噂は真実ではないと部屋にいる騎士や給仕が情報を改めた。


「ジャンテ殿は良いとして、そこの2人は何だ!?仮面舞踏会では無いのだぞ!」

「はっ…!そっそうだ!何だ貴様ら」


「おや?」

「あん?」

2人揃って此方を向くと銀仮面が怪しく煌めく。仮面舞踏会で見かけるエレガントさやユーモア要素の無い無駄を削ぎ落としたシンプルな形状の仮面。ベルトで固定されたソレは明らかに戦闘を想定された造りであると示唆している。


「…う」

「…な、何だよ」

人ならざる者に見られる恐怖を受ける2人は恐れ慄く。


「…驚かせた様で申し訳ない。2人は各所から命を狙われる身で対策としてこの様な姿なのです。何かあった際は顔を知っている者から疑えますでしょう?」

「なっ!?」


暗殺や襲撃を恐れるノーブルとシベックの2人が出した答えは【毒キノコ】。敵に対し「えっ、コイツでいいの?」と警戒させるレベルまで怪しさを醸し出す。

変装や仮面なんて付けた所で人の目など誤魔化せない。ならば相手を警戒させて「毒食ったら皿食えよ」と脅す事に決めたのであった。


ヴェルメリオ家の敷地内に入る際に盛大な職質を受けジャンテがあれやこれやと説明し何とか切り抜けたが、これが王都の滞在中ずっと続くと思うと億劫になってしまうジャンテの表情は暗い。


「今日は挨拶のためにだけ参上しました。不快な思いを抱いたならこの場は失礼させていただきたいと思いま…」

「「「「?」」」」

ジャンテは弁明中に何かに気づき言葉を切る。


「…」

「…」

「…」

大波の銀仮面にフィオ、エンヴァーンが無言で凝視を続けている。


「ふむ…ジャンテ殿、そう急がなくても食後の口直しくらいご一緒されては如何でしょうか」

「オラーン!お前勝手に…」

兄であるアルメラーは弟オラーンの勝手な発言に怒鳴ろうとする。


「私からもお願いします」

「娘もこう言っているしな、私も話を聞いてみたい」

「フィオ様だけでなく、剣王様まで……まぁ…いいでしょう」

荒げた声を潜め、渋々席に座り直すアルメラーは腕を組み考え事をする様な姿勢をとる。


「…分かりました。ノーブル、シベック。お前たちは?」

「私は問題ありません」

「僕からも特には、ただ…」

大波の仮面は一呼吸置くと剣王に顔を向ける。顎を上げ見下す様な姿勢。銀仮面が照明の光を受け怪しく輝く。


「ぬ?」


「剣王様に話すことなどありません」


「…」

「…」

その発言にフィオとエンヴァーンは背筋に冷や汗を1つ垂らした。殺意ではないが魔獣の持つ野生という何を仕出かすか分からない威圧感が襲う。


表情の見えないシベック以外の全員は国の英雄に対する余りの無礼に呆然とする。


あの仮面の下の表情はどうやら不機嫌なものとなっているらしい。

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