第67話 趾を研ぐ


【ガルダの趾(あしゆび)】

剣王十字勲章を与えられガルダ王国で武を認められた者たちの総称である。


武芸大会が迫り、各々が思いを馳せ夜を過ごす。


ーーーーーーーーーーーー


【第8趾・赤翼レド】第6回武芸大会準優勝


王都アガディールにある王国騎士団の練兵場で黙々と剣を振る青年が1人。剣の握りにはマメが潰れたのか血が滲む。


「ふっ、ふっ、ふっ、ふっ」

「レド様、もう遅い時間です。お休みになられては如何でしょうか」

青年の元にタオルを腕にかけた老紳士が歩み寄る。


「むっ…もうそんな時間か…集中していて気付かなかった」

「流石ですな…幼少の頃より貴方様が剣を振っているのを見て来ましたが…此度は一段と気合が入っておりますな」


「ああ、フィオを奪われないためにも今回の大会は兄上も婚約者とやらも…いや帝国の連中もいたな…全員打ち負かしてやる!」

「ぉお、やはり王族の方には剣王様の血が宿っているのでしょう大変ご立派ですな」


「ああ、フィオに及ばずとも剣には自信がある…叔父上に憧れ、小さい時から何度も振ってきた剣王の一番弟子だからな…」

「ふむふむ、しかしフィオ様の婚約者と呼ばれてる方は剣王様の魔王討伐に付き添った少年だとか、一筋縄では行きませんでしょうな」


「ふん、6年も田舎に引き篭もってた臆病者だろ?フィオや叔父上が言うには剣は振り方すら教えていないそうだ」

「おや、そうなのですか?」


「ああ、それに武芸大会が近づくにつれて人が集まり、【炎神の魔力】が日に日に力強く湧いてくるのだ…負ける気がしない」

ブンと力強く剣を振り、感触を確かめるレド。

「これは期待できますな!貴方の勇姿を見れば竜王様を貴方の夫となることを望むでしょう」

ウンウンと頷く執事に


「ふふふ、見える…見えるぞ。新しき剣王と呼ばれる私の姿が!」


ーーーーーーーーーーーー


【第7趾・右翼アルメラー】第5回武芸大会準優勝者


王都アガディール北区にある小さなお城の様な高級娼館。その一室の白いベッドの上で事を終えた男女が全裸で荒い呼吸を繰り返す。


「あっ…はぁっ…あはぁっ…良かったわアルメラー様ぁ」

「ふぅ……おいお前、もう用は済んだ邪魔だ、さっさと帰れ」

水煙草の管から口を離したアルメラー=ヒノ=ヴェルメリオは裸の若い娼婦に声をかける。


「えっ…そ、そんなぁ」

「いいからさっさと出てけっ」


「なんなのよぉ〜…あっすみません…」

「おっと………アルメラー様失礼します」

服を腕にかけ裸で部屋を出ようと扉を開けると男性が廊下から顔を出し、女性と入れ替わる様に部屋に入る。


「ん?館長か?どうした?例の話か」

「ええ、【大鰐】に我が娼館を利用させる計画について」

付き合いが長いのか身なりを気にせず会話を始める2人。


「任せておけ、剣王の晩餐会もしくは前夜祭で連れて来る。骨抜きにする様な上玉を用意しておけ…」

「お任せを…私の娼館が南部に店舗を増やす際には…」


「ああ、力添えしてやる。ふふふ、これで【竜王】が婚約者を見限るネタと【大鰐】を脅すネタが手に入る…」


ーーーーーーーーーーーーーー

【第6趾・赤王デフェール】第4回武芸大会優勝者


王城、最上階の最奥にある【王の間】。


歴代の【王】たちの鎧や武器が並び、国を脅かした大型の魔獣の剥製に各国から献上された品々、【王剣カークス】と【冥王の爪】などガルダ王国の歴史が詰め込まれた仰々しい部屋の奥で話し合う者たち。


「我が息子よ、調子はどうだ?今年も優勝すれば4連覇だな」

先代国王ライトをそのまま若くした様な顔立ちの現国王エードラム=ヒノ=ガルダはソファに腰掛けワインをのグラスを傾ける。


「父上…いえ国王陛下…恐れながら申し上げますと剣王様にフィオ、ハーディス家の面々…調子が良ければ勝てる相手とは言えません…」

向かい合って座る美丈夫の男性、王位継承権第1位であるデフェール=ヒノ=ガルダは顔を顰める。


「今は肩肘張らず父と呼べ…しかし連覇は厳しいか。フィオと剣王がいるから優勝は揺るがないだろうか」

「ううむ、そう…でしょうか…」


「む?不安か」

「今回は各国からフィオにアピールしようと精鋭が送り込まれます…国の利益はあるでしょうが…王族の威信が守られるかどうか…叔父上…いえ剣王様と竜王が王族であるかと言われると方向性が違うかと…」


「やはり、先の事を考えるとフィオの【剣王の血】【竜の血】は必要か…」

「それについて…1つ報告が…」


「何だ?」

「フィオの婚約者であるノーブル=ロッソ=ハーディスはプレッチャ侯爵の屋敷に滞在するそうです」


「宰相ォォオおおおお!?」

「宰相じゃないですって…引退させて下さいよ。野鳥愛好会会長も企画運営で忙しいんですよ?」

王の横で待機していたプレッチャ侯爵が嫌そうな顔で返事をする。


「ガルダ王国の失墜の危機より野鳥!?何故、ハーディスを…あー!孫娘がハーディスの長子の妻だったか…!」

「前から知ってるでしょうに…都合が悪いなら引退させてくれていいですよ」


「待て待て、後釜が育つまで…今離れられるのは…」

「はぁ…早くご自身で政務を捌けるくらいになって頂かないと…後釜について公爵家が五月蝿いならオラーン殿とかいいんじゃ無いんですか?公爵家で唯一働いてる若者ですよ」


「いやいやいやアイツはイカンぞ!?成果は上げているが後先を考えていない。【カルセドニー】が活躍したせいで冒険者ギルドはつけ上がり、【勇者一行】に投資している王族や貴族からは苦情殺到してるのだぞ!」

「はぁ…私はノーブル君のクランにしか噛んで無いのでギルドや勇者一行がどうなろうと知りませんから」


プレッチャ侯爵は成り上がりよりも趣味に野鳥観察に没頭したい今日この頃。多くの物語で宰相ポジションが暗躍して失敗するがプレッチャ侯爵に限っては大丈夫そうである。


「はっ?フィオの婚約者のクラン?協力者という訳か貴様!?裏切り者ぉお!」

「なら今の役職から外して下さいよ…執務室に溜まってる各国の接待や面会のスケジュール調整などこの歳では大変で…ブラウン伯爵もひ孫と遊びたいと泣いてましたぞ」


「…」

「…」

現国王エードラム、王太子デフェールは押し黙る。目の前にいる老人の有能さに助けられてばかりでグゥの音を出ないのである。


「いやいや、2人して黙らないで下さいな…武芸大会の開催中は分刻みで動きますから婚約者うんぬんなんて言ってられませんからね」


ーーーーーーーーーーーーーーー

【第5趾・貴族狩りジャンテ】第3回武芸大会準優勝者


「ふむ…こんなもんだな」

ジャンテは書類の束をトントンと纏めると机の脇に置いた。


コンコンと部屋の扉が叩かれると其処には2人の女性。

「ん?ベルにロザか寝てなかったのか?」

「あなた、また仕事をこんな遅くまで…」

「ジャン、王都に行く荷物整理まだ終わってないでしょ?」

勝手知ったる我が家と言わんばかり第一夫人にベルリーノと第二夫人ロザートが遠慮なく部屋に入って来る。


「ああ、南部辺境を一時的に空けるからな、引き継ぎが大変だよ…」

「ノーブル君やシベックさんも居ないから治安維持が大変そうね」

基本的に西部を拠点にする2人だがシベックは私兵団団長として定期的にプルー湖全体に足を運んでいる。ノーブルに至っては魔獣を足に使うという荒技で魔境を高速で移動する。混乱を呼ぶため余り人目にはつかない様にする必要があるが利点は多い。


「ああ、分家や獣人族にも応援に来てもらって何とか回せるかな」

「セベク村はノーブル君がいなくて大丈夫なの?」


「ノーブルは運営関係はカプノス殿に任せてるからなぁ…ああいう秘書欲しい…というかノーブルが俺の片腕的な位置に居るはずなんだけどな」

「馬の手綱に引きづられてる状態よね貴方って」


「はぁ…武芸大会が終わったら【神獣】の視察に行かなきゃ行けないからなぁ…隠れて育ててたヒッポグリフの時も大騒ぎだったのに…アイツは…」

「ヒッポグリフはお爺様の家で預かるんでしたっけ?」

ベルリーノの祖父はプレッチャ侯爵。先代国王が退位した今でも宰相ポジションにいる。


「ああ、プレッチャ侯爵に招かれたという形で王都に入るから寝泊まりも基本そうだな…あー…それはそれでひと騒動起きそうだなぁ…もー」

頭を抱えるジャンテに見守る妻2人。いつもの事だと苦笑する。


「分家といえばノーブル君もニコさんも成人よね。本当どうするのかしらね」

ノーブルは去年成人済み、ニコは今年の春の終わりに15になり成人という扱いになる。貴族の女性なら結婚という考えが浮かぶが【聖女】という勇者と同格の称号を持っているニコはハーディス家としては簡単に手放せる者では無い。


「ノーブルがどうなるかは今回の成り行き次第だな、ニコは学校卒業したら…まぁ、就職するらしいから」


「「就職?」」

貴族の女性として成人した後すぐに結婚した2人。愛する男と妻となり子供を得て幸せを掴んでる2人にはニコの未来が上手く想像出来ない様だ。


ーーーーーーーーーーーーーー

【第4趾・眼鏡割りシベック】第2回武芸大会準優勝者


南部辺境プルー湖北部、私兵団駐屯所。


「ふぁあ…ノーブル様が居ないせいで明日も休日出勤ですよ全く…2人は元気にしてますかねぇ」

「ご苦労様です。あっシベック団長お手紙が届いてますよ」

団長の執務室でシベック=ディアーナと手伝いの兵士が夜遅くまで仕事をしていた。


「どれどれ、んー……ふーん…はいはい…はい、ハーディス家の本家に送っといて下さい」

「はぁ…何の手紙なんです?」

シベックは軽く目を通すと手紙を畳まずに兵士に渡す。


「【西の帝国】から南部辺境とノーブル様の情報を寄越せだそうです」

「ええっ!?そんな軽い感じで!?」


「馬鹿ですよね、古巣だからと言って愛着なんてありませんから。普通に交易すれば良いのに密書送るたびに好感度激減していくだけという…呆れますね」

「ふーん、母国からの密書も愛妻家には通じませんか」


「愛妻だけでなく愛娘にマイホームもありますからね!国なんか知ったこっちゃ無いですよ!ふはは!」

愛する者に一直線な所が娘と似ているシベック。


「自分で言っちゃいますか…あっ、シベック団長」

受け取った手紙に目を通していた兵士が声をかける。


「はいはい?」

「最後の方に断ったら武芸大会で痛い目見るぞ的な文が書かれてますよ」

兵士が手紙を広げトントンと叩く。


「わー、素敵な死亡フラグですね……えっ??」


ノーブルへの暗殺や襲撃対策は考えていたが自分のパターンは想定外だったシベックは目を丸くした。


ーーーーーーーーーーーーー


【第3趾・竜王フィオ】第1回武芸大会優勝者


香りの町ルピシアにある高級宿泊施設。その一室で響く怒鳴り声。


「貴方何処に行ってたの!」

「いえ、だから町の外まで魔獣を追いかけてました」

蒸し風呂から上がったばかりなのか髪が半乾きのフィオはタオルを肩に掛けながら涼しそうな部屋着である。

同じく部屋着で椅子に座る義姉のリプカは説教を受け流す妹分に溜息を溢す。


「はぁ…もう少し、マシな嘘…………でも無いのかしらね貴方なら。土草まみれで戻ってきましたし」

「逃してしまいましたがね。ところで部屋の外で土下座してる護衛騎士さん達は何なのですか?」


「ああ、なんか揃いも揃って私たち2人を見失っていたのよ…数が多過ぎて処罰を決めあぐねているの。貴方も罰を考えて頂戴」

「私達が考えるんですか?王国騎士団だけでなくピエトゥース子爵家から与えられた私兵もいますし…」


「同伴していたピエトゥース子爵のご子息とご令嬢は今日の報告を聞いて泡吹いて倒れたわよ」

「…ああ、それで私たちの所に」

お姫様のお目付役が職務を全うできなかったなど当主である父にどころか王族の怒りまで買うのではという恐怖に耐え切れなかったのだろうとフィオは勝手に想像し、自分が大半悪いので謝りに行こうとしては足を止める。


「んん?あれ?リプカ義姉様って…確かハーブティーは苦手ではありませんでしたっけ?」

フィオは微かな香りの先にあったティーカップの中に入る液体を見て怪訝な顔をする。


「え?あっ、そうですね…苦手だったのですが摘むものがあると美味しい物ね。貴方も良かったらどうぞ」

リプカが手を軽く挙げると召使いが頷く。新しいカップにお茶を注ぎ。小皿にチーズを切り分ける。


「教わった?」

眉を寄せるフィオは椅子に座りリプカに向かい合う。


「素敵な殿方と出逢いがありましてね。貴方と逸れた辺りのお店を見て回っていたんですの。その度に新しい食べ物やお茶を試したのですがどれも美味しくて、帰る際にはお土産を一杯買う事になりそうですわ」

頬に赤みがさしたリプカはカップに入ったお茶を揺らす。


「…成る程、男嫌いのリプカ義姉様に気に入って頂けるなんて素敵な方だったんですね」

「別に男嫌いというわけではありません。貴方とお近付きになる為の理由としてお付き合いするのが嫌なだけですよ…全く…」


「そうですか…ん?これは何の香りでしたっけ…どこかで嗅いだことが…」

「【クミン】です。香辛料として料理に使われることが多いので、ハーブティーとしては普及してないそうですわ…受け売りの知識ですがね」


「ああ、確かに…エルカルゴ料理作った時に使った香辛料」

「うぐっ…ゲホッ…ケホ…あのゲテモノ料理の話を思い出させないで下さい!」


「えっ?酷いですね…私が遠征中【カルセドニー】で振る舞った手料理食べたいというから作ったのに」

「南部辺境の料理があそこまで強烈とは思いませんでしたよ」


「辺境暮らしだった頃は私の婚約者様も美味しいって食べてましたよ?リプカ様が出会った素敵な殿方もきっと食べますよ」

「もー!私と【ケール様】の美しい一時の思い出をカタツムリで汚さないで!」


「【ケール】?」

「ええ?ご存知?」


「いえ…」

「そっ…そう?なんか顔が険しいわよフィオ?」

「…」

(私が倒れてる間に…リプカ義姉様はノーブル様とお忍びデートですか…ふむ…なんか…このモヤモヤを上手く発散できないでしょうか……あっ!)


「あのフィオ?聞いてる?」

「ふふふ、決めました…」


「へっ?」

「護衛の罰です…武芸大会まで私の模擬戦の相手になって貰います。ピエトゥース子爵もこの失態では文句は無いでしょう?」


指の骨をポキポキと鳴らし、拳を握るフィオの表情は【竜王】の名に相応しいものであった。


ーーーーーーーーーーーーー


【第2趾・大鰐のノーブル】【剣王十字勲章】初授与


香りの町ルピシアから離れた場所にある茶園に囲まれた村【ブローク】。


ルピシアと同じくピエトゥース子爵領にあり、町に出荷する茶葉の生産、加工の仕事を主にし村人は暮らしている。


村には契約栽培の取引先である商会や取り扱い店の使いの為に宿屋が数軒建てられている。とは言っても多くは村人の家と繋がっており。現代日本でいえば民宿やペンションといった方がしっくりくる造りである。


そんな宿屋の一室で椅子に座っているがロープでぐるぐる巻きにされる少女、それと向かい合う青年。


「ノーブル様ぁああああああああ!!ごめんなさぁあああい!!」

「【海神】【竜神】の魔力は温存しておきたいから【冥神】の魔法でお説教しまーす」

ポジション的に完全に悪役の青年ノーブルは椅子に腰掛けながら泣きながら抗議する少女アディに無表情で返事をする。


「説教はッ!いっイヤです!ごっ、誤解なんですぅう!!」

「あん?じゃあどうゆうこと?何で喧嘩みたいな事してんの?いや、神経毒使ったんだっけ?魔獣用のだよね?人には使わないって約束したよね?」

顔を笑顔だが恐怖しか感じさせない凄みを撒き散らすノーブルにアディはただただ青い顔でプルプルと震える。


「ひぃッ!?ウゥ…だってぇ…フィオ様そのくらいしないと止められないじゃないですかぁ」

「だってじゃない」

言い訳は許さないと鋭い目付きで睨む。


「ふぇっ!?ノービュゥうしゃまぁ…おっ…怒ら…えっ?顔が近い…!?あっ…キス?キスならいくらでも…痛っ!」

「輝きにて境を消せ【スコタディ】」

ノーブルは魔力を宿した頭突きをするとアディに強制的に魔眼が発動する。


「びゃああああ!真っ暗!何これ!ノーブル様どこぉ!!」

「輝きにて溶けて消えろ【オプスクーリタース】」

アディの全身に魔力を覆うと周囲の景色が歪み、アディの姿と声が消える。


「………!!!……………、!………………………!?」

景色がユラユラと歪む箇所から気配がするがノーブルは無視をする。


「はぁ、こっちが情報収集してる時に何してんだか…外に身動き取れない要人を放置するとか…」


(というかアディちゃんに遅れを取るほど弱体化してるフィオさんが心配だな…現場に行った時はもういなかったけど)


「んじゃ、アディちゃん。僕は山に置いてきたアヒルの様子見がてら鍛錬して来るから、暫く反省してなさい」


「………!?………………!?………!」


部屋の中央の景色がユラユラと歪むがノーブルは容赦なく部屋のドアを閉めた。


ーーーーーーーーーーー


【第1趾・剣王エンヴァーン】【剣王大十字勲章】初授与


ガルダ王国、王都アガディール中央区にある王城。その王城の建つ広大な敷地内にドンと建てられた【アガディール円形闘技場】


まるで巨塔が地に突き刺さった様な建物の入り口には【先代国王ライト】とその弟である【剣王エンヴァーン】の彫像が向かい合っている。


「…いつ見ても滑稽だな」

彫像の前に本人である剣王エンヴァーンは1人愚痴る。


「これより先は1人で行く」

「!?、剣王様、私たち近衛もお伴します!」

エンヴァーンは後ろで控えていた数人の騎士に声をかけると騎士達はギョッとした表情で抗議する。


「近衛なんて頼んどらんのだがね…鍛錬や精神統一くらい1人でさせてくれ」

「しっ…しかし」


「まさかこんな建物入り口1つ2つ守れないと?」

「いっいえ。そんな事は…しかし公爵様の命が…」


「元々【トーン】という称号はこういうお節介を断るためにあるのだ。逆らえば君たちの立場が危うくなるぞ?」

「うっ…ぐ…」


「だから譲歩してるのだ、ここで護衛しろと…いいな?」

「あっ…はっ!」

敬礼する騎士達を一瞥するとエンヴァーンは闘技場の入り口に歩を進める。照明が灯ってないためカンテラの灯りだけがユラユラと揺れ視界を照らす。


赤い絨毯が敷かれた大廊下を進むと観客席用と参加者用の分かれ道があり、迷わず参加者用の道を選び進む。


選んだ道は控え室の扉がいくつか見られ、更にその奥へ進むと闘技場中央の舞台へと続く大扉。


ギギギィと片方を押し開けると、其処は砂場。砂埃が立つ様な軽いものではなく砂利に近いが衝撃吸収用として申し分無い。


天井は当日までには天幕が貼られるが今はアーチ状の骨組みだけで寂しさを感じさせる。


剣王が舞台の中央まで歩いて来ると、ふと後ろを振り返る。


其処には黒い皮鎧とコートを身につけた者。エンヴァーンの持つカンテラの灯りだけでは下半身から上が暗闇で見えない距離。


「君か…」

「…」

エンヴァーンは顔を見ずとも相手を認識したのか親しい友人に対する様な声をかける。


「…もう少し待ってくれないか」

「…?」


「武芸大会が終わって…落ち着いた頃がいいな」

「…」


「ああ、それでいい元々【剣王】なんて幼稚な肩書きは求めて手に入れたものでは無いからな」

「…」

話は終わったのか黒い革鎧とコートが闇に溶けると気配も消える。


「…………………………ふむ、去ったか」

(それにしても私も…多くから恨まれたものだな…剣に生きてきただけのつもりが…いや、剣という武に生きたからこそか…)


「この場所で新たな剣王が生まれるのか、王国の武が潰えるのか…はてさて」


剣王エンヴァーンは舞台から見える夜空を見上げ、言葉を溢す。


そして一ヶ月後。


武芸大会が開催される。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る