第64話 遠距離戦
王都アガディール・ハーディス家別邸。
1枚の手紙を片手に屋敷の廊下を歩く銀髪の少女。
「ニコ姉様は書斎かしら?」
書斎の扉をガチャリと開けると、部屋の大机で地図を広げ白紙の紙にペンを走らせる薄桃色の髪の少女がいた。扉の音に驚く事もなく軽く顔を上げる。
「あら、フィーちゃん。どうしたの?」
「ここにいましたか姉様、本家のジャンテ兄様から連絡が」
フィーちゃん、フィレット=ロッソ=ハーディスは2つに束ねた銀髪の髪を揺らしながら書斎の中へ入っていく。
「うん、私も聞いたよ。ノーブル兄様が行方不明になったという事にしといてって」
「相変わらず騒がしい兄様たちです」
腕を組んで頬を膨らますフィレット。その様子に姉と呼ばれた少女は苦笑する。
「武芸大会が…いえ、王都が嫌で逃げたんでしょうか?」
「んー…王都に向かってるみたいだよ」
目の前の地図を見ながら少女はフィレットに返事をする。
「えっ?姉様にはそこまで連絡が?」
「私の【探知魔法】でノーブル兄様の位置は分かってるから、とりあえず現在地を記した手紙をジャンテ兄様に書いてるところ」
「もう魔法の影響範囲に…!?なら王都の近くまで来てるんですか!?」
南部辺境から王都まで馬車でゆっくり来るとすれば一週間以上かかる。
ノーブルの行方不明は5日前との事、王都近辺まで来ているならば護衛数人で馬に乗って駆けてきたことを想像したフィレットは驚く。
「ううん、たった今ハーディス辺境伯領を超えた辺りかな?護衛も連れずに1人で馬に乗ってる…んん?馬かな?これ?なんか凄い早さだけど…」
「ええ!?」
今度はノーブルにではなく目の前で瞳を閉じウンウン唸っている少女に驚かされるフィレット。
「…あ…あの…姉様?ノーブル兄様にかけた探知魔法をずっと維持してるんですか?最後にあったのは冬休みに兄様が本家に帰ってきた時でしたよね?半年も?辺境の長距離を?」
「ううん、6年前から維持してるよ。まぁかけ直したりはしてるけど」
「…流石は【聖女】様」
「あはは、やめてよフィーちゃん。ただの【心配】だよ」
【冥神を祀る聖女】グリジオカルニコ=ロッソ=ハーディスは大したことでは無いと薄く微笑んだ。
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石の彫刻が並ぶ壮観な石畳の道を6頭曳きの馬車3台が列を組んで駆ける。周りには多くの護衛付き従い、馬車内の人物の重要性が伺える。
「はぁ…リプカ義姉様まで着いて来るとは…」
白髪の女性は自身の耳の後ろから生える角で窓をコツコツと叩く。
「行儀が悪いわよフィオ…それに私は貴方の監視です。南部辺境まで紅茶を買いに行くとか言って1人で旅の準備する娘を放って置けません!」
豪華という言葉が似合うドレスに身を包んだ女性リプカ=ヒノ=ガルダは呆れたように声をかける。
「せめて馬車は止めませんか?徒歩は我慢して馬に乗って行きましょう。遅過ぎます」
「もう少し淑女として落ち着きを持ちなさい!西の帝国でも【カルセドニー】の探索隊の先頭で大暴れしてたとオラーン様が笑ってましたよ」
「オラーン様が設立した【カルセドニー】は面白かったですね。南部辺境を経験してる高ランクの冒険者を集めただけあって話も合いましたし」
「あの方の破滅願望的な思想は王族でも危険視されていますからちゃんと距離は取って下さいね」
「もう少しで【時の針】攻略できそうだったんですが謎解きみたいな暗号の解析に時間取られましたね…【時を示せ】って現時刻の事じゃなかったのかしら?」
「うう、お願いだから私の話を聞いて頂戴〜…【香りの町】に行くだけでも私がどれだけ周りを説得したと」
「もう少し粘って南部辺境にいるノーブル様の元に連れて行って下さい」
「私も怒るときは怒るわよ!」
「…」
「黙らないでよ!」
「いえ、ちょっと…」
「?」
ガラッと窓のスライドさせて外の空気を入れるとフィオはスンスンと鼻を鳴らし、舌を少し出し風を舐めた。
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「マジか…よ」
「?何か言いました!?風の音が凄くて聞こえないです!ノーブル様!」
『ピィルル』
人気の無い平野で翼を広げ、低空飛行する鳥の如く走り抜ける【魔獣ヒッポグリフ】。その上に跨り姿勢を低くして風の抵抗を減らすノーブルとその背に抱きつくアディ。
「ニコの【探知魔法】じゃなく…【索敵…】じゃないな【探索魔法】?」
「?」
【索敵魔法】は自身の魔力を広げ周囲を把握する。
【探知魔法】は分けた自分の魔力の位置を把握する。
【探索魔法】は自身の魔力を広げ目標の位置を把握する。
例えば火系の【索敵】なら自身の魔力の周囲の【熱】を色分けして見れる。
【探知】なら分けた魔力の周囲の【熱】を把握する。
【探索】は目標の【熱】を探す。しかし目標が人だった場合【熱】だけでは【個人】の把握は無理である。
「…火系だけじゃないな…何だ?何で感知された…?んー…とりあえず魔力は隠すか…」
「だから!どうしたんですか!」
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「ふふ…懐かしい【味】と【香り】ですね」
「…ッ!」
ペロリと舌で口を舐めるフィオ。その表情にリプカは巨大な生物と相対した様な恐怖を感じ背筋を伸ばして硬直する。
「あら?消えてしまいました…魔力の吸い過ぎて気付かれましたか…残念…」
「?、貴方は何を…さっきからブツブツと」
「本調子ではありませんが…【ヴァイア・コン・ディオス(竜神は我と共にある)】」
その瞬間、リプカだけでなく周囲すべてのものに得体の知れない恐怖が走り抜けた。
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(むむ…薄くなった…けど、まぁ、追えるかな…【大涙剣】に【冥王】の魔力は宿ってても【冥王の一部】では無いから場所はある程度しか分からないんだよなぁ…)
「フィオ様には見つかると面倒だししっかり隠しとこう」
「ニコ姉様?」
「【ヴァイア・コン・ディオス(冥神は我と共にある)】」
その日、その瞬間ハーディス家の別邸の景色がグラリと揺れるように歪んだ。
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「…なんじゃこりゃ、何か周囲の魔力が渦みたいになってるな…」
ノーブルの周囲では魔力の光が点滅しグルグルと渦巻いている。竜巻の真ん中に放り込まれた様な錯覚に顔を顰める。
「ん?」
トントンとノーブルの背を叩くアディの顔を見ると口を抑え青い顔をしていた。
「あの…ノーブル様…さっきから私の鼻と舌がおかしいのかコロコロ変化して…酔いそうなんですけど」
「ええ!?アディちゃん!?」
『ピィルル…』
「アヒルも!?」
先程までの快速が嘘の様にヨタヨタと歩き出すアヒルと不調を訴えるアディにノーブルは眉を寄せる。
「原因はこの魔力だよなぁ…邪魔だから還れ!【ヴァイア・コン・ディオス(海神は我と共にある)】」
「えっ…ノーブル様…何を…わっ!?」
ノーブルに呼応し精霊の魔力が大きな波となり渦に衝突すると眩しい光の爆発が起こった。
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「!?うぁっ!えっ!?何で!?」
身体の中で何かが弾ける衝撃を受けたニコは驚き、目を見開く。
(私の【探知魔法】解除されて魔力が戻ってきちゃった…えっ…ノーブル怒った?…ええ、そんな…私ったらまた失敗しちゃった!?)
「ニコ姉様何処ですか〜!?何か書斎が迷路に!?あれ?机が沢山…あれ扉が並んで?…どこ?ここ?ニコ姉様ぁあ!?」
「えっ!?」
ニコの眼の前で目をグルグルさせながら書斎を歩き回るフィレット。壁にぶつかったり机をペタペタ触りながら助けを呼ぶ。
「ああっ!?ゴメンね!!フィーちゃん!今、解くから!」
「声が!?ニコ姉様の声が下から!?そこなんですか!?今行きます!階段はどこに!?」
「あわわっ!フィーちゃん落ち着いて!ジッとしてて!」
その日の屋敷では書斎以外でも使用人が廊下で迷い、助けを求める声が響き渡った。駆けつけた父グリスにニコは泣きながら土下座して謝ると言う珍事が発生した。
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「ひゃっ…!……んん、…これは」
桶に入った水をかけられた様な衝撃に動揺するフィオ。
(…複雑に絡んできた魔力は恐らくニコ様…そして邪魔されてる内に跳ね返された…これがノーブル様…のッ?!)
ガクンッと揺れる馬車にフィオは、思考を強制的に中断させられる。
「うわぁああ!?ちょっ…!待てぇ!?」
「?」
外から響く叫び声にフィオは窓の外を見る。
「そこっ!?危ないぞ!避けろぉ!?」
「うわぁああ!?馬が!?」
「いたた…オレの馬は!?あっあんな所に!?」
「誰か!?捕まえてくれぇえ!?」
「何だ何だ!?何に怯えてるんだ!」
「どうっ!どうぅ!クソッ落ち着けッ!」
護衛の騎士たちが馬から振り落とされ、自由になった馬は四方八方に駆けて行く。悲鳴と怒号が重なる阿鼻叫喚の図がそこでは繰り広げられていた。
「あらら、リプカ義姉様なにやら大変なことに…」
「…」
フィオの隣では白目で気絶しているリプカがクッションにの上で沈んでいた。
「流石にここで逃げ出したらリプカ義姉様が泣きそうなので大人しくしていましょうかね……ん…ふぁあ、何だか眠いですし…」
そう言ってフィオは荷物入れからクッションを取り出すと抱き締めるように抱え目を閉じ休眠した。
フィオはリプカが起きるまで大人しくしていたが結局、死屍累々の護衛たちを見てリプカは泣き出し面倒臭そうな顔をするフィオを力一杯説教したと言う。
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「寝ちゃったか…」
「すー…すー…ううん…すぅ…」
「ピィ…ルルル…」
だだっ広い平野でポツンと佇むノーブルと歩みを止め、立ったまま寝るヒッポグリフ。ノーブルの背では先程までの体調の悪そうなアディが寝息を立てていた。
「慣れない場所だと立ったまま寝るよなお前…まぁ一応馬だから…いや、鷲だから?」
魔力の渦が消えたのを確認するとノーブルは背伸びをし、寝ているアヒルの嘴をコンコンと叩く。
「アディちゃんはともかくアヒルはとりあえず起きてもらわないと…オイ、起きて」
『グワッ!?…ルルル…ガブッ』
「痛いッ!?コラコラ、朝メシとかじゃないから起きたんなら立って!痛い痛い!」
『ピィルル!』
ノーブルに叩かれて起きたアヒルは反撃とばかりにノーブルの手を甘噛みする。
「はいはい、元気なのは分かったから走ってくれ、お前は目立つから冒険者に見つかると面倒だしな」
『ピィ!』
立ち上がり、タッタッタッと寝起きながら軽快に歩を進めていくアヒル。徐々に足音の間隔が延びていくと翼を広げ、再び低空飛行する様に地上を駆ける。
「すぅ……ノーブルしゃまぁ…うへへ…」
「結構、深く寝ちゃったな…プルー湖を反時計回りに駆け抜けた時も寝てなかったし…無理させてごめんね…」
『ピィルル!』
「ああ、お前も頑張ってるよ。王都の滞在中に牛1頭くらいなら奢ってやるよ」
『ピィ!!』
ノーブルの声に甲高い鳴き声で応える。地を力強く蹴り魔獣は加速した。
離れた場所からの3人の邂逅。
彼らが直接出会った時、何が起こるのか神々は興味深そうに世界を覗くのであった。
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