第61話 茶と密談
村を騒がせた昼食会は無事に終わったものの熱は冷めず、そのまま工場の前の広場では子供たちは走り回り、大人たちは世間話に花を咲かせた。
そのお祭り騒ぎから落ち着きを取り戻したのは日が暮れ始める夕方頃であった。
【気まぐれ喫茶・ブローチェ】の一階の店内。
「あーあ、結局、午前に開店するつもりが夕暮れ時になるとは…」
「こんな時間になっても開店させる事に驚きだけどね…まぁ工場の子たちにはお手伝いして貰ったしサービスしないとね」
店内の丸テーブルはアディやノーブルと同じくらいの年齢の少年少女がメニューを見ながら話をしている。
「さてと、何を飲みます?お客様」
エプロン姿の青年ノーブルがカウンターに座る2人の男性の前に置いた羊皮紙を叩く。
【気まぐれ喫茶ブローチェのメニュー】
【エリアティー】(産地の紅茶)
ルピシア(香りの街)
ワハシュ(獣人族の村)
セベク(炭の村)
ドラゴエリア(竜峰産。常に品切れとなっているが本当はある。知り合いにだけ出される)
【フレーバーティー】(紅茶に果皮や花を付加したもの)
赤りんご
メープルシロップ
アーモンド
ベリー
シナモン
アールグレイ(ベルガモットで柑橘系の香りを付加)
フィオルフィーユ(ドラゴエリアと複数の花をブレンド)
ブローチェ(店長・店員のお任せブレンド)
【ハーブティー】
レモングラス
カモミール&ミント
その他色々(上記以外は飲み辛いためメニューに無し)
【ティーパンチ】(紅茶にカットした色んなフルーツをぶち込んだもの、オヤツ感覚)
【グリーン】(緑茶・摘みたてを発酵させずに加熱加工したもの)
【ローストグリーン】(ほうじ茶・緑茶を焙煎したもの。現代日本なら美味しいお蕎麦屋さんは緑茶の後にほうじ茶を出してくれる)
【ルイボス】(ノンカフェインのお茶、妊婦さんご用達)
【チャイ】(少量の紅茶にミルクとシナモンを足す。泥水見たいな汚い水でも飲める様になる。見た目は泥水、冒険者愛用)
【ロイヤルミルク】(バター茶の進化系=ミルクで茶葉を煮出す)
【お茶うけ】
ドライフルーツとチーズの盛り合わせ
生ハムとチーズの盛り合わせ
季節のフルーツ盛り合わせ
「セベクのストレートで」
「私もそれで」
ハゲた男性カプノスとくせ毛の男性シベックがメニューを見ずに注文する。
「…また?そんな美味いですかコレ?試しで作ってますけど…」
呆れた顔で茶葉の瓶を取り出すノーブル。
【セベクの茶葉】
ノーブルが入手したお茶の木をセベク村で育て加工したもの。炭焼き用に伐採した土地に植えているので管理はカプノスの工場に頼んでいるが、まだ輸出する程の収穫はしていない。
「あれ?ノーブル様気付いてないんです、ノーブル様が作ったお茶って微妙に魔力が宿ってますよ」
シベックが目を見開いてノーブルに問う。
「えっ?本当に?自分では分からないんですけど…」
茶葉を凝視するノーブル。眼に魔力の光が宿り【魔眼】を使っても首を傾げている。
「私もこのお茶の試飲してた頃から疲れにくい体になってきましたな」
カプノスはお茶の準備をするノーブルとアディを見ながら便乗する。
「マジですか…」
(何の【魔力】が反応したんだろ?【お茶魔法】?女々しいな…)
正解は【海神の魔力】だが、ノーブルには分からない。発酵食品は長い海路によって生まれたこと、陸のシルクロードとは別に海はティ・ロードと呼ばれたこと、茶葉が海に大量に捨てられた事件などはこの【世界】では起こっていない【物語】だからだ。
紅茶とはオシャレな飲み物ではない、海上の男たちの血生臭い争い共に進化した飲み物である。
「後は単純に試飲してたら舌が慣れてしまって」
「私も同じですね」
「ふーん、たまに遊んでみたらいいのに、この前、西の大公国の冒険者から【コーヒー】少し貰ったけど………何処にしまったっけな?」
カウンター下の棚を覗く。
「えっ?あの真っ黒なヤツですか?捨てましたよ?」
隣でお湯をポットに注ぐアディが軽い調子でノーブルに告げる。
「うそん…流通が安定してきた紅茶でも結構高価なのにコーヒーなんて更に高価な代物なんだよ?」
「大公国の冒険者が店に?」
ピクリとシベックが反応する。
「ん?ああ、なんかスカウト?【大鰐】として大公国のダンジョン攻略のお誘いでしたよ、舗装路の線路についても聞かれましたね」
「ダンジョン攻略…今だと帝国の【時の針オベリスク】が1番進んでるんでしたっけ…【竜王】の遠征が功を成したみたいですね」
カプノスが指を額に当てながら情報を絞り出す。
「ええ、そのせいか皇子たちが婚姻に迫ってるみたいです。アピールする為に今回の武芸大会に参加するみたいですよ」
シベックは情報を補足する。
「それで?スカウトは断ったんですか?」
「んー、多分行くことになりそう…な気がする」
カプノスの質問にノーブルが唸り、シベックは肩の力を抜く。
「何ですか、そのモヤッとした返事は」
「ダンジョンと呼ばれてる場所が大公国から竜峰方面に向かった場所で発見されたとか…まぁ何事も無ければ…とは行かないでしょうね」
「成る程…線路については何処まで?」
「南部の開拓で必要な物資、資源の回収用って言っておきましたよ。列車については話してないけど隠しきれるものでは無いしバレてるでしょう」
「ふむ、冒険者かどうか怪しいですね…その方はどちらに?」
「【オピオゲネス】族の女性に引っ掛かって、ストーカーしてる最中に魔獣に襲われてギルドで療養してますよ」
「あー…昨日の夜、ギルド行ったら若い青年が寝込んでましたね…あの人か」
「【オピオゲネス】の眼って何とかならないんですかね?」
シベックとノーブルの問答の間にカプノスが差し込む。
「昔は【ラミア】って【魔物】扱いされるくらい強力だし難しいかなぁ…結界魔法を作って教えようかと思ってます」
「あっ、ノーブル様!その魔法止めて下さい!さっき女の子たちから聞いて分かりましたが魅了魔法と同じ効果が出てるみたいです!」
「ええっ…【相手の色気を自分の色気で押し返す】的なコンセプトで作った結界魔法なんだけど…」
「より強力な魅了魔法作っただけじゃないですか!」
「…!」
手に口を当てた驚くノーブル。自分の年収の低さに驚いた人の様な表情でアディを見る。
「いや、目から鱗が落ちた顔をされても困るんですけど…とにかく禁止です!」
「まぁ、ノーブル様が頑張ってるようなので良い結界が出たら教えてください…ああ、あとノーブル様」
「はい?」
「昨日のクエストについてですが、依頼主の情報の写しです」
シベックはポケットから出した紙をカウンターの上に広げる。ノーブルは空のカップを持ちながらそれを覗く。
「ふーん、住所は【ユーク】、職業は【行商人】、セベク村に来た理由は【南部辺境にある特産品の買い占め】、クエスト詐欺について【セベク村行きのキャラバンが襲われたのは本当】、規制植物の密輸については【知らない】と…んー?【白】か?」
「微妙です。行商人として自分の積荷を把握しているのにクエスト内容を曖昧に申請した事について【受付嬢が新人っぽいから騙せた】と罪を認めて罰金という形で処理されるそうです」
「【クエスト詐欺】は認めたけど、規制植物の密輸は分からない…と、襲われたキャラバンの商人の数は?」
「話では商人は5人、護衛が8人出そうです。一応、昨日の内に私兵団を北部に向かわせて、事実確認に行っています」
「ふーん、その内の誰かが密輸の容疑者?関わってる商会は聞いてないか?はい、セベクのストレート。お待ちどう」
ノーブルは2人に紅茶を注いだカップをカウンターに置く。
「あっ、どうも…全員が王都に近い町で店を持つ商会の商人だそうですね、何でも王族や貴族たちが欲しがってると噂の紅茶の茶葉を探しに南部辺境に来たと…ノーブル様は何か知ってます?」
「んー、竜峰産の【ドラゴエリア】ですかね?取り引き先には出したりしてるし、買い占めなら金品詰んでた理由も納得かな?」
「後は…帰りでは無く、行きで【規制植物】を詰んでた理由がよく分かりませんね」
カップの液体を見つめながらカプノスは疑問を口にする。
「行きなら…手に入れたのは北部か東部ということでしょう?」
「そうですね、とりあえずセベク村で密輸の取り引きは無かっただけでも一安心です」
「クエスト報酬はどうなるんですか?体液まみれとはいえ結構な量の金品を無事に確保出来ましたが」
アディがコップを拭きながら男たちの会話に混じる。
「ああ、支部長が言うにはギルドとノーブル様の取り分け半々の所を、事実確認の不備もありとの事で8割はお渡しするそうです」
「おお〜結構貰えましたね…あっそうだシベック、帰りにアディちゃんの給料渡しますから」
「あー…はい、ありがたく…アディ良かったね」
「あっ!もう1ヶ月ですか!いくら貰えるんですか!?欲しい本や服、調合用の器具買いたくて!」
「うーん銀貨5枚かなぁ」
銀貨1枚、現代日本換算で1万円。つまり5万。大金である。東京の住民税一期分で吹き飛ぶが大金である。
「やったぁぁ!」
「…」
喜ぶアディに冷や汗垂らしながら黙るシベック。
アディは知らない。シベックに渡されるアディの明細表の存在を。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます