第60話 共同浴場


セベク村にある炭焼き工場の隣接された共同浴場。

男女別に分かれた入り口から入り、脱衣所に入ると2つの扉。

1つは蒸し風呂のある広間。

もう1つは垢すり用の部屋。


垢すり用の部屋も蒸し風呂同様に蒸気で満たされた空間である。

中央に丸い台座の大理石、その上に寝転がる男性。それを押さえつける様に薄手の布を羽織った女性たちが囲んでいる。


「あ…ノーブル様如何ですか…我慢なさらずに…」

「はぁ…はぁ、此処も…お揉み…ん、致しますか?」

男性と同じ年頃の若い女性が2人が男性の腕を自身の腕に胸に絡み付かせる様に撫で回す。


「あっ、こんなに硬くなって…」

「こっちは私が…やん」

石の台座に乗り男性の足に跨り、全身を使って圧をかける恐らく成人には満たない背の低い少女2人。


「んー…もうちょい肩と腿は強く揉んで…あれ?違う違う、垢すり頼んだのに何でマッサージしてるんです?いや、マッサージかコレ?」

男性ノーブルが我に返り疑問を女性陣にぶつける。


「いえ、お気になさらず…ぁ…これは今日のお昼のお礼ですから」

ノーブルの腿から足裏まで絡みつく様に撫で上げる。布地がズレて濡れた小麦色の肌が照らされる。

腕は布地と肌に滑り込み、女性の証に触れる度に嬌声が僅かに漏れる。


「いや、マッサージなら擦り付けるんじゃなくて揉んでね…ちょっと指咥えて舐めないで!?」


「えっ、男の人はこうされると喜ぶのでは?」

「いや、どこ情報ですか…」


「王都にいたところに年上のお姉さんに、こういう仕事もあるからと…」


「王都の共同浴場とは勝手が違うからね…というかココの垢すりの仕事ってみんな女性なの?」


王都周辺の共同浴場は娼館と化しているため、既婚者は入れないかったりと色々と問題がある。


「えーと…女性の方からも…はぁ、頼まれるので…ん、殆どの垢すり担当は…ふっ、そうですね」

ノーブルの腕に圧をかけながら答える女性。


「ふーん、他所の冒険者や商人来るでしょ?勘違いする馬鹿とかいない?」


「いえ、垢すりだけ…なのでマッサージまで…するのはノーブル様だけですよ?」


「…何でさ?」


「カプノスさんからは恩人だから丁寧に接待しなさいと仰せつかっておりますし、工場のみんなと話し合って…」


「いや、そこまで求めてないけどね…カプノスさんを口出さないからなぁ…いや…マッサージじゃなくて普通に垢すりしてよ」


「えー、つまんな…いえ、何でも」

「せっかくのチャン…ゴホン」

「凄い筋肉〜」

「かたーい」


「…」

(どこまで本当か分からん…)


「はぁ、垢すりはいいよ、普通に蒸し風呂入ってくる」

腕に力を入れて上半身を起こすと、足を床に持っていく。


「あん、お待ち下さい!」

「まっ、待って!」

「ぬお!?あっ…ちょっ、引っ張らないで…!?」

ノーブルは立ち上がり歩き出そうとした所で腰布を掴まれる。


ガチャンッ


「「「「!?」」」」


「うわぉお!?あっ!いた、そのお尻はノーブル様っ!そっちに女の子た…ちが……」


アディが叫びながら女性側の脱衣所から垢すり部屋に入ってくると反対の扉に向かうノーブルのお尻が目に入る。そして薄く透けた布地の女性たちを見つけ瞳の光を失う。


「ああ、何だアディちゃんか…また別の女の子が入って来たかと…ふぅぅ…ん?今、尻だけで判断しなかった?」

「気のせいです。というか私が女子じゃないみたいな反応やめて下さい…あと、流石に腰布くらいは巻かないとマナー違反ですよ」


「…逃げようとしたら布取られたんだよアディちゃん」

体を女性陣には向けず顔だけ捻って背後を見る。


「そっ、そんな…!?」

「お見捨てにならないで…!?」

「アディ先輩怖いんです!助けて下さい!」

「あわわわ…!」

慌てる若い女性と怯える少女たち。


「…そうですか、とりあえずこの場は任せてノーブル様は男性の脱衣所へ」

冷めた視線で女性陣を見るアディはノーブルに手を振る。


「助かる…」

そそくさと退出するノーブル。ガチャン、バタンと扉の閉まる音。


「さてと…」


「あのアディちゃん…これはその〜」

「ほらっ、私たちだってノーブル様と遊んだっていいかなぁ…と」

「アディ姐さんが怖い…」

「ガタガタガタガタ…」


「はぁ、とりあえず、しばらくは喫茶店を開店しても出禁ですね貴方たちは」

ため息を吐きながら女性陣にアディからの実刑を言い渡される。


「「「「そっ…そんなぁあ!」お茶したーい」ええ!?」鬼畜〜!」


【気まぐれ喫茶・ブローチェ】

発展はしているものの娯楽の少ないセベク村の若者にとって、一昨年から開店した村唯一の喫茶店は非日常という刺激を与え、友人と集まり、情報交換する場として親しまれている。


本人は気付いてないが、一応貴族であるノーブルがお茶を入れ丁寧に接してくれるいうのが、女ならお嬢様、男なら領主のような妄想から来る優越感を感じさせ、麻薬の中毒の様に通うものも多い。


そんな場所が禁止というのはお喋り好きな女子にとって死活問題に等しい。


「アディちゃんそれはヒドイよー!?」

「横暴だぁ!」

若い女性が涙声で叫ぶ。


「ええい!もう決めました!変えませんっ!というかオッパイ見えてます!そんなんで迫ってくる女の子なんか店に入れません!」


「ヒドイですよーアディ先輩〜!」

「お…お慈悲を…アディ姐さん!?」

アディと同じくらいの少女たちも泣きながら懇願する。


「というか工場の男の子とか村の男の子はダメなんですか?他の子もノーブル様ばかり狙って来ますし…」

腕組んで呆れた顔をするアディ。


「あー!アディちゃん自慢!?アディちゃんこの前プレゼント貰ってなかった!?」

「あっ!そーだ!?貰ってた!?ノーブル様!一筋とか言いながら!?」

「工場の子から告白もされてたー!」

「村の羊飼いの男の子にプロポーズされてたの知ってるよー!?」


「ちょっ…!?一気に反撃が来た!別にプレゼントくらいいいでしょ!」


「というかアディちゃんもそうだけど!南部辺境の子達の魔法ってズルいよー!?」

「そうそう!この前、南西の村から来た女性に男の子たち皆一目惚れしたとか言ってたよ!?」

若い女性の1人が頬を膨らませて抗議する。


「え?魅了魔法にかかってる子いるんですが!?女の子たちは大丈夫ですか!?」

アディはその情報に目を丸くする。


「えっ!?えっ…うん、なんか南西の男の人たちも格好良いねって話はしてたけど、ノーブル様が裸で村帰って来たらなんか気にしなくなったかな?」


「えええ〜…ノーブル様って魅了魔法でも持ってるんですか…ますます魔物チックに…あっ…ちょっと逃げないで下さい!」

きゃーきゃーワーワーと甲高い声が響く賑やかな共同浴場。


ーーーーーーーーーーーーーーーーー


「はぁ…何とか逃げれた…というか…色んな意味で危なかった」

男性の脱衣所の部屋にある水桶で顔を洗うノーブル。


「あーもー…どうすんだよーコレー……はぁぁ…」

下半身を見ながら顔を覆うノーブル。共同浴場の建物の前はまだ昼食会の余韻もあり人が多い。


大衆から壁の一枚隔てた先で、理性と戦う事を強いられたノーブルはただただ溜め息を吐く。


「…はぁ」

(なんか最近、成長したフィオさんやニコを夢で見ちゃうし…色々ヤバいな…魅了魔法対策の結界魔法とかも練習してるけど効果あるのか分かりづらいし…)


ザバァッと冷水を頭から被る。


「冷えぇ…ハッ…ハァ……ふぅ…はぁぁ…」

(あー…面倒臭いの嫌なのに…ニコはまぁ、妹の距離感あるし、フィオさんは…お淑やかになってる事を…願うしか…無い…襲われたら……いや、きっと力で負けることは

…)


ーーーーーーーーーーーー


「ヘクチッ…んん…?」


「あら?夏風邪かしらフィオ?」


「いえ、大丈夫です。リプカ義姉様」


「武芸大会も2ヶ月後に迫ってるし、誰かが貴方の噂をしてるのね」


「どうなんでしょう?最近、体調も良く無いので…あっ、くしゃみの弾みで木剣を握り潰してしまいました…」


「…」



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