第35話 喫茶屋台
【王都アガディール・南門緑地公園】
王都アガディールは広く貴重な水源である小さな川や自然溜池を守る為の緑地公園が幾つかある。
【南門緑地公園】その名の通り王都アガディールの南門をくぐった先、大通りの左右を挟む小さな林である。
林と言っても人の手が入り整備され、蛇行になるが石畳の道も幾つかある。動物は鳥がちらほら。探せばタヌキかイタチ、ネズミといった住処を選ばなくても逞しく生きる生物が多い。
そんな大通り近くの緑地公園に出店している屋台風の喫茶店がある。
【客を待つ】のではなく、【客に向かう】営業スタイルは王城近くの一等地に住む固定観念の美意識を持つ貴族には嫌がられるものの、大通りで開かれるバザーや商業地区では当たり前の光景として人々に浸透している。
南門緑地公園・出張喫茶店【ジェロニー】
木々に囲まれた石畳の道に木の丸テーブルと椅子2つのセットが計3組。傘付きの荷車といった体の屋台を囲んでいる。屋台では店主が紅茶用のお湯を沸かしている。
3組の机と椅子は、現在2組埋まっている。
1組は夫婦と娘。椅子に夫婦が腰掛けており、虫取り網を持った娘が林を走り回っているの見守っている。
もう1組は頭にターバンを巻いた少年と少女。少年は眼鏡を掛けており白シャツと黒い短パン、少女は白地に花柄が点々添えられているワンピースと褐色の肌が目立たないように白いショールを肩にかけている。
少年ノーブルはカチャリとティーカップを持ち上げると一口。
「色々混じってて良く分かんない味だな…油っぽいスープのバター茶を飲むよりはマシだけど」
「王都で1番人気のブレンド茶らしいですよ?名前は【エンペラー】っていう名の確か…ベリー・ マルメロ・パイナップル・オレンジに紅花が入っていたかと」
ノーブルに向かい合って座る少女フィオはスラスラと疑問に答える。
「…よく覚えてるね」
「昨日、宿で休んでる間にシベック様から王都の広報紙をまとめたものを頂いたので、ずっと読んでました。紅茶のこともソレで」
王都に来てからフィオとノーブルは別行動をしている。
剣王までとはいかなくてもハーディス家は魔王討伐以降も注目の的である。
ニコと同様にフィオの様な特徴的な女の子がハーディス家の屋敷に出入りすれば探る者は多いと予想された。
その為の対策として、シベック夫妻に同伴する形で王都に入り、そこそこ良い宿に宿泊。宿内では夫妻の召使いといった装いである。
今日はノーブルも変装して外出という事の為、合わせた服装をしている。
シベックは休暇を終え、仕事として来ているがまだ公表されていない王族の護衛なら危険も少なく、家族と一緒ならと喜んで引き受けた。私兵団からは白い目で見られてるらしいが気にしていないらしい。
「はぁ、もう僕より王国の事は詳しいんじゃない?…それより人混みには慣れた?」
「先日みたいに酔うことはないですよ?ただ…自分から大通りは余り歩きたくないですね」
「うーん…やっぱり断ろうかね」
「…?…お父様と【公式にお会い】することですか?そのくらいは平気ですよ」
「次期国王になる事はないだろうけど、それでも【王族】だよ?人は勝手に集まってくるさ」
ノーブルは苦い顔をする。
「でも私は公表する条件にノーブル様が【欲しいもの】もあるんですよね?」
「んー?【プルー湖南部】のこと?どうなんだろうね…父上や剣王様の後押しがあれば手に入る可能性はあるってだけだしなぁ…魔王討伐の論功行賞の報酬として考えたけど、魔王討伐の栄誉はいらないかな、というか邪魔」
「そうなんですか?」
キョトンとした顔をノーブルに向けるフィオ。
「広報誌に魔王討伐までに発生した4年間の行方不明者に関しての情報があった?」
「えーと…行方不明になった貴族や冒険者の親族や関係者が剣王…お父様に面会や再調査を求め殺到して…ああ…そういう事ですか」
「生き残った…いや生還したものの義務なのかも知れないけどね…【中途半端の報告】をして期待や批難を浴びるより全員行方不明のままに【いつか調査する】と言ってお茶を濁している方が楽なんだろうね」
紅茶で口を湿らせる。
「【中途半端】ですか…」
「そっ、【中途半端】、まぁドワーフ族辺りは剣王様の剣を見て騒いでるみたいだし、そのうち事情は話に行くつもり」
「あれ?」
目を丸くして驚いた顔をするフィオにノーブルは問いかける。
「…?どうしたのフィオさん?」
「そういうのも面倒臭がりそうだったので」
「…まぁそうだね、正直フィオさんと2人で適当に旅でもして余生を過ごしたい」
ノーブルは冒険者としての【総合的な実力】はC−、そこに【恩恵】【加護】【竜体魔法】【冥王剣】が加わる事でA以上、剣王のSクラスに及ばないにしても反則的な戦闘能力と生存能力を持っている。
竜峰から持ち帰った毛皮も引き取って貰ったため、お金もそこそこ持っている。
ノーブルは家出しようと思えば何時でも出来るのだ。
「ダメなんですか?」
「家族を心配させた4年を埋めてからかなぁ…はぁ」
心残りを払拭する為、自身にモヤモヤを抱えたまま生きるの方が面倒臭いと言わんばかりにため息を吐く。
「あれ?それだとプルー湖南部を欲しがるのは何でですか?」
「んー…1番の理由はあそこに冥王の死体を置きっ放しって事かな、管理者として何かあったら僕の責任みたいなものだし」
「えーと…湖の南部で暮らすんですか?」
「そうなるかな、どちらにせよ次男だし本家からは出る、学校で兄上みたいにお嫁さん探ししないといけないのか…」
「え?」
「ん?フィオさん?」
またしても驚いた顔のフィオにノーブルは心配になる。
「お嫁さんですか?」
「そう、詳しく聞いた事ないけど僕にも政略結婚的なものがあるらしいよ?」
「結婚…」
「昨日の夕食の話では再来週の9歳の誕生日に生還報告を含めたパーティするってさ、なんか婚約者候補の御令嬢やら呼ぶとか…」
「私ではダメなんですか?」
「え?ダメってパーティ?フィオさんも呼ぶよ?」
「いえ、私がノーブル様の妻に」
「…あ…え?えーと…んー」
カチャリとティーカップを持ち上げ、ノーブルは気持ちを落ち着かせるため紅茶を一口飲む。
「私はノーブル様の子供欲しいです」
「ぶふぶぉ!!!」
ノーブルは反射的にフィオから顔を逸らし紅茶を吹き出した。
「ケホ…フィ…フィオさん?どうしたの?」
「あっ…いえ…勝手が過ぎました。私はノーブル様のモノなのに…」
ハッと我に返りシュンと項垂れるフィオ。そんな様子をノーブルは見て空を見上げる。
木々の隙間から漏れる木漏れ日がキラキラしていた。
「…モノか、そこら辺もハッキリさせた方が良いのかなぁ」
遠い目をするノーブル。
「ノーブル様?」
「僕はフィオさんのことが好きだよ」
「?…その…好きって言うのが私にはイマイチ分からないんです」
ノーブルの告白はフィオによって綺麗に霧散した。
「まぁ…僕もよく分からないんけどね、フィオさんと一緒だと楽しいなぁって気持ち」
「楽しい…それなら少し分かる気がします。王都に来るまでノーブル様と色んな事を知れて自分の中が満たされていく事が…楽しかったです」
フィオの知識欲は竜峰に出てから更に増した。町に訪れる度に本を買ったり、お店に入れば店員さんに細かく質問する程にまでに。
「僕と一緒である必要あったかな?」
「え?」
「多分だけどさ、本来はフィオさんのお母さんと剣王様がやるはずだった事を僕がやってるだけなんだよ」
「………そんなこと…だってバルやディにマルキーナおじさんもノーブル様が決闘して勝ったから私は…あっ」
「【勝った】から【強い】から…フィオさんの中に僕はいるのか不安になる…」
「…」
「あの決闘もフィオさんを放っておくと剣王様がマルキーナさんの一家を斬り殺しそうだったから、落とし所として僕が仲介したものだったしね…」
「…」
「…僕はさ、フィオさんがお嫁さんになってくれたら嬉しいよ」
「!!」
俯いていたフィオはバッと顔を上げる。
「でも、僕の将来は剣王様みたいに剣だけに生きて最強の勇者になりたいとか思っていない…前みたいに油断すれば竜峰でも死にかけるし、爺にも負ける、強いかって言われても自信はないよ…」
「…」
「僕が【負けて】も、【弱く】てもフィオさんは僕と一緒にいて楽しめる?」
「…私はノーブル様の強さに甘えているんでしょうか」
「僕もフィオさんに甘えてるけどね、その為に強くなきゃいけないけど」
「ズルいのは私…」
「別に正しいとか間違ってるとかじゃないよ、フィオさんが僕のお嫁さんに立候補してくれるの嬉しかったし、ただ僕とフィオさんが成人するまで、今の関係が変わることもないんじゃない?」
「…成人して、私が妻になりたいとまたお願いしたら?」
「その時に僕が弱くて負けそうだったら?」
「…」
「…」
「…フフ」
「…ん?」
フィオが怒るかと覚悟していたノーブルは微笑まれてしまったことに疑問を持つ。
「なんだい?フィオさん」
「いえ、何でもありませんよ?」
フィオが何かしらの思いをノーブルに隠したようで気になったがとりあえず話を戻すことにした。
「…そっか、まぁ…まだまだ先の嫁うんぬんの話はどうでも良いさ、それより今のことだよ。フィオさんが剣王様と正式に会っても良いってことは変わらない?」
フィオが無理してないか観察しながら質問する。
「はい、ハーディス家の当主であるグリス様も関わっているなら竜峰や竜人族に害になる事はないんですよね?」
気楽に返すフィオに不安はあるが、無理はしていない様子に安堵する。
「それは勿論、来週にある論功行賞の式典でフィオさんを剣王の娘として発表されると思う」
「ノーブル様は?」
「一応顔は出すけど、忙しくて僕の誕生日パーティに来れない方への生還報告の挨拶くらいかな…」
「そうですか、公表後はお父様に従えばいいんですよね?」
「らしいよ?当日は父上と僕でフィオさんを剣王様の所へ連れて行く。そこからは剣王様に任せっきり」
「分かりました」
フィオは了承すると紅茶を口にする。
「…」
ノーブルも合わせて紅茶を口にする。
「…」
フィオはティーカップを両手で持ったまま中の液体を揺らしている。
「…」
林の木漏れ日、紅茶から漂う果物の香り、小鳥のさえずり
(嵐の前の静けさか…昼食の後もあってか眠いな…でも…)
「んー〜」
ノーブルは椅子に座ったまま体を伸ばす、これから動くぞと自身に伝える。ノーブルの動きにフィオはカップに残っていた紅茶を飲み干す。
「そろそろ、行こうかフィオさん?」
「はい、シベック様にも声をかけてきますね」
「うん、お願い」
フィオはティーカップを乗せたソーサーを自分とノーブルの分を持ち上げると屋台に下げに行った。
(さてと…王都でやれる事やらないとな…)
ノーブルは将来の静穏を手に入れる為に動き出す。
静穏に必要なものの1つ、生活に困らない安定した収入。
本家から出る次男ノーブルの就職先は未定。
ノーブルは椅子の下に置いてある荷物カゴから革袋を取り出すとジャラリと卑しい音が鳴る。
「ノーブルしゃまー、フィオねえーしゃまとどこいくのー?」
シベック夫妻のエルフ族のハーフの娘アディがトタトタとノーブルに駆け寄ってきた。麦わら帽子は健在で特徴的な耳は見えにくい。そこまで隠す気は無いのだろうか。
ノーブルは席を立ちアディを持ち上げる。
「アディちゃんやお父さんとお母さんも一緒だよ、行くのは【工場見学】さ」
「コウジョーケンガクー?」
「そっ、潰れかけの【蒸気機関】の開発工場のね」
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