第31話 劫の一閃


「いや?…なんか諦めてるみたいだけど、本気じゃないでしょ?【爺】?」



戦闘開始からずっと有利に動いていたノーブルの発言にストーンはポカンと口を開ける。



「えっ、いえ…私は本気でしたよ…剣の腹で振った事を気にしているのなら…」



ストーンの発言に首を振るノーブル。



「違うよ師しょ…【剣王】様が言ってたんですよ、爺の事知っててさ、同期の中では剣の才は段違いで優れていたってさ」



「エンヴァーンが…」



「なんか【山神】の奥義みたいな【技】があるんでしょ?見せてよ。魔力の感覚だけでも覚えたいんだけど師しょ…【剣王】様に頼んでも受けさせてくれなかったから…」



何十年も前に各国の国賓を招いての競技会のデモンストレーションだったか見世物として【剣王】が披露した【技】があった。


用意した大岩を一閃で真っ二つにした【技】にトーンは年甲斐もなく心が躍り、会場にいたエンヴァーンに【技】の【理】を教えてもらい。それから更に何十年と妻や子に呆れらつつも鍛練し続け【近づけた技】である。。



プロレスや柔道、ブレイクダンスなど【人】は【人の動き】に魅了され、【その動きが生まれる過程】を知らない【子供】は真似をする。ストーンの行動は年を重ねた【大人】とは言えないものだった。



「あれは…【剣王の技】に見よう見まねで近づけた【紛い物】に過ぎません」



悔しそうに呻くストーン。彼の【技】は自らの武器を消費してしまう。1人ならまだしも守るものや連れがいる場合に【使える技】では無いと言うのが考えている。



そんなストーンにノーブルはため息を吐く。



「【魔法】や【技】なんて曖昧な基準しか無いんだから【紛い物】なんて無いよ、覚えて【昇華】させるのは僕だ…だから見せてよ爺。」



「!?」



自分の【未完成】をノーブルが【完成】させる。ストーンにはそう聞こえた。



「ノーブル様………いいでしょう…!」



ストーンの瞳に輝きが戻る。ハーディス辺境伯爵家は【冥神の恩恵】も有り、ストーンが仕えたブロッカート家の【騎士】のような正面から堂々という戦い方は好まれない。故に若かりし頃のグリスにもジャンテにもストーンは教えられるものが余り無かった。



(私の【技】で、あの【剣王】に【暴君】に一泡吹かせられるとは…なんと心躍るか!【面白い】ですぞノーブル様!)



ストーンは立ち上がる、それを応援するかのように精霊の魔力が湧き、そして膨れ上がる。



「皆の者ノルベ様と共に退がれぇえ!!!ノーブル様の希望に答え!!!我が全力を尽くす!!!」



「「「「「「「!?」」」」」」」



「ストーン!?貴方は!ノーブルに!?」



何が起こるかは正確に分かった訳では無いがノーブルに広範囲の規模の大きい【何か】をしようとする。ストーンにノルベは声を荒くして叫ぶ。




「母上、離れて下さい、私は大丈夫ですので」



「!?ッでもお母さんは心配なの!」



「母上【竜鱗の指輪】を奪ったのは私です」



「?…えっ!?持ってるの!嘘ッ!?えっ…いや…今は関係無いでしょ!?」



「小さい頃、僕が食べちゃって消化してしまいました」



「「「「「「!?」」」」」」



この発言にノルベだけでなくストーンも話について行けなかった兵士も驚き、やがて変な顔になる。食べたからといって【消化】出来るものでは無い。この世界にもそのくらいの常識は当然ある。



「僕の身体は【恩恵】含めて、大分特殊だったから出来たみたいですよ、これが証拠です」



彼の目の周りから薄く【鱗】が生えてくる。そして手にも覆うように生える。全身を覆っているのかノーブルの服がシワが伸び、僅かだが身体が一回り大きくなったかの様に感じる。ノーブルの変化に一同驚く。



「【竜体魔法】…」



ノルベの瞳は不安と好奇心の輝きが揺れ続ける。



「これのお陰で僕は今ここにいると言っていいでしょう、とりあえず死にはしませんよ。怪我しても【ある程度】は簡単に完治します。」



「……だからといって」



「指輪の代わりといっては何ですが、指輪にあった石より大きい【竜鱗】を【母上のため】持ち帰ったので、それで今回は多めに見て頂けないでしょうか?」



「「「「「!?」」」」」



「ノ、ノー…ノーブル?…竜を見たの?しかも鱗が落ちる場所まで?」



【竜】の恐ろしさを知っている2人は激しく動揺した。



「【剣王】様と行きましたよ。2人で行っても大した量は持ってこれませんでした…まぁ【剣】一本分くらいが抱えて走れる限界でしたし」



「【王剣カークス】か…」



「本当は【あれ】、母上にあげるつもりだったんですけどね」



「「「「「「「ええッ!?」」」」」」」



「【剣王】様の剣がボロボロになって代用を務めれるのが【アレ】しか無かったんですよ…王都に行ったら返してもらってきますよ」



魔王を倒したと言われ【伝説となる剣】を農民にクワを貸してと頼むような気軽さで言ってのける。



「いいの!?いや…あっいや……欲しいけど…流石に、だッ大丈夫よノーブル!貴方が持ってきた【鱗】だけでも十分嬉しいわ!?」



【剣王】の称号と【王剣カークス】の所有権を巡って国中が殺気立っている現在、欲しくても後々の面倒さに比べて、断るノルベ。



「そうですか?とりあえず下がってもらえますか?爺の使う【技】を少しは知っているので危ないですよ」



「うう…分かったわ…本当にケガはしないでね?ノーブル」



「はい、母上」



今の時代の貴族、平民問わず子供たちが憧れる【王剣カークス】に興味が無いらしいノーブルの規格外さを感じたノルベは渋々といった様子で兵士一同と離れる。



その様子を眺めた2人の男は自然と笑う。やがて老兵ストーンが口を開く。



「この老いぼれの全力を…受けて下さいますか?」



小高い丘に草と風がサラサラと音を立てる。



「うん、あっ…そういえば爺のお土産か…【魔王】でいいか」



「?」



ノーブルから発せられた何やら不穏な単語に顔をしかめるストーン。



ノーブルは竜体魔法を解かずに呟き出す。担いでいた【黒い岩の棒】が【蠢いた】。



「ケール=エレボスの門を開けろ【冥王剣ケロベロス】」



「!?」




ボコンボコンと【黒い岩の棒】泡が湧き出る様に弾け、合わせてトゲが突き出す。


ボコンと更に【トゲ】が【棒】の外へ突き出されると【トゲ】の全貌が明らかになる。



黒い岩の様な曲線を描く大きな塊。



【ソレ】はストーンが見覚えのあるものだった。



「何故…何故ッそれが…【冥王の爪】が…!?」



【ソレ】は【剣王が冥王討伐した証】であるハズの【魔王の一部】



【爪】から【爪】が生まれ、姿形は【棒】でなく、相手を叩き潰すための【特大剣】となった。ノーブルは【竜体魔法】の補助で軽そうに担ぐ。



「【冥王の能力】は死体となった今でも残ってるんだよ。その【冥王の死体に残ってる能力の管理】する権限を僕が持っている」




「倒したのは【剣王】では!?」



「剣王が【倒した】ね、ただ死体となっても能力は生きてるんだ。老い先短い【剣王】様は嫌がって、代わりに僕が貰った」



「…死体でも」



「この【棒】は【冥王との初戦】で手に入れた戦利品の

【爪の欠片】。コイツさえあれば【冥王】の魔力を【探知魔法】で追える」



「?…それだけならノーブル様が持っている意味は……まさか!?」



「…」



「【隠していた】のですか?」



「まぁ4年前の事件からして【広範囲に影響を及ぼせる能力】だったからね。隠せるし、【冥神の恩恵】もあって正確に探し物である魔王の位置も分かる。適役だな」



「…今まで帰らなかったのは」



守りたかった。巻き込みたくなかった。そういう理由なのだなとストーンは勝手に解釈し肩を震わせ、涙腺を刺激し泣きそうになる。



「【ソレ】は違う。単純に【強く】なりたかった。」



「へッ?」



ストーンの解釈はすぐに否定された。



「僕の強さの基準は【魔王を倒した剣王】だ。まだ弱い、だから強くなりたい。ストーンの【技】が【剣王に近い】から知りたい。それだけだよ」



「…儂の感動と涙を返してくだされ」



ノーブルの発言に恨めしそうな顔を向けるストーン。



「剣が鈍りそうなものは邪魔だし、僕が欲しい【技】に必要ないよ、爺」



「…そうですな、無粋…ふはっ…確かに剣には必要ないですな…はっはっはっ!」



笑いながら老兵は持っていた剣を地面に刺す、まるで地面が【鞘】であるかの様に、剣は地面に吸い込まれる。剣の柄を持っていたストーン自身も剣に合わせ身を屈めて行く。



ノーブルはその構えを瞬きせずに見る。


「…」



ストーンはそのノーブルの姿に感嘆する。



(凄まじい集中力…これ程まで…いや…【人】に向けた事などないのだ、私の自己満足…何も成せなかった私の【男としての欲】がこの【技】だったのだ)



腰を曲げ半身、片足は正面に大きく出し、剣を持つ手は膝の辺りまで下がった所で止まると大きく息を吸い、叫んだ。



「我が名はストーン=ベルデガ!この一閃を我が【剣】の!【男】としての生涯の終着点とする!」



ストーンの叫びにノーブルは【特大剣】を【盾】にして構える。



「僕はノーブル=ロッソ=ハーディス!!ストーン=ベルデガに答えられる【技】が僕にはない!!」



ノーブルは【剣王】の金魚の糞であったと自覚している。師匠という名を【剣】というより【冒険者】として意味が大きい。



【剣の振り方】すら教えられなかった。そこら辺の貴族家庭みたいに【剣】を教わる余裕など無かったためだ。だからストーンにお願いした。



「ストーン=ベルデガ!!!不甲斐ない僕に【教えてくれ】!対価は【魔王】に【傷】を与える栄光を!」



ストーンの意気込みに【男】として叫んで答えるノーブル。【魔王の一部】である【冥王剣ケロベロス】を構え直すと妖しい光沢がギラギラと輝く。



「なんとッ…!?ッ…ありがたく!!!その対価に酬いる力を我に!!!揺れにて一閃を捧げ!!!」



ノーブルの気遣いに泣きそうになるのを堪えながら、ストーンは叫び続ける。【剣の鞘】となった大地からは魔力が噴き出す。



(ああ…心の底から…実感できる)



ストーンが踏み込んだ大地が砕ける。土が弾け飛ぶ。



「奥義【劫(ゴウ)の章(シルシ)】!!!!」



(【男】として生きてて良かった…!)



いつか伝説として語られる一節に自らを【刻む】ための【技】。



老兵が地面から一気に剣を引き抜く。

引き抜いた剣は【赤い刃】と共に勢い良く垂直に振り切られる。



カッっと白い閃光が空間を埋め尽くす。





「あっ、嘘!?ヤバッ!?」




ストーンの耳にそんな声が聞こえた気がした。

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