第26話 弱い少年



【東部奥地・竜峰】の春



高地ゆえに【獣人族の村】付近の様に【春】の訪れはまだ感じない。実際にまだまだ地面は白に染まっており、本来の黒い山の名残り大きな岩くらいである。



雲の上の青空が広がる竜峰の凍った大地を歩く。1人の少年。



両肩掛け鞄に丸めた毛皮と途中で拾ったらしい薪用の枝の束を結んでいる。



ツバの広い帽子を被っているが高所特有の日差しを受けて肌は日に焼け、黒くなっている。顔は頬に骨が浮き出し初めて、体調は余り良くなさそうだ。



加工した魔獣のキバを取り付けたベルト。そのベルトを靴裏に取り付けたスパイク、つまりは【アイゼン】がサクサクと心地よい音を立てて進む。



パチンと腕の【腕時計型の日時計】に付いてる蓋を開ける。

ノーブルの師匠である【剣王エンヴァーン】からもらった骨董品だが、正確ではないが時間と方角をある程度分かるのと、センスが良くてノーブルは気に入っている。



時計の中心にある三角の突起の影を見ると丁度お昼時だろうか。



(…こんだけ標高が高いと【王都】基準で作られた日時計なんて役に立たないと思ったけど…以外とイケるもんだな…)



サクサクと再び歩き始める。



(食料は…塩漬けした干しぶどうくらいしか無いな…水は雪を魔法で溶かせば良いとして…ギリギリだわ…)



水系の魔法はあるが、【水を作る】魔法は無い。【水を集める】ことはできるがやれば1番近くにいる【水の塊】である自分の身体の水分や血液の流れがおかしくなるため、繊細な魔法が多く、余り一般的に使うものはいない。汚れた水を【ろ過】したり転んだ傷の砂を取り出すくらいである。



(…【竜の住処】から出たときに方向は確認したから合ってるハズ…何とか…今日、明日には…)



【獣人族の村】でのゴタゴタのせいで奥地への【最新の地図】が手に入らなかった。【一昨年の地図】を利用したのだが、落石で塞がれたルート、橋が壊れたため新たに開拓したルートなど道を何度も引き返すことになった。



他にも看板が雪で倒れてて見過ごしたノーブルの凡ミスなど雨雲・霧による足止めも含めて、予定に大幅の遅れを出していた。



以前は【獣人族の村】から23日間かけて【竜人の集落】にたどり着けたが、現在25日目。本人は遭難してないと思っているが立派に遭難していた。



「くそ…ベースキャンプで…もっと食料貰っとくんだった………ハラ…減った………」




【奥地・竜峰の目安】



【獣人族の村】から約10日かけて【ベースキャンプ・先人の山小屋】へ。



【ベースキャンプ】は定期的に【獣人族の村・冒険者ギルド】【ハーディス家私兵団】が物資を補給している山小屋である。


5年かけて補給した物資を【竜人の集落】の交友に分けたり、竜を見に来た挑戦者の補給所として使われる。


ただし、補給が行われるのは【夏のみ】、それ以外は基本的に無人なのである。【ベースキャンプ】ですら夏以外の時期に行くのは自殺行為だからだ。



【ベースキャンプ】の山小屋を利用して【高度順応】に約10日。



【高度順応】は【奥地・竜峰・入り口】という地上の空気が3分の1しかない高地に身体を対応させる為に数100メートル登ったり降りたりを繰り返す行程である。



【ベースキャンプ】から約1日【奥地・竜峰・入り口】へ。



ここで【運】が良ければ【竜】が【観れる】。【観れない】という結果でも多くの冒険者はここで下る。【竜】とは天気みたいなもの【景色の良し悪し】は【人】がどうにかできるものでは無いのだ。



【奥地・竜峰・入り口】から約10時間で【竜峰・竜の住処】。ここで多くの冒険者。調査隊。ハーディス家の先祖たちも散っていった。



【竜の住処】に明確な定義は無いが「明らかにコレは自然じゃ無理だよね!?」というような大穴や、ツメ跡の様な何本を並んだ道、何処からか拾って来たのか輝く鉱石や【大型の獣】【大型の魔獣】たち。



その恐ろしい【竜】たちの遊び場【竜峰・竜の住処】という迷宮超えて下って行くと緑がチラホラ見え始め辿り着くのが【竜峰・竜人の集落】である。



【竜の住処】から【竜人の集落】まで決まった時間で抜けることは無い。【冥神の恩恵】で【存在を隠しても】予め道を作り変えられたりしたら意味が無いのだ。




そんなノーブルの行程はこうだ。



【獣人族の村】から【ベースキャンプの先人の山小屋】へ、地図も看板もしっかりしており、ここまで8日で来れた。食料も上流に上ってくる【ハルシラセ】を美味しく頂きつつ順調であった。



ベースキャンプの山小屋はカギがかかっていたが【獣人族の村】で補給できなかったため破壊して入った。



そこで一泊。次の日には一昨年は真面目にやった【高度順応】の行程を無視して【竜峰・入り口】に挑んだ。



結果、【竜峰の入り口】に着いたがダウンした。吐き気とめまいでヤバかった。【海神の加護】による【呼吸と圧力】に対して魔力による【補正】が入っていると思っていたノーブルは【高度順応】をサボったが上手く行かなかったのだ。



フラフラと2日かけて【ベースキャンプ】の山小屋に戻り療養に3日。【高度順応】に5日かけて。再スタートした。



そして【竜の住処】で一昨年の地図が変わりまくっててプチ遭難。



ドラゴンには会わなかったものの【鷲と獅子の魔獣グリフォン】【巨人のような大樹の魔物オノドリム】にも襲われて、分かりづらい道が更に分からなくなって完全に遭難。



ヤケクソになって「ヤッホー!」って叫んだら撒いたハズのグリフォンに襲われた。アイゼンを付けてるとはいえ、足がズボズバと雪にハマるため倒しきれないのだ。最初から翼が折れていたが、それでも難しかった。



何とかグリフォンから逃げきってが遭難状態は変わらず困っていたら【野蛮で毛深い人型の魔物トロール】がボディランゲージで「あっちあっち」とやってる様なので、面白半分でついて行ったら、段々と見覚えのある山々が見えてきた。



どうやら道案内してくれてる様だったが。ノーブルには理由が分からなかった。



ありがたいことに【竜族の集落】がある山が見える場所にまで来れたので【余っていた鉱石】を上げたら喜んでいた。もしかしたら【冥神】が生んだ魔物かもしれないとノーブルは想像しながら別れた。



そんなこんなで25日目、やっと【竜族の集落】の住む洞窟がある山に辿り着いた。



「…やっ…やったぁああああああああああ…あっ…」



気が抜けてつっかえ棒にしていた【黒い岩の棒】が凍った地面を滑る。



「うぼすっ!?」



受け身は取ったが地面に倒れ込んでしまう。



「あー…何かの栄養が不足してる気がして立てない…」



そういって寝転びながら背負っていた鞄を下す。鞄を開けて小さい麻袋を取り出すと口に持ってきて降って見る。



何も無かった。



「…」



どうやら現実逃避して食料があるものだと幻覚していたらしい。



「…」



(…少しだけ…寝るか)



仰向けで見上げていたノーブルは頭をコテンと横に倒す。頬に雪が当たる。冷たい。



(寝袋…面倒クセェ……反応強化……アレも腹減るし…いいや………)



【火系の反応強化・アップ】は熱を上げるために人間の消化と燃焼を加速させる。乱用しても栄養が無い・補給出来ない状態でやれば危険である。



(…ああ、冷たくて気持ちいい。静かで青くて…白い…世界…………………………………)




視界に雪の白。遠くを見ても雲の白。首を持ち上げて青い空を見る力が今は無い。




「………………………………………………」




(……………………………………)



















フフッ…



「…………………………ん?」



声がした。



「…………………………ごめん………首向ける力も入んないや……」



ノーブルの白い視界に影がいる。

どうやら近くに立っているのか、上から声が降ってくる。



「そうなんですか?」



「そうなんだよ…」



「んー…なら私も寝ますね!」



(何でだ…)



ノーブルはツッコミを入れる気力もないらしい。



影はトストスと地面を踏む音ともに動き。やがてトサッという音でノーブルの視界が切り替わった。



赤と黒が入り交じる【戦士の帰還】の意味を持つ【ザクロ石】のような瞳。



火山のような黒い肌。



雪山のような白い髪。



「…フィオ…さん」



「はい、ノーブル様」



白い雪の固まった大地に横たわる彼女は服とは言えない白い布生地を羽織っていた。



「…悪いね…」



「そんなことないですよ」



フィオは微笑んだ。



「…そっか」



ノーブルも何となく笑った。



「はい」



「…師しょ…フィオさんのお父さんは…こっちに来る体力がないから王都に行ったよ」



「王都…そうですか、分かりました。」



「……アッサリしてるね」



ノーブルは苦笑する



「アッサリ…ですか?…よく分かりません」



「…そっか………会いたい?」



ノーブルは片腕を少しフィオの方に動かす。



「…そうですね…会いたいです」



フィオはノーブルが動かした腕の手と自身の手を絡ませた。



「…なら…会いに行こっか…?」



「会いに?…王都ですか?」



少し困った顔をするフィオ。



「うん…フィオさんが決めて」



「…」



黙ってしまったフィオ。



何となく無言で絡ませた手をお互いにニギニギして遊ぶ。



「…フフ…行きましょう、ノーブル様」



「…ん?」



「はい、ですから…王都に」



「……………………いいの?」



面倒くさいよ?と目で訴える。



「…お父様が何か企んでるかもってことですか?」



「…僕も一応…一応ぅ…助けてもらった恩がある…」



ノーブルは悔しそうに呟いた。



【冥王】を誰が倒したかと言われれば、確実に【剣王】だ。ノーブルは寄生プレイヤー見たいなものだった。



能力はなまじ優秀だから育てられたに過ぎない。【剣の振り方】も教えてもらっていないのだから。




「その恩を返すのが私を王都に連れてくること…ですか?」



「…ごめんね」



まるで気に入っていた友達が他の友達と仲良くしている所を見てしまった子供のような表情をする。



「…?私が決めたんです。ノーブル様が謝ることではないですよ」



「…そっか」



「はい…それにですね」



「ん?」



「【本】に書いてあったんです…お父様はお母さんに約束してたそうですよ?いつか【王都】に連れて行くって…」



「…んん?…それが?」



フィオが何を言いたいのか分からないノーブルは先を急かす。



「ノーブル様」



「…?何だい…フィオさん?」



「私を…王都に連れて行って下さい」



「あっ…」



ポカンとした顔のノーブル。それは一瞬だけ。



あの【剣王】が出来なかったことを貴方は出来る。



そう言われたのだ。



「分かった…一緒に行こう…フィオさん」



「はい、ノーブル様」



2人の初めての都会進出はどうやらタダでは終わらないらしい。

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