第15話 ミスリル
日暮れの時は進み、太陽は黄金に輝き、空は茜色に一面を染められていた。
そんな茜空の下でノーブルとニコは手を繋ぎつつ来た道を戻っていた。つまりシベックのいる方向に向かって歩いている。
名前は忘れたが【赤髪トサカの少年】が言っていた【足止めに残った者が帰って来ない】【魔王】という存在。
ノーブルにとって【足止めに残った者】私兵団一同。
今のニコにとってノーブルがそうであるように。
両親から離れ、見知らぬ地でトラブルの連続。力のないノーブルは知らず知らずの内に私兵団一同の力と忠信に依存していた。
加えて【索敵範囲】の使えるノーブルは、私兵団一同と衝突した、【魔獣】と思しき反応が大量に消えたことを把握している。結果、私兵団の実力への信頼と依存は増した。
その信頼と依存は【行ったことのない村の道中を進む馬車】より【頼りになる見知った顔の私兵団】の下の方が安全だと判断した。
合理的かと問われれば疑問は幾らでもあるが、【不安だから、道を戻る】という行動は今のノーブルにとって精神的に1番楽なのは確かで、馬車と言う尻破壊兵器と喧しい【赤髪トサカ】の騒音から解放されて肉体的にも助かっていた。
見晴らしの良い高原【火系の索敵魔法】の反応ではシベックが全て完封している状態。ストーンたちももうすぐ合流出来そうな距離にまで近付いている。
もうすぐ、【安心】と会える。
もうすぐ、【力】に守られる。
もうすぐ…
ズシンと地面が揺れた。
「…え?」
ズシンズシンと揺れと音が大きくなってくる。
そして見えた。【4足歩行の生物】
(トカゲ…?)
ワニを見たことがないノーブルは知っている爬虫類を連想した。
ズシンズシンズシンと響きは、視認した【4足歩行の生物】の歩行から発生していると把握した。
「ぬぅううううううううううううううんん!!??」
「待てぇぁああああああああああああああ!!??」
その【4足歩行の生物】の足元に並走する2人の騎兵が叫でいる。
「爺とシベックだ!!」
見知った顔の再会に笑顔になるノーブル。
一方、目の前の【幻獣アメミット】の暴走に手がいっぱいでノーブルにまだ気付かない2人。
「連れにて共と譲れ!【ソルヴァイヒ】ィイ!」
シベックが叫ぶと【幻獣】の進行方向先の土が噴き上がる。
「揺れにて血と化せ!【ボム・ラーヴァ】ァア!!」
ストーンは叫びながら曲がった剣に魔力を込めると、噴きあげている柔らかい土に向かって投げ入れた。
剣が土に突っ込むと、ボフンっと土から蒸気を吹き上げた。そのまま土は地に沈むと赤熱し光を放ち出した。
2人のやり取りなど見ずに真っ直ぐ走る【幻獣】は赤熱した土に獅子の前足を突っ込んだ。
ドプッっと泥に浸かった様な重低音。
『ゴォアガガガガガガガガガガガガァアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!??!』
そして【幻獣】の絶叫
口内の牙が打ち鳴らし合ってるのか、甲高い音と金属の打楽器を叩きまくる音が周囲に鳴り響く。
赤熱した土に突っ込んだ前足の毛皮が燃え盛り、体内の血が沸騰する激痛に度重なる【幻獣】の絶叫は何処までも響き渡る。
「「痛ッてェええええええええ!?」」
【幻獣の絶叫】を近くで受けた2人も揃って絶叫する。
それは馬も同様で混乱した馬は制御が効かず、勝手に【幻獣】から離れていく。
「ぬぉお!?言う事聞かんかぁあ!これだからシベックの馬はぁああ!?」
「ああっ!?今!何か!失礼な事!言いましたかぁあ!聞こえないけど!なんか聞こえた!?」
「【火系の結界魔法】破るほどの音ってどんだけじゃあ!?」
「文句言ってるのは分かりますが!聞こえないです!!」
お互いが【耳】をやられ、意思が取れずに離れていく。
そんな阿鼻叫喚の図を遠くから見る、ノーブルとニコも【幻獣の絶叫】に耳を抑え悶絶していた。
「…いたたた…ええっ…なんだ?あの大きいの?【索敵魔法】にはあんな反応無かったのに!?」
ノーブルは試しに【索敵魔法】を試みるも【幻獣】の口や体内の【何か】と前足に付いた【赤熱した土】に反応するが、【幻獣】自体に【索敵魔法】の反応が無い。
「と、とにかく…ここ…ここにいたらみんなの足手まといに…早く逃げないと…ニコ?」
ガンガンと叩かれる痛みを頭に抱えながら、何とか立ち上がるノーブルはニコの様子を見ると、【幻獣】の方を見ていない。
「?…うわっ何だあれ?」
ニコの視線の先を追うと【幻獣】を見つけた衝撃で気付かなかったが、【幻獣】の向こう側に【黒い湖】が広がっていた。
「アレ…ヤダ…バッチャ…いつもケガしてた」
「いつも…?」
何やら【黒い湖】について知っている様なニコにどう反応したらいいかと思案しようとして
カラリと背後から小石が転がる音が聞こえた。
振り向くと岩陰から【黒い蛇】が顔を出していた。
「…うわっ!?ああああ!?」
「!?わひゃっあっ…!!」
ノーブルは突然のことに驚き、続いてニコを驚き飛び退いた。
「なっ…なんだ!?…っツッ…痛っ!?」
ノーブルが飛び退き、地面に手を付いたが、先に小石があったらしく尖った感触に痛みを感じた。
「…んあ?…何この石?」
痛みの感じた手の平を返すとそこには【青く輝く小石】があった。
「へぇ…綺麗な…ぅあ!?うぉわあああああ!?」
「!!わっ!?わぁああ!?」
再び驚きの声にニコがまた続いて驚く。
【青く輝く小石】の先に【黒い蛇】の死体があった。
「!?……!…?……!…!」
「ノ…ノーブル…!?」
「!?」
驚きの連続で呼吸の仕方を忘れていたのか、声が出ていなかった。ニコの不安そう声と顔に気付き我に帰る。
「!……だ…大丈夫だ…っよ!?っうあ!?」
返事をしようとしたノーブルの身体がガクンと傾く。
慌てて傾いた方に視線を移すと
【黒い水溜り】に腕が沈んでいた。
「…ちょっ……!?はっ?…うわっあああっ!?ッヴべッ!?」
腕が沈んでる光景に驚愕し叫ぼうとして、またガクンッと身体が沈み、顔から地面に突っ伏したノーブルの叫びは中断される。
「!?ノーブル!?えっ?イッ!?イヤぁああああ!!」
【黒い水溜り】に沈むノーブルを見て、ニコも悲鳴をあげる。ノーブルの身体を掴む。
ボコンボコンっと【水溜り】膨れ上がる。地面から顔を上げたものの、既に右腕と下半身が【黒い水溜り】に浸かっていた。
「……ぐお…ッ…何だ…これ……ッ…冷た?…違う…寒い!…水じゃ…ない…おっ落ちるッ!?」
ノーブルは視覚的に【黒い水溜り】に浸かってるが、体感的には【水】ではないもの入ってるという感覚に混乱する。
「イヤァアア!?ノ…ノーブル!ダメ!?ダメ!ヤダヤダヤダァ!?」
「に……ニコ…だっ大丈夫…!?」
【黒い水溜り】に引き込まれるノーブル。【まだ浸かっていない左腕】の上着を掴んで離さしてなるものかと泣き叫ぶニコ。
「………あっ…ア…レは!?」
そして気付く.ニコの背後にまで接近している。最初に見た生きている【黒い蛇】存在。ニコはノーブルの惨状に周りが見えていない。
「ニッ…ニコ!?…うッ…後ろ!蛇が!?」
「ノーブル!ノーブルゥ!イかないで!?ダメ!?ダメ!ヤダヤダァ!?もうヤダ!ヒトリヤダァアア!!」
ニコは錯乱していてノーブルの声すらマトモに聞こえていない。
焦るノーブルは改めて【黒い蛇】を見て気付く、【黒い蛇】に【尾】は無かったこと。
【尾】とは言えない【黒い狼の頭】を引きずっていた事。
『カァフッ…』
【狼の頭付きの蛇】は鳴き声とは言えない空気の抜ける音を発した。
「…!?」
そしてニコの側まで寄ると
先程見た【青く輝く小石】を口から吐き出した。
そして【狼の頭付きの蛇】はストンと力無く倒れ伏した。
「!?………あっ!?」
(……し…死んだ?…え?)
そしてノーブルだけが気付く。
(そういう…ことなのか…)
確信は無い。
ただニコが自分と同じ恐怖を味わう必要は無いと思った。
「ウウゥ…ゥァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!」
「ェ!?わっあっ!?ああああ!!??」
ノーブルは雄叫びを上げながら、ニコを【狼の頭付きの蛇の死体】と【蛇が吐き出した青く輝く小石】がある反対方向に、【まだ浸かっていない左腕】で突き飛ばした。
突き飛ばされたニコは小さい身体もあってか、仰け反る所か地面に派手に転んでしまう。
「ァ…アア…ノ…ノーブルゥゥ!?!なっ…なんでぇえ…!?…ァ…アア…ァ…」
会ってから今まで【受け入れ続けてくれた】ノーブルから突然の【拒絶】に近い行動はニコを絶望に落とす。
そのニコの顔を見たノーブルは顔を歪め、【心】が刃物でズタズタにされる痛みに泣きそうになる。
「ァアアアアアア!!とどっ…!!!届けェエエエエエエ!!」
ニコを突き飛ばした腕を、そのまま【蛇の死体】と【青く輝く小石】に向かって振り払う。
ジャリリッとノーブルが振り払った手の中で【小石】と砂が擦れ合う音が鳴り響く。
ノーブルは手に入れた感触に満足した。
【まだ浸かっていなかった左腕】の手が握られた事で、ノーブルが【黒い水溜り】に抵抗する手段を失った。
「…ニコ!お願い、爺たちと【待ってて】ね!」
そう言ってノーブルは
【沈んだ】。
(【待ってて】ね……か、小さい子相手に【何様】だよ…僕…)
ノーブル=ロッソ=ハーディス
4歳
Deity.168
静穏を求む者
ハーディス家の次男坊
冥神を祀る聖女の寄る辺
海神の加護
冥神の恩恵
Equipment.18
上流階級の服一式
赤竜の竜鱗
青金剛石
「…」
(教えてくれるんかいッ!)
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます