* 番外編 *

少し前の話(優①):三人の大人

 まだ蓮華が帰国後の奏汰とは友人同士のように、時々メッセージのやり取りをしていた頃であった。

 内容はほぼ音楽のことだったが、優やゆかりから見たそんな蓮華は楽し気に映り、顔を見合わせた二人からも、つい微笑ましい笑みがこぼれてしまう。


 ゆかりが店を訪れる時はカウンターに着くことが多く、時々話す優とカクテルにリラックスしていることもあれば、饒舌な日や寡黙な日もある。五線紙に何か書いたりすることもある。


 蓮華の友人で作家の明日香も、カウンター隅でノートパソコンにひたすら打ち込んでいる時があり、それは、他のビジネスマン風の男たちにも見られた。


 そんな時は、他の客同様に、優も蓮華も、ゆかりのことはそっとしておく。カウンターに彼女だけが残っても、話しかけなかった。


 閉店時間近くなり、他に客がいなければ、試しに優がピアノで、ゆかりの書いた五線紙のコードから適当な伴奏を弾き、そこにゆかりがヴィオラの旋律を乗せる。


「まさかこんなところに天才ピアニストがいたとはね!」

 

 彼が昔セッションをしていた経歴を知ったゆかりは、そんな風に喜んでいた。


 そして、そんな「試し弾き」のようなセッションが、いつの間にか、蓮華も含めた三人の楽しみでもあり、それぞれが仕事から解放されたひとときともなった。


「素敵な曲ですね! この間のはパワフルで、あれも好きでしたけど、これはゆったりしていて、くつろげそう。夜、疲れた時にも耳もやさしいし、心も癒されそうだわ!」


 蓮華のコメントに、ゆかりが笑った。


「そう言ってもらえると嬉しいわ! 今度のは、まさにそういうつもりで作ってみたから」


「そうだわ! カクテルをイメージした曲なんてどうです? ゆかりさんのお好きなカクテルでいいんですけど」


 蓮華の思いつきに、ゆかりが乗った。


「なるほどね〜! 例えば、私の好きなダイキリだと、今の曲ならこんな感じになるかしら?」


 ゆったりした曲は、ガラッとテンポを変え、弦の鳴り方も鋭く変わる。


「じゃあ、ピアノはこんな感じかな?」


 優も、アグレッシブな伴奏になる。

 ゆかりも蓮華も笑い、それで行こう! と。


「蓮華さんの案いいわね! 今のを参考に『ダイキリ』って曲を作ってみようかしら?」


「素敵! 是非、ダイキリ飲みながら聴きたいわ!」


「作る前に、また改めてここに『ダイキリ』を飲みに来ないとね!」


「あら、優ちゃんのダイキリでいいんですか? 他のところよりも辛口で強めですけど」


「ええ、もちろん! そう言えば、まだここでは頼んでなかったわね。いつも『YUKARI』ばかりで。あの味、飽きなくて」


 カクテル「ブルームーン」を優がいじって作った「YUKARI」は、ジンとヴァイオレットのリキュールがベースになっていた。すみれの上品な香りが、辛口を和らげる。

 「ダイキリ」は、ラムとライムジュースで酸味が涼味をそそる。


「ありがとうございます。じゃあ、今度はダイキリを作りますよ」


 バーテンダーではない口調で、優が言った。


「ありがとう! そうねぇ、YUKARIは、どういう感じの曲になるかしら?」


 ゆかりが即興で、ヴィオラを弾き出す。

 ミディアムテンポで始まり、早いフレーズになったり、実験的な演奏が続く。

 蓮華は思わず見入り、優も聴き入っていた。


「思いつくのは、こんな感じかしら」


「すごい!」


 目を丸くして、優が拍手をした。


「自分の作ったカクテルを曲にしてもらえたのなんて初めてです! 感動しました! なんかカクテル以上の素敵な音楽で、恐れ多いなぁ」


「そんなことないわよ! もうちょっと時間があったら、もっと工夫出来ると思う。これは、私の課題にさせて。いつ完成するかわからないけど」


 ゆかりが笑った。少し困ったような、それでいて可能にする自信も感じさせる笑顔だった。

 それには、蓮華も優も惹き付けられたように、見入っていた。




 閉店後も三人の楽しみは終わらず、都内に住むゆかりに遅くなったから泊まっていくよう、蓮華が店の上の部屋に誘った。


「ゆかりさんがあたしのところに泊まってくれるなんて、嬉し過ぎるわ!」


 蓮華が寝る時に使うチュニック風の一見パジャマに見えないものを貸した、素顔のゆかりは、アーティストという壁を取り払った個人であった。

 同じく、似たパジャマを着ている素顔の蓮華と、サイドボードに置かれた缶チューハイで乾杯をしていると、蓮華の同級生や友人たちと変わらない気になってくる。


「あら、だって、私たちもうお友達でしょう?」

「じゃあ、『ゆかりちゃん』!」


 ゆかりが笑った。


「そんな風に呼ばれるのは何十年ぶりかしら。兄や仲間内からは、ゆかぽんとは呼ばれてるけど」

「あの……調子に乗ってすみません」

「いいのよ、敬語もいらないから。じゃあ、私も『蓮華ちゃん』て呼ばせてもらおうかしら」

「わぁ! 今っ、キュンキュンしましたっ!」

「何言ってるの! ああ、ほら敬語も!」

「あっ、そうだった!」


 バーで会う二人ではない。気取らない缶のアルコールも、友人としての距離を縮めてくれる。


 ガールズトークに花が咲き、しばらくすると、ゆかりが俯き加減に語り出した。


「……最近、少し気になる人がいるの。でも、その人とどう距離を取っていいかわからなくて……。もっと近付きたいようでいて、付かず離れずでいたい気もする。その人が近くにいてくれるだけで癒されるんだけど、向こうは、私に気を遣ってくれてるだけなんじゃないかしら……って考えちゃって」


 頷きながら静かに聞いていた蓮華は、ゆかりの顔を覗き込み、そっと尋ねた。


「もしかして、……優ちゃんのこと?」


 ゆかりが顔を上げた。

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