二日目【解決編】



 翌日の昼。今日は昨日とは打って変わって海の家は大盛況であった。家族連れ、カップル、学生集団などがどこからともなく現れては注文をして去っていく。店内も人が多すぎて非常にざわざわしている。


「兄ちゃんビール二つ!」

「は、はい!」

「かき氷の練乳味ください!」

「塩焼きそば三つお願いします!」

「いやあ人がいっぱいだねえ」

「見てないで手伝えよ兄貴!」

「お会計千七百六十五円になります」

「浮き輪貸してください!」

「わかりました少々お待ちください!」

「おっ、キャワイイねお嬢ちゃん。俺たち一緒に大航海へと出かけなーい?」

「え、ええと」

「お客様。ご覧の通り店内はいま大変込み合っているのでナンパ目的で何も注文しないのなら帰ってください。邪魔です」

「注文ならしてるさ、そこのお姫様をね。おっと、追加注文だ。いま俺の目の前にいるクールビューティーな――」

「邪魔です」

「刺身じゃあ刺身を持ってこーい!」

「響、海冶さん塩焼きそばを二つ、じゃない三つ!」

「合点!」

「了解だよ!」

「それにしても響ちゃんやるじゃねえの! 昨日の魚の捌きっぷりも早い上に見事だったしよ! いますぐにでも板前として雇いたいぜ!」

「恐縮です!」

「ウェイウェーイ。ちみ、ぐんばつに可愛いね! 一緒に遊んじゃったりしねえ? ウェーイ」

「あ、あの……!」

「お客様。大変申し訳にくいのですがすごい邪魔です」

「おおっ! ちみ、なに? グラビアアイドルだったりする? めっちゃスタイル――」

「邪魔です」

「いまウェーイって聞こえたんだけど剣崎けんざき? 剣崎がいるの?」

「兄貴手伝え!」

「お会計二千百円になります」


 店内はこの通り非常にざわざわ……というか異常にカオスである。特に白本さんと萩原さんに言い寄ってくる男が多い。二人のビジュアルが集客効果を発揮しているとも言えるのだが、中には萩原さんの言うように『邪魔』な奴も目立つ。まあ、そういう人たちは全員萩原さんに追い返されているが。


 かき氷を作っていると白本さんがふらふらになりながら近づいてきた。


「ごめん生野くん……。奥でちょっと寝てくるね……」

「うん、いいよ。接客中に倒れたら大変だしね」

「本当にごめん。こんなときにわたしだけ寝ちゃって……」


 どうやらかなりの罪悪感を覚えているらしい。


「白本さんは十分やってくれてるよ。この客の人数でも注文を一つも漏らさないんだから」

「……ありがとね、気を遣ってくれて」


 白本さんは眠たそうに微笑むと奥の部屋に消えていった。

 さあ、もう一息頑張ろう。



 ◇◆◇



 三時になるころには流石に客足は減っていき、五時にはもう海から人は消えていた。しかし濁流のように流れ込んできていた人波のエネルギーがまだ店内に充満しているようにしか思えない。


 おれたちは全員、疲労感を滲ませながら脱力してテーブルに腰を落としていた。この中で一番体力があるはずの――バレーの試合をほぼ一人で戦っているに等しい――萩原さんまでもが肩で息をしているのだから驚きだ。


 これがあと二日も続くのか……。最悪だ。剣也はこなくて正解だったかもな。

 みんなが疲労により沈黙していると、唐突に雪村さんが口を開いた。


「そういえばさっき葵ちゃんからメールが着たよ。ひったくり犯捕まったって」


 このタイミングでその話か。


「ということは、やっぱり?」


 荒巻会長が尋ねると雪村さんはこくりと頷いた。葵さんは昨夜、白本さんの推理を聞き、上司に許可を取って今日の朝からずっと犯人と思しき人物を監視していたのだ。


「白本さんの推理通りだったみたいだよ。犯人は背が高くてここらで有名な小学生……隆盛君だ」

「まじかよ……」


 海冶さんが唖然と呟いた。この辺りで良い子と評判の少年だっただけに受け入れがたいものがあるのだろう。


「残念だけどまじみたい。駐輪場から自転車を盗むところも犯行の瞬間もしっかりと目撃してるみたいだし、何より逃げる隆盛君を偶然通りかかった出前中の蕎麦屋から借りた自転車で追跡して現行犯で捕まえたらしいから」

「ううーん……やっぱり信じられねえなあ。あの隆盛君がなあ」


 海冶さんはまだ納得できないようだ。

 おれは昨夜のことを振り返る。



 ◇◆◇



「し、小学生!?」


 葵さんが素っ頓狂な声を上げた。

 白本さんの推理にはおれも驚いている。


「白本さんは犯人は小学生だっていうの?」

「うん」


 小学生のひったくりなんて聞いたことがない。

 あぐらをかいていた葵さんだったが、事件が予想外の方向に向かってきたと見て正座に座り直した。


「そう言うからには、何か根拠があるってことよね?」

「もちろんです。犯人が小学生だと判断したのは――」

「ストップだ白本!」


 荒巻会長が待ったをかけた。


「せっかくだから、どうしてお前が小学生が犯人だと考えたのか考えてみたい。だからちょっと待ってくれ」

「は、はあ」

「正宗、あんたねえ……」


 葵さんが呆れたようにため息を吐いた。

 荒巻会長は意に介さず、


「白本。お前は俺たちと同じ情報しか入手してないな?」

「はい。そうだと思います」

「そうか。ならばよし。さあ、考えようぜお前ら」

「おれたちもやるんですか?」

「当たり前だろ」


 当たり前なのか。


「はてさて白本は一体どんなロジックからあの自転車野郎が小学生と導き出したのか……」

「いいえ。ロジック、だなんて大層なことじゃないですよ。犯人で一目で小学生だとわかるものを身につけていただけです」

「え、そうなのか? けどそんなものあるか? 相手が小学生だと一発でわかるアイテムなんてよ」

「そうよそうよ。そんなもの身につけていたら警察が気づくはず。犯人は監視カメラにも映ってるんだから」


 葵さんが憮然とした表情で言った。


「たぶん監視カメラには映ってないと思います。昨日はかなり条件がよかったので、犯人はそれを身につけていましたけど。いや、悪かった、と言った方がいいのかもしれませんね」

「なぞなぞか? 上等だぜ」

「まったくね。小学生のころ『なぞなぞのあおちゃん』と呼ばれていた私に勝負を挑むとは」


 似てるなこの二人。

 条件がよかった、けど悪かったとも言える。一目で小学生だとわかるもの……。心の中で何かが出かかっている。


 条件がよかった、というのは犯人がそれを身につけるに足る条件のことだ。悪かったのはそれを身につけたがために小学生だとわかってしまったことだろう。つまり、これは別になぞなぞではないということだ。荒巻会長も葵さんも必死に考えているけれど。


 おれも引っかかっている何かを思い出そうと頭を捻るけれど、どうしてものど辺りで詰まってしまう。

 不意に響が袖を引っ張ってきた。


「ねえお兄ちゃん」

「どうした?」

「私大変なことに気づいちゃったよ」

「……なに?」


 響は神妙な面持ちで、


「枕忘れてきちゃった」

「あっそ」

「その反応はなくない? 枕変わるとたぶん寝られないよ」

「たぶんかよ」

「そりゃ遠出なんてしたことないもん。小学校の修学旅行も風邪でいけなかったし。あーあ、朝気づいてればなあ」


 響は残念そうに口を尖らせた。

 ……ん、朝? そうだ! 朝だ!

 おれは響との朝のやりとりを思い出した。そしていまじっくりと思い返すと、犯人はそれを身につけていた。


「白本さんが言ってるのって、もしかして靴?」


 白本さんは微笑んだ。


「正解」


 他のみんなはまだピンときてないようで、ぽかんとしている。


「生野、それがなぞなぞの答えたなのか?」

「条件がよかったとか悪かったとか、靴関係なくない?」

「なぞなぞじゃないですよ。犯人が身につけていた一目で小学生とわかるアイテムのことです」

「靴なんかでわかるの?」


 萩原さんが首を傾げた。おれは頷き、


「わかるよ。小学生が履くような靴ってデザインが何ていうか、幼い、というか派手でしょ? それに基本的にマジックテープだし」

「確かに『俊足』とか履いてたら一発で小学生だとわかりますね」


 奥道さんが納得したように呟いた。

 おれが落とした財布を拾おうとしたとき確かに犯人の靴が視界に入ったのだ。デザインまでは克明に憶えていなかったけれど、小学生だと一発で見抜くポイントはここしかないと思った。今日の朝、響と履く靴やサンダルのことで一悶着あったことがこの推理を呼び起こすきっかけになっていた。


「わたしたちが見たひったくり犯は生野くんの言った通り、小学生が履くようなデザインの靴を履いていました。記憶力には自信があるので間違いないです。監視カメラに映っていないのは、サンダルを履いていたからでしょう」

「ん? じゃあどうして今日に限って靴を履いていたんだい?」


 雪村さんのこの質問にはおれが答えた


「少し前まで雨が降っていて、まだ曇っていたからですよ。白本さんが言っていた条件というのは天気のことです」

「ああ、なるほど!」


 荒巻会長が興奮したように手を打った。


「それじゃあ小学生以外の犯人像……この辺りで有名な子っていうのどうして? 背が高いっていうのは犯人の姿からわかるけど」


 葵さんはもうすっかり白本さんの推理に食いついているようで、開けたままの缶ビールをテーブルに放置している。


「葵さんは言っていましたよね。生活安全課は私服警官を使って町の学生たちを見張ってるって」

「うん」

「背の高い小学生なら中学生と間違えられてもおかしくありません。それなのに一切その網に引っかからなかったのは――単純に運がよかったという可能性もありますが――、犯人が近所で有名なだから、監視対象から外してしまっていたんです」

「なーるほどねえ。確かにありそうな話だわ」

「今日の犯人の収入は千円ほどなんですよね? だとすると、犯人はまた明日もひったくりをするかもしれません。もちろん、この推理があっている保証はありませんけど……。犯人像に一致する子はいますか?」

「いるわね……一人」



 ◇◆◇



 その日の夜。葵さんから詳しい事情を聞いた。隆盛君はひったくりを行っていたことを全面的に認めたりさらにご両親の話では、最近母親の財布から金を盗んだのでこっぴどく叱った、というエピソードも語られたらしい。動機はお金欲しさ……なのかはまだわからないらしい。本人が動機に関しては黙秘していることや、盗んだお金を何に使ったのかがまだわかっていないからだ。現在隆盛君は児童相談所に送られているらしい。



 風呂から上がったおれは夜風に当たろうと外へ出た。それから何となく夜の海が見たくなり、海水浴場へ足を進めた。


 波の音が心地よいが、真っ暗なので海が墨汁のようにどす黒く見える。あの波に浚われたら深海に引きずり込まれて二度と地上に戻ってこれなそうだ。実際にはそこまで波が強いわけではないのだが。


 人の気配を感じてふと視線を右に向けると、白本さんが砂浜に座って海を眺めていた。


「白本さん」


 声をかけて駆け寄った。


「生野くん、どうしたの?」

「夜風に当たろうかと思って。白本さんは?」


 白本さんは自嘲気味の笑みを浮かべた。


「わたしは反省してたの。昼間、みんなが頑張ってるのに一人だけ眠っちゃったから。やっぱりわたし、バイトとかできないみたい。迷惑ばかりかけちゃう」

「いや、そんなことはないと思うけど。白本さんのおかげでオーダーを受けるのも楽だったし。それに白本さんはひったくり犯を捕まえたも同然じゃん。海の家のバイトで活躍するよりも遥かにすごいことだよ、これは」

「ありがとう……。生野君ってやっぱり優しいね」


 また言われた。おれは普通のことを言っているだけのような気がするのだが。まあ、いいか。誉めてもらっているのだから、喜べばいいのだ。


「それじゃあ、どうしよう? おれはそろそろ帰るけど白本さんは? こんなところで眠ったら大変だけど……」

「わたしも生野くんと一緒に帰ることにするよ」


 白本さんと肩を並べて『柏宿』へと戻る。

 なんか最近、心なしか白本さんとの距離が近くなっている気がするのは気のせいだろうか。昨日車の中で響に付き合え云々言われたからそんな風に感じるだけかもしれないけれど。


 こっぱずかしいことを考えるのはこのくらいにして、気持ちを明日に備えよう。明日もきっと大変なはずだ。


 そして実際に大変なことになった。バイトも。そして、事件の方も……。

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