消失の謎



 体育倉庫の前にやってきたおれたちは揃って眉根を寄せた。両引き戸が全開になっていたからだ。

 おれたちが去ったときにちゃんと閉めたはずなのだが……。運動部の誰かが開けていったのだろうか?


 などと考えながら二人で倉庫内に入ると、左側にあったサッカーボールがいくつも入っている大きな鉄籠の裏から人影がぬっと現れた。


「うわっ!」

「きゃあ!」

「うおっ!」


 図らずも三人の悲鳴が重なった。


「――って何だ。亨と白本ちゃんかよ」


 おれたちを見て仰け反っていた何者かが安心したように言った。かなり馴染みのある声だった。光の届かない隅にいる人影をまじまじと見つめる。


「浅倉くんかあ……。びっくりした」


 白本さんは胸を撫で下ろし、おれも強張ったていた肩から力を抜いた。


「いやあ、悪い悪い」


 剣也が頭を掻きながら軽い笑みを浮かべて寄ってきた。

 そういやこいつはトイレにいったっきりだったな。


「お前、何でそんなとこにいるんだ? というかそもそも、いままでどうしてたんだ?」


 剣也は顔を歪ませた。


「どうしてたんだ、だあ? 先生の目を盗み、ときに逃げつつ俺が体育館にいったら、誰もいなかったんだよ。萩原さんに訊いたら文芸部の部室にいったって言うじゃねえか。でも文芸部の部室なんて知らねえし。だからこの倉庫で汗かきながら何かしらを探してたんだよ」

「連絡してくれよ」


 剣也がはっと息を飲んだ。


「あ、ああ、うん……。その手があったな」


 馬鹿が。


 苦笑いを浮かべながらおれをたちを見ていた白本さんが一歩前に出た。


「それで、浅倉くん。何か見つけた?」


 剣也は肩をすくめて首を振った。


「いんや、なんにも。犯人が消えたとは考えられないから、どっかに隠れてたんじゃねえかと思ったんだ。んで、どこに隠れてたのか探してたんだが……駄目だな。完璧に隠れられるような場所はないし、誰かが潜んでいたと思しき痕跡もねえ」


 そもそも最初にこの倉庫に踏み込んだとき、四人がかりで徹底的に調べたのだ。どこかに隠れていたのはあまり思えない。とはいえ、消えてしまったとも思っていないが。


「けど、一カ所だけ調べられなかった場所があるんだ」


 剣也は倉庫の奥……走り高跳び用のマットに目を向けた。


「あの分厚いマットの内側とか、くり抜けばいい感じに隠れられそうじゃねえか」

「藤堂のかくれんぼのときもベッドをくり抜いて隠れたとか言ってたけど、その推理好きなのか?」

「ああ。割と気に入っている」


 頭を捻った末に思いついたとっておきのトリックを易々と捨てたくないらしい。

 あんなものにそう簡単に穴を開けられるとは思えないけれど、一応調べておくことにしよう。


 マットの前まで移動した。


「とりあえず表面と側面は調べたから、裏面を見てみたい。亨、持ち上げるの手伝ってくれ」


 剣也と手分けてして両端に手をかけ、息を合わせてマットを片側を持ち上げ、そのまま壁に立てかけた。

 三人そろってまじまじと見つめるが、少なくとも目に見えてわかるような仕掛けはない。剣也は両手でマットを探り始めるが、やはりくり抜かれた痕跡はなかった。


「何もない、みたいだね……」


 白本さんが呟いた。

 おれは剣也の肩に手を乗せる。


「わかってたことだけど、お前の推理は外れたっぽいな」

「いや、まだ決まったわけじゃねえ。俺たちが退散した後、あらかじめ用意しておいた無傷のマットとすり替えた可能性がある」

「ないだろ。どうやって用意する? どこに置いておいたんだ? どうやって持ち運んだんだ? 運んでるところを目撃されたらどうする? 取り替えたマットを処分する方法は?」


 思いついた反論をマシンガンに装填して連射した。

 剣也は思いきりうなだれた。


「無理か……。じゃあ犯人はどうして消えたんだよ。もう隠れられる場所はないぞ?」

「そ、それは……」


 おれは倉庫内を見回す。最初に踏み込んだときにも気になっていた小さな窓に目をとめた。


「やっぱりこの窓が気になってる。鍵はかかってなかったわけだから、一応は外に繋がってるんだ」

「けどそんな窓からどうやって外へ出るんだよ」

「そこなんだよなあ」


 仮にこの窓から出入りできるならば犯人が消えた理由に説明がつけられる。この窓を抜けると倉庫の裏へと出るため、おれたちが倉庫に踏み込むまで倉庫の裏で待機しておいて、表に誰もいなくなった隙に逃げるのだ。


 しかし問題として、窓が小さくおれたち――当然あの不審者も――通れそうにないということだ。


 おれは窓のガラスを撫でた。


「湊ちゃんなら通れそうなんだけど……どう考えても違うしなあ」

「誰だそれ?」


 剣也が眉をひそめた。白本さんが説明する。


「手芸部の島崎先輩って人の妹さんだよ。小学一年生だから、この窓からでも出入りはできると思う」

「ふぅん。ってか、何だって手芸部の人がいるんだ?」


 そういえば事件のことを何も説明していなかったな。

 おれは剣也に容疑者たちの情報をかいつまんで説明した。


「なるほど、容疑者は六人ねぇ……。それにしても変な事件だぜ。犯人が倉庫から消えた方法もわからなけりゃ、動機もわからない」

「動機は演劇部の大会出場を潰すつもりだった、とかじゃないか? ドレスを盗むチャンスがありそうなのが今日だけだったから実行した。だけどタイミングが早すぎて手芸部に再びドレスを作るための猶予を与えてしまったんだ」

「そうなのかな?」


 白本さんが首を捻った。


「演劇部のコネクションを使えば他校の演劇部や劇団から借りることもできる。お姫様のドレスなら何かしらあるだろうし。それに最悪名古屋のデパートで探せば代わりになりそうな服はあると思う。だから犯人が演劇部の大会を邪魔したいとはあまり考えられないよ」

「じゃあ、どういう動機で?」

「それは、まだわからない」


 今回の事件も色々と謎が多い。動機は犯人を見つけてから直接訊くとして、いまは犯人の消失方法を考察しよう。


「白本さん。湊ちゃんならやっぱりこの窓通れるよね?」

「うん、通れるだろうね。だけど二人が見た不審者って小さな女の子じゃないんでしょ?」

「そうなんだよねえ。犯人は中肉中背だったんだ」


 剣也がぱちんとフィンガースナップをした。


「容疑者に背が高い奴とか低い奴とかいないのか? 少なくともそいつは犯人じゃないってことだよな?」

「それがいないんだよ。観察したんだけど、女性陣の背が割と高くて、男性陣の背は平均くらいだから、判断がつかない」

「厄介だな」


 剣也は吐き捨てるように言うと、しばらく黙り込み、突然あっと声を上げた。


「思いついたぜ。犯人はやっぱり湊ちゃんとやらなんだ」


 また何を言い出すんだこいつは。


「おれたちが追った不審者が、お前には小学生の女の子に見えたか?」

「もちろん見えなかった。けど、だ。この窓から出入りできるのはその子だけなんだろ?」

「ああ。……けど――」

「そう何度も言うな。わかってるよ。不審者の背丈の問題だろ? そんなもの、この学校内にもう一人窓から出入りできる子がいれば、万事解決じゃねえか」


 おれと白本さんは顔を見合わせた。一体どういうことなのだろうか。

 剣也はにやりと笑い、


「思いつかねえか? 二人の人間が必要だが、背丈を伸ばせる方法が存在するじゃねえか」


 一つの結論にたどり着いた。思わず声が漏れる。


「まさか……」

「そう、そのまさかだ。俺たちが追った不審者の正体は姿だったんだ!」

「馬鹿じゃねえの」

「……やっぱ馬鹿だよな」


 剣也は肩を落としてため息を吐いた。

 一応倫理的な反論を述べると、子供二人が肩車している状態であんなに早く走れるはずがない。それから犯人はコートを着ていたが、流石に肩車をしていたらすぐにわかる。


「けどよ、他にどんな方法があるってんだ?」

「それなんだよな。やっぱり窓を使ったんじゃなくて、どこかに隠れていたのか……?」


 もう一度倉庫内を見回すが、調べなかった箇所はどこにもない。


「駄目だ……何もわからない」


 ため息を吐き、ハンカチで額の汗を拭いていると、隣の白本さんがこっくりこっくりし始めているのに気がついた。


「白本さん、眠いの?」

「うん……」

「そっか。それなら……」


 おれは壁に立てかけたままだったマットを下ろした。


「ここに寝なよ」

「ありがとう、生野くん……」


 白本さんはのろのろとマットに腰掛けると、


「十分経ったら起こして……」



 そのまま後方に倒れて寝息をたて始めた。

 それを見ていた剣也は出入り口に歩き出す。


「俺らじゃいくら考えても無理そうだから、後は白本さんに期待しようぜ」

「どこいくんだ?」

「飲み物買ってくる」

「あっ、じゃあちょっと待て」


 おれは制服の胸ポケットから五百円玉を取り出して剣也に投げた。

 剣也はそれを片手でキャッチする。


「それでおれと白本さんの飲み物も買ってきてくれ」

「いいけど、財布くらい持てよ高校生」

「ほっとけ」

「飲み物は何をご所望だ?」

「お茶でいい。白本さんのは……アップルジュースで頼む」


 剣也が呆れ顔になった。


「完全にイメージで決めてるよなそれ」



 ◇◆◇



 十分が経つのを倉庫の外で待っていた。熱は籠もっているが直射日光がない分、倉庫内にいた方が涼しいのだが、体育倉庫内に男女二人(それも一人が眠っている)というシチュエーションが生々しすぎて流石に倉庫にいるのは憚られた。


 剣也が飲み物を持ってきてくれるのを汗を垂らしながら待っていたのだが、あいつは一向に戻ってこず、結局白本を起こす時間になってしまった。


 目を覚ました白本さんはまず最初にスマホを確認した。メールが着ていたようだ。


「演劇部員に今日本番練習があるって誰かに話した人はいないみたい。部活があるや練習があるとは家族や友達に話したみたいだけどね」

「ということは、犯人はあの六人の誰かで確定したってことだね。……それで、何かわかった?」


 白本さんは曖昧に首を捻った。


「うーん……ひょっとしたら、っていう可能性は思いついたんだけど、やろうと思えば誰にでも可能な方法だから、犯人はまだわからないんだ」

「そっか……」


 白本さんをここまで手こずらせるとは。今回の犯人はかなりのやり手のようだ。


 しかしかなりの進歩と言える。この事件で最も不可解だった点が『ひょっとしたら』という可能性ではあるのもも、明らかになったのだ。白本さんの考えついたことだから、おそらくその『ひょっとしたら』は当たっていると考えていい。


 後は動機から探ったり、容疑者の面々からもう一度話をじっくりと聞いていけば、白本さんなら犯人を割り出せるかもしれない。


 白本さんが倉庫内をきょろきょろと見回した。


「浅倉くんは?」

「白本さんが眠ってすぐに飲み物買いにいったっきり戻ってこないんだ。まあ格好が格好だから教師に見つかって逃げ回ってるのかもしれない」


 アロハシャツなんて着てるから……。


「これからどうするの?」

「……やっぱり関係者からもっと詳しい情報がほしいかな。トリックを解けば犯人がわかるかもって考えてたけど、甘かったみたい」

「いや、白本さんは十分すぎるくらいやってくれてるよ。聞き込みするなら、剣也も連れていこうか」


 おれはスマホで剣也に『容疑者に聞き込みをするから昇降口で待ち合わせな』とメッセージを飛ばした。



 ◇◆◇



 照りつける日差しを疎ましく思いながら、白本さんと共に昇降口の近くまでやってきた。剣也の姿を探すも外にはいないようだった。更に近づいてみると昇降口の中――下駄箱の前で剣也を発見した。駆け寄ろうとして、すぐに立ち止まる。剣也が湊ちゃんが話をしていたのだ。


 反射的におれたちは顔を見合わせる。

 あの二人、何をやっているのだろうか。じっと観察していると、湊ちゃんがお辞儀をして廊下に消えていった。剣也は腕を振ってそれを見送ると、困惑したような面持ちで顎に手を添えた。


「剣也」

「浅倉くん」


 昇降口に入り二人同時に声をかける。

 剣也はびっくりした顔でこちらを向いた。


「お、二人とも悪いな。自販機に向かってる途中で部活にきてた蓮雄さんとエンカウントしちまって、そのまま愚痴を吐かれ続けてたから戻れなかった」

「それは災難だったな」

「まったくだぜ」


 剣也がおれの五百円玉を投げ返してきたので右手でキャッチする。


「それよりも二人とも。たったいま面白……くはないけど、妙ちきりんな情報を入手したぞ。事件が更にややこしくなった」

「さっき湊ちゃんと話してたよな。何があったんだ?」


 剣也は頭を掻きつつ、


「お前からLINEがきたおかげで蓮雄さんから逃げられる口実ができたから昇降口にいったんだ。そしたら廊下からあの子がやってきて、事件に関係なありそうな人を見たって言うんだ」

「湊ちゃんはどうして事件のことを知ってるんだ?」

「さっきお兄ちゃんから聞いた、って言ってた。兄から同じように俺たちが事件の捜査をしてるって聞いて、協力したくなったんだと」


 良い子である。


「それで、湊ちゃんはどこでどんな人を見たんだ?」

「それがよ、聞いて驚け。二年A組の教室のベランダから俺たちが見た不審者の風体の人物が自転車の前籠に白っぽい服を乗せて正門から去っていくのを見たんだとよ。しかも時刻は九時三十四分ごろときた。白本ちゃんが委員長たちから話を聞いて確認した時間が三十二分だろ? つまり三十四分はおれたちが――正確には亨が――体育倉庫に不審者を追いつめた直後っつわけだ。犯人の野郎は密室から消えたばかりか、瞬間移動までやってのけたってわけだ」


 そんな馬鹿な……。先ほどやっとこさ白本さんが完全ではないとは言え犯人消失のトリックを導き出したというのに、いまの情報が本当だとしたらおそらくそのトリックはふいになるのではないか?


 というか自転車ということは犯人は既に学校から去ってしまったのか? ということは犯人はあの六人の中にいないということになるのか?

 そもそもそれ以前に、


「どうして湊ちゃんは時間まで正確に憶えてたんだ?」

「最近針時計の読み方がわかるようになったから、楽しくてつい頻繁に見ちゃうんだとよ。子供ならではの癖だな。一ヶ月もすりゃ時計如き気にしなくなるだろうが」


 確かに針時計は時刻を確認する難易度が高く、その分理解できるようになったときの達成感があったのを憶えている。針時計で見た時刻を言うと母さんが誉めてくれて嬉しかったっけ……。と、感傷に浸るのはここまでにしよう。


「白本さん、これって一体どういう――」


 尋ねようとして黙ってしまった。白本さんは口元を上げ微笑んでいたのだ。


「白本さん、まさか……?」

「うん。証拠が手には入ったかもしれない」


 白本さんはスマホを取り出した。


「何をするの?」

「小泉先輩に訊きたいことがあるの。わたしたちがいない間、文芸部の部室であの六人が何をしていたのか知りたいんだ」


 白本さんがメールを送信すると、一分と待たずに返信がきた。



『文芸部三人はずっと小説を読んでる

 茅野と早見はずっと最近のファッションについて語り合ってて、島崎は湊ちゃんとお喋りしてる

 こんな感じ』



 随分とざっくりしているが、おそらく本当にこのくらいのことしか起こっていないのだろう。

 白本さんは満足そうにスマホをしまうと、おれを見上げてきた。


「最後に生野くんに質問があるの。よく思い出してほしいんだけど、――――?」


 その問いにおれは頷いた。……ようやくおれにも犯人消失の謎が解けた。

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